第20話 「エリザベス&イレーニ」

 エリザベスは、レッドカーペットの敷かれた城内を丈の長いワンピースのすそを持ち上げながら走り回っていた。


「イレーニ? イレーニ?どこにいるの!?」


 エリザベスが声を張り上げると、体格の良い筋骨隆々きんこつりゅうりゅうな男が広間に入ってくる。

 着込んだタキシードは汗ばんでいて、赤いちょうネクタイも含めて驚くほど似合っていない。


「んだよエリザベス。昼間っから騒々しい」


「お嬢様とお呼びなさいっ!? いつも言っているでしょ? ったく、これだからイレーニは」


 イレーニと呼ばれたその大男は、エリザベスの執事だった。


「はいはい、わかったわかった。で? 今度はどうした」


「それよ! アンタ、イシュ・カーナードって男覚えてる?」


「あぁん? 誰だそいつぁ。お前のわがままのせいでパーティの男どもが入れ替わりすぎて誰が誰だかわかんねぇよ」


「悪かったわねっ。それより今はイシュ・カーナードよ! 今すぐここに呼びつけなさい?」


「だから誰だよそのアシュラなんとかって」


 イレーニはハゲかかった黒髪を乱雑にかきむしって苛立いらだちを見せる。


「イシュ・カーナードよイシュ・カーナードッ!! ほら、あの没落した元貴族の短剣使い」


「あぁん? あぁ、そいやいたなそんなやつ。だが、確か役に立たなくて追い出したはずだろ? 今さら呼び出してどうすんだよ」


 イレーニがハンカチで顔の汗を拭きながら尋ねると、エリザベスは年相応に膨らんだ胸を張る。


「決まってるでしょ? もう一度婚約するのよっ!」


「はぁ!? 前からおかしな奴だとは思ってたが、とうとうぶっ壊れたか」


「失礼ねっ! ……いい? よく聞きなさい! イシュ・カーナードは侯爵の娘の護衛に任命されるそうよ!

 今婚約してるバラハとかいう太っちょよりよっぽどいいと思うわない?」


「はぁ……」


 隠そうともせず大きなため息をつくイレーニに、エリザベスは太い眉をひそめる。


「何よ?」


「お前なぁ、そう言って何人の男を取っ替えたと思ってんだ。

 今度男爵様に報告してみろ? 俺のクビが飛ぶ。

 頼むから、今の男で我慢してくれないか? バラハは剣士としてもタンクとしても腕が立つ。

 なにも正攻法で権力争いしなくても、そいつを四人目のパーティメンバーにして、ダンジョン攻略で金を稼げばいいじゃねぇか」


 イレーニの言う通り、この街ではダンジョン攻略によって得た金やアイテムを国に献上することで権力や地位を手にする者がそれなりにいる。


「はぁ!? イシュ・カーナードと婚約すればダンジョンなんか行かなくたって富も権力も名声も、全部手に入るかもしれないでしょ!? あんたバカ?」


 そう。それこそがエリザベスの本音だった。

 要するに彼女は泥臭いダンジョン攻略に命をかけるのが嫌なのである。


「エリザベス、お前まさかダンジョン攻略に行きたくなくてパーティメンバーに難癖つけては入れ替えてたのか?」


「そうよ。パーティメンバーを探してる間さぼれるじゃない。今さら気づいたの?」


 開き直るエリザベスに、イレーニは嘆息するばかりだ。


「まぁなんにせよ、もうよっぽどのことがない限り婚約破棄なんか無理だ。ダンジョン攻略に行きたくないなら、自分より優秀なやつをうまく味方に引き込むことだな」


「……なるほど? その手があったわね!」


「お、おい、まさか……」


 口を滑らせたばかりに、イレーニはまたエリザベスのわがままに付き合わされる予感がして、冷や汗をかくのだった。

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