第14話 「黒幕&説得」

 スレンダーな女が、暗い藍色のポニーテールを揺らしながら廃墟の中を歩いていく。

 肌は褐色かっしょくで、薄暗い使われなくなった館の中では一層暗く見えた。


 すれ違った緑のバンダナの男が、女が手ひらでもてあそんでいた石を見て目を丸くする。


「もう取り返したのか、エイディ?」


 エイディと呼ばれた女は得意げに鋭い八重歯を見せて笑う。


「はっ、あたしを誰だと思ってんだい? 駆け出しのガキからスルくらいわけないよ」


 エイディは持っていた石を見せつけるようにかかげる。かすかに光を放つそれは見る角度によって赤にも紫にも見える不思議な石だった。


を取り返したか、エイディ」


 古びた館の奥。光の届かない闇の中から、暗く沈んだ声が響く。

 慌てて姿勢を正し、エイディは平静を装う。一般的に"魔石"と称されるその石を、彼女たちは"鍵"と呼んでいた。


「あぁ、ボス。はい、この通りっ」


 魔石を手渡ししながら、エイディはレダンとよく連んでいた男たちに目配せする。


「でも、もう野郎の尻拭いなんかごめんですよ?」


「わかっている。今度の仕事はだ」


 その言葉に、エイディは獣のように鋭い八重歯を見せてせせら笑う。


「やっちまうんすね?」


「当然だ。口を割る前に手を打たなければならない。やってくれるな、エイディ?」


「はい」


 エイディがうなずくと、闇の中から紫の宝石をはめた大ぶりの指輪が現れる。エイディはその拳に拳を合わせた。


「すべては──」


 闇の中からする声に、エイディは呼応こおうする。


「「──大魔王様のために」」


  *


 リーベルン侯爵様に再びルティアとダンジョン攻略に行く許可をもらうため、俺は執事のおじいさんに先導してもらいながらルティアとともに歩いていた。


「そういえば結局、魔石ってなんなんだ?」


 ずっと気になっていたのだが、ついに今日まで聞く機会がなかった。


、どんな願いでも叶えられる石なんだそうよ」


「扱うことができれば?」


「魔法ってMPを消費しないと使えないでしょ? 魔石も使うのに尋常じゃない量のMPを消費するんだって」


「おいおい、確かMPも0になったら死ぬんだろ? てことは、あんな石ころに命かけるってことかよ?」


「MPの消費量によってはそうなるんじゃない? 魔石で願いが叶った例なんて、書物の中でしか見たことがないけど」


「そうなのか。どうりで聞いたことないわけだ」


 実際に何人もの人が願いを叶えられているのならそれこそ誰もが知っているくらい有名なはず。英才教育を受けた俺が知らない時点で眉唾まゆつばものに違いない。


「……それでも、中には欲しがってる人もいるみたい。私たちを襲ったあの赤い髪の男の人も、わらにもすがるような想いだったのかも」


 あのときのことを思い出したのか、言いながらうつむいてしまうルティア。


「──そんなことより! 今はどうやって侯爵様を説得するかだろ?」


「それもそうね」


 話題を変えるのがあからさますぎたかと顔色をうかがったものの、杞憂だったようだ。


「とはいえ、嘘が通じるような相手じゃないだろうし、やっぱり、ルティアの気持ちを正直に話すしかないよなぁ」


「そうね、私もそれしかないと思う。だから、ちゃんと見ててね?」 


「え?」


 振り返ると、並んで歩くルティアもこちらを見ていた。


「お、おう。見とくよ」


 ルティアなりに腹をくくったということなのだろうか。

 そこで会話は途切れたが、もう襲われたときのことを思い出して落ち込むような様子はなかった。



「着きました」


 執事のおじいさんが侯爵様の待つ広間の、大きな扉に手をかける。


 二人してごくりと硬いツバを飲み込み、俺たちは覚悟を決めた。

 執事のおじいさんによって両開きの扉の片側が開かれ、広間の例の渋い黒革の椅子に座る侯爵様と目があった。


 そらさずにいると、その視線はすぐにとなりのルティアに移った。


「ルティア、もう部屋から出ても大丈夫なのか?」


「はい、お父様」


 ルティアはあれからずっと自分の部屋に閉じこもっていたらしい。


「お父様。今日はお話があって参りました」


「あぁ、から話は聞いている」


 侯爵様が執事のおじいさんに目配せした。


「ダンジョン攻略に行きたいんだったな?」


「はい、お父様。……私は、私はもう、屋敷の中に閉じこもっている生活が嫌なんです。小さい頃から、窓の外の景色を眺めて、行ってみたいと思っておりました」


「わかっている。だからイシュ・カーナードを傭兵として雇い、お前をダンジョン攻略へ行かせたんだ。しかし、まだ早かったようだ」


 侯爵様の瞳に怒りの色は見えない。悲しそうな、申し訳なさそうな顔をしていた。


「そんなことはありません! 私、楽しかったんですっ!! イシュに選んでもらった装備品も、イシュと歩いた街の中も、ステインと出会った酒場も、全部覚えています。

 確かに、私はあの赤い髪の男に襲われたとき、世間知らずな行動をとってしまいました」


 数秒言いよどんだが、ルティアはすぐに続ける。


「──でも、だからこそ、私にはダンジョン攻略が必要なんだと思うんです。侯爵の娘としてではなく、冒険者として、私は、私の稼ぎで暮らしたい。

 それにこの街ではダンジョン攻略での稼ぎやドロップアイテムを献上して国に貢献すれば、地位も築けます。家系の恥になるようなことは致しません!

 ですから……」


「もういい、もういいんだ、ルティア」


 リーベルン侯爵様の表情は固かった。しかし、それはすぐに柔らかいものになる。


「どうやら勘違いしているようだな。もともとダンジョン攻略を進めたのは私だ。今更反対するつもりはないよ」


「では!?」


「あぁ、これまでの護衛に加えて、パーティーに私直属の騎士を一人、つけてもらうことにはなるがな」


「ありがとうございますっ」


 瞳を輝かせるルティア。今は一人の冒険者としてダンジョン攻略をすることは難しい。それでも、今度こそ攻略にいけるというだけで満足のようだ。


「それで、その……パーティーにイシュを加えたいんですが、いいですか?」


 問題はここからだ。


「何? イシュをか?」


 これにはリーベルン侯爵様も難色を示した。

 が、


「お願いします」


 ここで両手を合わせておねだりポースになったルティアの潤んだ瞳の眼差しが炸裂する。


「…………よかろう。私直属の騎士が駆け出しの冒険者一人に遅れをとるようなこともあるまい」


 長考のすえ承諾する侯爵様。意外にも簡単にことが進んだな。


「ありがとうございます、お父様!」


 見た目相応の振る舞いで侯爵様に飛びつくルティア。侯爵様は愛する娘に顔を赤くしてデレデレだった。


 なんというか、親バカだなぁ……

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