第21話 「アンラッキー&ラッキー」

 昼前。

 いつもの酒場で、エリザベスとそのパーティーメンバーである二人の青年が丸テーブルを囲んでいた。


「──と、いうわけでっ! 私に代わる素晴らしいパーティーメンバーを探すわよ!?」


 エリザベスが声を張っても二人の反応はすこぶる悪かった。


 それもそのはず、二人はまたいつものが始まったよ、くらいにしか思っていない。


 エリザベスは丸テーブルを回り込んで二人の間に立ち、肩を寄せて耳元に呼びかける。


「ちょっと、何か言いなさいよ? マクラーレン、ベノス!?」


「聞こえてるよ……」


 とマクラーレン。

 迷惑そうに黒い髪をかきむしる。


「もう、エリザベスさん、大声出さないでください。また注目浴びちゃうじゃないですか」


 引っ込み思案なベノスは暗い緑の髪を揺らして肩を縮こまらせた。


「何よ? 聞こえてるなら反応しなさいよね! さぁさぁ、とっとと探しに行く!」


「へいへい」


「わかりましたよ……」


 エリザベスに肩を叩かれ、二人はぶつくさ言いながら酒場を出ていく。

 座ったまま二人を見届けたエリザベスは、優雅に紅茶の残りを飲み終えると、店主に


「ベノスに請求しておいて?」


 と告げて店を出た。


「はぁ……とはいえ、二人にはあんまり期待できないわね。私も探そ!」


 四人目のパーティーメンバーを探していたときもそうだが、別に二人はサボっていない。

 ただ、二人が連れてきた冒険者をエリザベスが気に入らず、適当に難癖をつけて追い返してしまうのである。


 十分後。

 エリザベスは酒場からそう遠くない街の通りを歩いていた。その視線は冒険者らしき通行人、ではなく洋服屋に注がれている。


「あぁ、ダメダメ! 私ったら、洋服にばかり目移りしちゃって……」


 顔を両手で叩いて自分を叱咤し、奮い立たせようとするエリザベスだったが、それでも道ゆく冒険者たちを分析しようという気力は起きない。


 そんなものより新しい洋服や装飾品の類を選びたい気持ちでいっぱいだった。


「ちょっと休憩しようかしら」


 つぶやいて、”休憩”という言葉の便利さに気づく。


「そうよ、休憩よ休憩。あぁースッキリした!」


 冒険者探しをしなければと自分に言い聞かせていたせいで溜まっていた鬱憤が一気に晴れる。

 エリザベスはその爽快感のあまり転がっていた石ころを蹴飛ばす。


「あら?」


 思いのほか力が入ってしまったようで、小石は曲がり角の付近で話し込んでいた柄の悪そうな三人組のうち方へ飛んで行ってしまう。


 そして、そのうちの一人の頭に当たってしまった。


「あぁん?」


「げっ!」


 表情でバレると思ったエリザベスは男が振り向いたのに合わせて九十度首を回し、口笛を吹いて知らんぷりで歩き出した。


「いい度胸じゃねぇか!?」


 響き渡る怒号に心臓が飛び出しそうな思いで振り返ると、石をぶつけられた男の目線は下を向いていた。


 どうやら男はそばを通った少年がぶつけてきたと勘違いしたようだ。


 青い目に無造作に生やした長い銀髪を揺らすその少年は八歳くらいに見えた。


「え、何? 僕なにかした?」


 突然怒鳴られた少年が戸惑った様子で聞き返したために、男はしらを切られたと思い込んで逆上する。


「なめやがって、このガキ!!」


 あろうことか、頭に血が上った男は顔を真っ赤にして年端も行かぬ少年に向けて拳を振り下ろした。


 しかし、


「いでぇ!?」


 次の瞬間バチン、と何かが破裂するような音が響き、男が悲鳴を上げる。


 下を向いて目をおおっていたエリザベスが顔を上げる。

 殴られたはずの八歳くらいの少年は涼しい顔をして先ほどと同じ場所に立っていた。

 逆に、殴ったはずの男は自分の右手をかばうように悶絶している。


 通行人たちが何が起こったのかまったくわからないと言った様子で驚きの声を上げる。


 そんな中、エリザベスは一瞬少年の周囲を紫の小さな稲妻のようなものが駆け巡ったのを見逃さなかった。

 よくよく見れば無造作に生えていた銀髪が今は針のように逆立っている。


 心なしかつやも増しているように見えた。


 エリザベスから見て八歳前後にしか見えないこの謎の少年が何かをしたのは間違いなかった。


「あなた、なかなかやるじゃない」


 柄の悪い三人の男たちが蜘蛛の子を散らすように逃げて行ったあと、エリザベスは迷わず少年に声をかけた。


「そう? ありがとう」


 歯を見せて笑うその姿に、エリザベスは自身の体がびくりと震えるのを感じとった。


 しかしエリザベスにはその理由がわからず、構わず続ける。


「ねぇ、よかったら私の冒険者パーティーに入ってくださらない?」


「いいよ」 


 少年は真顔で即答する。

 これにはさすがのエリザベスも少し違和感を抱いた。

 しかし、容姿や先ほどの男たちにした行動からして少年が普通ではないことがわかっていたので、あまり気にしないことにした。


「そう? ならよろしくお願いするわ!」


 差し出された手を見て、少年は少し迷ったあと右手でにぎった。


 こうしてパーティーが結成される。


「うん、よろしくね」


 八重歯やえばを光らせて笑う少年。


 その首筋に、太陽にジグザグの線でバツを打ったシンボルマークが掘られているのに、エリザベスは気がつかなかった。

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