第19話 「意識&元婚約者」

 一悶着あって遅くなってしまったためか、マルドフさんは早足でルティアを呼びに行く。

 ルティアは怒った様子ですっ飛んできた。


「いつまで待たせるのよ!?」


「え、ごめん……」


 素直に謝ると、ルティアは決まりが悪そうにしながらぶつぶつとつぶやく。


「……もう、心配させて。まったく……」


「話があるって聞いたけど、ひょっとしてステインたちのことか?」


「……うん。森のダンジョンであの四人を助けられなかったのって、私のせい、なんでしょ?」


 ルティアの瞳は少し潤んでいた。事実なのかもしれないが、うなずけるわけがなかった。


「私、思い知らされた。それで、”ヤミノトバリ”っていう組織が何か企んでることも、この街の治安が悪いんだってことも聞いた。

 貴族同士、屋敷やお城で権力争いしてる場合じゃないのよ! 剣を取って、悪い奴らと戦うべきなんだわっ」


 一息でそこまで言ってから、ルティアは急にうつむいて弱々しくなる。


「……それで、その、まさかイシュまで一緒に訓練することになるなんて思ってなくて、その、巻き込んじゃってごめんなさい。でも、一緒に戦ってくれるって言うなら、私、その……」


 言い淀むルティアに、俺はさっき教えられたことをかいつまんで説明する。


「ルティアのせいじゃないよ。リーベルン侯爵様が、俺の適性を評価してくれたんだ。俺の『光操作ライトコントロール』なら、”ヤミノトバリ”の思惑を打ち破れるかもしれないから」


「へ? どういうこと?」


 ぽかんと口を開けて固まるルティア。この様子だと聞かされていないらしい。


「いいか、ルティア。”ヤミノトバリ”は、大魔王を復活させて、この世界にまた暗黒の時代を到来させる気らしいんだ。

 俺の『光操作』は大魔王アンディルの暗黒の闇を打ち払える。だから俺を鍛えて、”ヤミノトバリ”への対抗手段にしたいんだってさ」


「そう、なの……?」


 ルティアは拍子抜けした様子で肩を落とす。


「──でも、俺もルティアと一緒に強くなりたい。目の前の悪事から、目を背けなくていいくらいに。それも事実だよ」


 瞳をまっすぐ見据えて告げると、どうしてかルティアは赤くなって、もじもじしだした。


「……そう。……そう、なんだ。嬉しい」


 不意に顔を上げたルティアの照れ笑いに、俺の心は盛大にぐらつく。

 というか、いい加減認めるべきなんだろう。


 俺は多分、ルティアのことが好きになりかけてる。


 14歳と16歳じゃちょっと離れてる気もするけど、俺はルティアの笑顔が好きだ。わがままだったり、子どもっぽかったりして腹が立つこともあるけど。


「…………何よ? 何か言いなさいよ」


 むすっとした顔でほほを膨らませるルティアに、俺はあせって口走ってしまう。


「ルティアが喜んでくれるなら、俺も嬉しいよ」


「え?」


 赤かった顔が、噴火した火山みたいにもっと真っ赤になった。

 つられて、俺まで赤くなってしまう。


「な、なによ、急に……」


 気まずそうにそっぽを向くルティア。その横顔を、つい見つめたくなってしまう自分に、内心驚かされる。

 最初はクソガキとしか思ってなかったのにな。


  *


 昼下がりのとある酒場。

 混み合った店の中で、一人の青年が装飾の多いフリルのワンピースを着込んだ少女に話しかける。


「おい、聞いたか。お前がこの前振った男、侯爵の娘の護衛になるらしいぜ?」


 エリザベスは飲んでいた紅茶を軽く吹き出し、丸テーブルに身を乗り出した。

 そう、イシュを追放&婚約破棄したである。


「どういうこと!? 誰? どの男!?」


 ここ数週間の間に何人もの男を振りまくっているせいで、エリザベスには誰のことなのか見当もつかなかった。


「えぇっと、誰だったかな……」


 その食いつきように引きながら、男は必死に思い出そうとする。しかし、特徴がないせいでどんな見た目だったのかまるで思い出せなかった。


「ほら、アイツだよアイツ。アシュ・バーガーみたいな名前の、短剣使い」


「短剣使い?」


 この一ヶ月間パーティメンバーを取っ替え引っ替えしているエリザベスにとって、短剣使いという情報だけで特定の人物を絞り出すのは無理だった。

 名前を聞いて、記憶の片隅にわずかに残されたものが蘇りかけている程度だ。


「もっとないの? そいつの特徴!」


「そう急かすなよ。えぇっと、えぇっと、確か、元貴族で、少し前に没落して、あぁほら、一時期お前と婚約してた……」


「イシュ・カーナード!?」


 張り上げた声が店中にとどろき、エリザベスは注目のまとになっているのも気にせず青年につかみかかる。


「どういうこと!? あんのなんの取り柄もないお荷物が、なんで侯爵令嬢の護衛なんかに!?」


「落ち着け、落ち着けって。俺もそこまではよく知らないんだよ」


「なんてこと……」


 エリザベスは紅茶を一気に飲み干し、立ち上がって足速に店を出ようとする。


「お、おい、どこ行くんだよ?」


「決まっているでしょ? お父様に言って、イシュ・カーナードと婚約し直すのよ」


 勝ち気な太い眉の間にしわを寄せ、エリザベスは奇抜なピンクのワンピースをひるがえらせた。

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