第16話 「森のダンジョン&お嬢様」

 ステインと合流後、俺たちはまったく変わり映えのしない深い森の中を歩き続けていた。


 もう半日以上歩き続けている感覚なのに、木々の間から差す木漏れ日は相変わらず明るい。

 舗装されていないとはいえ、行く道がずっと日陰なので、体感温度は涼しくて心地良いし、出現するモンスターも前回の洞窟ほど多くないためにMPの消耗も少なかった。


 なのだが、体力のないルティアはもちろん、冒険者である俺や、騎士のアシェダールまでもがすでに疲弊ひへいしていた。


 何を隠そう、道に迷ったのである。


「……はぁーっ、さっきも通ったんじゃないか? この道」


 分かれ道に立つ木の幹を見ると、案の定しるしがついていた。


「また、戻ってきてしまったのか……もう何度目だ」


 早めにバテた俺とルティアを見て最初は涼しい顔をしていたアシェダールも、今はこの通り息を切らしていた。


「ということは、右の道が正解らしいな」


「……」


 まったく表情の変わらないステインの後ろで、木の幹にもたれかかって勝手に休憩する少女が約一名。


「ほらルティア、休んでないで行くぞ?」


「……もう勘弁してぇ〜」


 いつの間にか俺は分かれ道の印を確認するために立ち止まるたびちゃっかり休憩するルティアを引っ張っていく役目になっていた。


 最初はアシェダールが「お嬢様にそんな扱いをするとは何事だ」とかなんとか言ってぷんすか怒っていたが、自分も余裕がなくなってくるとなにも言ってこなくなった。


「ルティア、やはり今からでも私の肩に乗らないか?」


「こ、子ども扱いっ、ゲホッ、ゲホッ、しないで! ……一人で、歩けるわ」


 息も絶え絶え、今にもぶっ倒れそうなこのお嬢様は頻繁に休憩しようと言い出すくせに、アシェダールが背負おうとすると子どもみたいだから嫌だと言って頑なに拒む。


 そんなわけで俺たちはルティアのペースに合わせて亀にも追い抜かれそうなほどの速度で歩かなければならなかった。


 その上、


「なぁルティア、やっぱりもう帰らないか? また日を改めて、今度は馬車かなんかで来てさ」


「ーーーーダメよ! ……はぁ、はぁっ、ここまで来たんだから、最後まで行くべきよ!」


 と言って聞かないので、俺たちには引き返すことも許されていなかった。


 はっきり言って森のダンジョンをなめていた。

 接敵回数こそ少ないが、それ以上にこの驚くほど特徴のない森の中で迷うせいで体力を消耗する。


 完全に想定外だ。


 モンスターの出現度の高い洞窟のダンジョンとは違い、この森のダンジョンでは本来身軽な軽装備で挑むのが正解らしかった。


 ……とくにルティアのような全身を包み込むローブの中にさらに首から下をおおう鋼鉄の鎧を着てくるなど言語道断だ。


 さすがのルティアも暑いからとローブの方は脱いでアシェダールに持ってもらっているが、鎧の方は謎のプライドによって脱ぎたがらない。


 そのせいで俺たちはルティアが歩くたび金属がこすれてガシャンガシャン鳴るのをもう何時間も聞かされていた。

 そろそろ気が狂うかもしれない。


「もう一回、もう一回だけ、休憩しましょ? ね?」


 ルティアの提案によって一同は道の端に寄って座り込む。ステインを除く三名の重苦しいため息が一斉に漏れ出たのは言うまでもない。


「それにしても、よく疲れないな、ステイン」


 たずねると、ステインは顔色ひとつ変えずに


「砂漠の中を一ヶ月歩かされたことがあってな。そのときと比べればマシだ」


 と平然と応えた。


「なるほどな。……どっかの直属騎士様とは大違いだ」


「なんだと!? 私は普段馬に乗っているんだ、傭兵より体力がないのは当然だ!」


 アシェダールは白金の髪を振り乱して食らいついてくる。

 馬に乗るのだって体力がいると思うのだが、そこのところどうなんだろう。


「はいはい」


「なんだその返事は!? くぅぅ……」


 悔しそうに歯噛みするアシェダール。出発前とは違ってルティアの加勢がないので攻めあぐねているようだ。


「二人とも、はぁ、はぁ、いつまで喧嘩してるのよ……」


「ルティア! ガツンと言ってやってくれ! この没落貴族風情が私を馬鹿にするんだ!」


 仲裁ちゅうさいに入ろうとしたルティアに助けを求めるアシェダールの姿は、母親にすがりつく子どものようだった。

 ……ルティアの関係者、子どもっぽい人多すぎないか?


「ん?」


「どうしたステイン?」


「今、何か聞こえなかったか?」


 基本無口なステインが自分から口を開いたあたり、ただごとではなさそうだ。ステインにならって耳を澄ませると、


『ーーーー〜〜っっ!!』

『ーーーー〜〜っ』


「本当だ、なにか、言い合ってるみたいな声がするな」


 遠すぎて特定できないが、時折金属が激しくぶつかりあう特徴的な甲高い音が混じっている。


「単なる言い争い、ではなさそうだ」


 ステインが振り向いたのは、背の高い茂みだった。

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