第7話 「好意&酒場」

 翌朝屋敷を訪れると、いつものごとく白髪の執事のおじいさんが現れ、ルティアが会いたがっているからと部屋の前まで案内された。



 金の網目状の紋様もんようが刻まれた扉を執事のおじいさんがノックすると、すぐにルティアから返事がある。


「なぁに?」


 寝起きなのか、声のトーンがふわふわしている。


「カーナード様がお見えになりました」


「ホント!?」


 ベッドから飛び起きたのか、扉越しにスプリングの弾む音がした。


 勢いよく扉が開き、心底嬉しそうな顔のルティアが現れる。

 待ち切れなかったのか、昨日買った装備一式をすでに着込んでいた。


「もう、遅いじゃない!」


 言葉とは裏腹にルティアは貴族とは思えないほどはしゃいでいた。


「今日こそダンジョン攻略よね? 早く行きましょ?」


「待て待て待て」


 俺のわきを抜けて走り出そうとするルティアを慌てて引き留める。


「何よ?」


 不満そうにほほをふくらませるルティア。


「昨日も言ったろ? ダンジョンは三日後だって」


「なによぉ。……じゃあ今日はなにするわけ?」


 不機嫌そうな口振りではあるが、昨日とは声色が違う。

 それと、なんだかれしい。


「今日から傭兵を雇って近くの森で実戦練習する。ダンジョンで戦うときの立ち回りを決めないといけないからな」


「ふぅん。いよいよ私の腕の見せどころってわけね?」


 ルティアはしたり顔になってにやりと口角を上げる。何かあるたび不機嫌になっていた昨日の姿は見る影もない。


「準備は整ってるわ。すぐ出発しましょ?」


 見開いた瞳をキラキラ輝かせ、ルティアは窓の外を指差した。



 傭兵の集まる酒場へ向かう道中、ルティアは俺のすぐ後ろにピッタリとついてきて上機嫌に鼻歌を歌っていた。


 まだ会って二日目だというのにずいぶん心を開いてくれているようだ。

 ここまであからさまに好意を向けられると、正直どうしたらいいのかわからない。


 同年代の女の子ならとっくに恋愛対象になっているくらいルティアの顔は可愛い。

 ただ見た目や態度から察するに十歳かそれ以下だと見て間違いなさそうなので、十六歳の俺からしたら可愛い妹、という目で見るのも少し無理がある。


 ルティアの方も俺が恋愛対象なんてことはなく、気の合う友達くらいに思ってるんじゃないだろうか。

 それ自体は別に構わないのだが、没落した一般市民の俺がルティアと同じテンションで接するのは後ろめたいものがあった。


「さっきからなにぶつぶつ言ってるの? 変な顔して」


 変な顔は余計だ。


「……いや、何人傭兵を雇おうかと思ってさ。一人はタンクで確定だけど、ヒーラーがいないし、回復魔法が使える傭兵ももう一人雇うかどうか迷ってて」


「なによ、ケチケチしないで十人でも二十人でも雇っちゃえばいいじゃない」


「そんな簡単な話じゃない。パーティーって普通三、四人だろ? それ以上増やすと費用がかさむし、連携が難しくなるからかえって攻略が難しくなるんだよ」


 というか、狭いダンジョンの中に十人や二十人集まったらまともに身動きが取れなくなるので連携以前の問題だ。剣や弓矢、攻撃魔法の戦い方も制限されてしまう。


「ふーん」


 わかっているのかいないのか、ルティアは生返事をしてまた鼻歌を歌い出した。まったく、侯爵こうしゃく令嬢様は気楽でいいなぁ。



 考えてみたら遠巻きとはいえずっと護衛がついているんだし、パーティーが壊滅するような危機は起こらないだろう。


 それに今回のダンジョンは初心者向け。

 出現するのは小型の鳥モンスターのコーリモやウルワイドという四足歩行の獣モンスターだ。


「ねぇ」


 ウルワイドの中には大型のものもいるそうだが、今回のダンジョンでは人の子どもサイズしか報告されていない。


「回復ポーションで足りるか……」


「──ねぇってば!」


 ルティアが強めにすそを引っ張ってきた。


「なんだよ?」


「酒場ってあそこじゃないの? ワインのマークの看板があるけど」


「あ、しまった」


 ルティアが指差した看板の店は通り過ぎている。

 慌てて元来た道を引き返す。


 昨日もそうだったが、どうも最近考え事に夢中になりすぎて現実の方がおろそかになることがある。気をつけないとな。


「……まぁ、おかげで何かの原石が手に入ったわけだけど」


 昨日帰ってから軽く調べたところ、例の赤い髪とヒゲを生やしたおたずね者が落として行ったのは原石らしく、職人が磨き上げれば高く売れる宝石になるのだそうだ。


 その本に載っている宝石の中に似たものがなかったので、お尋ね者が盗むほど高価なものということもなさそうだが、づかいいの足しにはなるだろう。


「何か言った?」


「なんでもない」


 言いながら木製の扉を開こうと手を伸ばすと、内向きに扉が開いて現れた人影とぶつかってしまった。


「おっと、……すいません」


「いいよ。こっちこそごめんね」


 ハスキーボイスでそう言い残して立ち去って行ったのは、褐色かっしょくの肌に暗いあい色のポニーテールをした長身の女性だった。


 すれ違いざま、上品な香水の匂いがした。


 動きやすそうな服装をしていたので貴族ではなく冒険者だろう。相当稼いでいるに違いない。


 スタイルのいいスレンダーな後ろ姿にれていると、ルティアにふくらはぎを蹴られた。


「いった!? なにすんだよ!」


「こっちのセリフよっ。連れのレディの前で他のレディに視線送ったりして!」


 信じがたいが、連れのレディというのは自分のことを指して言っているようだ。


「レディ? お前まだ十歳くらいだろ?」


「失礼ねっ、よ! じゅ・う・よ・ん・さ・いっ!! 覚えておきなさい!?」


「……マジで?」

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