イケおじ冒険者は北へ行く。【2】

一年中、雪におおくされたゾアルスブリズ雪山。

そんな雪山でしか見る事のできない雪の華。


(雪の華…か)


確かにマニアには高値で売れると聞いた。

すぐに枯れてしまうと聞いたが、逆にそれが雪のはかなさを表現しているようで、人気らしい。


そんな事を考えていると、グサヴィエが足を止めた。


「…隊長?」


つられて隣で足を止めると、グサヴィエは来ていた鎧を脱いで、中に着込んでいた防寒着を私の肩に掛けてくれる。


「着てろ。こんな所で凍え死にされたら、誘った手前、夢見が悪すぎる」


「隊長…」


「今夜は帰れそうにないな。はぁー…まさか雪崩なだれに巻き込まれるとは…、全くツいてねぇな。あいつらは大丈夫か?」


「……」


あいつらとは、グサヴィエが引き取って育てている、孤児達の事だろう。


グサヴィエは冒険者としての収入を全部、孤児の為に使うのだと孤児院を建て、捨てられた子供や両親をなくした子供達を育てている。


愚痴を言ってしまった事を後悔する。

グサヴィエは昔から、自分よりも子供達の事を考える人だった。


今一緒に居ない子供達の事が、心配で仕方ないんだろう。

心配性のグサヴィエのことだ。


先生、先生、と笑顔を向けてくる子供達の姿を思い出して、グダグダと文句を言っている事が恥ずかしくなる。


「…すみません」


「…何か言ったか?」


「いえ」


私の小さな謝罪の言葉は、吹雪にき消され、グサヴィエの耳には届かなかった様だ。


私は気合いを入れ直す様に両頬を叩く。


「よし!気合いだ!!」


「…?何だ何だ?いきなり元気になりやがって…」


孤児院で留守番している以上、滅多な事はないだろうが、グサヴィエの孤児院がある場所は街の中心部から離れており、万が一という事もある。


小さな子だけでは、強盗や火事に地震など、心配には事欠ことかかない。


自分の目の届かない所で子供達に何かあれば、グサヴィエは自分を許せなくなるだろう。


この人に、そんな思いをさせたくはない。


「隊長は寒くないの?」


そう言って肩に掛けて貰った防寒着に腕を通すと、ブカブカだけど、グサヴィエの様に暖かい。


防寒着に顔を隠すように埋めた私の頭を、グサヴィエが優しく叩いてきた。


「だから…隊長って呼ぶなって言ってんだろ」


「…だって…」


いまさら呼び方を変えるのは恥ずかしい。

ちらりと隣のグサヴィエを見る。


(隊長…)


変わらない。

本当に昔から変わらない。


魔物に家族を殺され、一人ぼっちになってしまった私を、家族のように迎え入れ、父や兄のように接してくれたグサヴィエ。


そう…、グサヴィエの孤児院の始まりは私だった。


今でこそ一人前の冒険者として、一緒に冒険しているが、一緒に暮らしていた小さな頃は「パパ」と呼んでいた。


分かってる。

グサヴィエは、隊長って呼ばれるのが嫌なんじゃない。

私にまた、パパと呼んで欲しいのだ。


だけどダメだ。

呼べるわけない、いい歳してパパなんて。

…孤児院の皆んなみたいに、先生くらいなら呼べるかも知れないが。


「行こう、隊ちょ…じゃなくてグサヴィエ」


「おぅ、あと少しで雪の華の生息地だ。とっとと手に入れて、帰って酒でも飲もうぜ」






グサヴィエの言う通り、それからわりと直ぐに雪の華は見つかった。

他と何ら変わらない雪景色の中、ポツンと一輪だけ、不自然に咲いている。


雪の華と言うだけあって、雪の結晶のような形をしている真っ白な花だ。

それに想像よりもずっと小さい、直径3センチくらいだろうか。


さらに言うなら、半透明で本物の氷のように見える。

それはもう、周りの雪景色に溶け込んでいて、目を凝らして探さないと見つけられないくらいである。


「これが雪の華…」


これは確かに、大枚を叩いてでも欲しくなる美しさだ。

私は思わず感嘆かんたんの声を溢しながら、手を伸ばした。


指先に触れると、しゃらん。という鈴ののようなはかなげな音がする。


「あ…」


辺りを見回すと、他にも点々と雪の華が咲いており、風が吹く度、しゃららん。しゃらん。と美しい音を辺りに響かせていた。


「ほぉー、さすがに綺麗なモンだな」


グサヴィエは私の隣にしゃがみ込むと、ゴツくて太い指で雪の華をつつく。

壊れてしまいそうに思えたが、意外と丈夫らしく、花はグサヴィエの指に反応するように揺れている。


「…よし、予定分の数もありそうだな。手分けして花を集めるか」


そう言うと、グサヴィエは背負っていたリュックの中から小瓶を幾つか取り出した。


「なるべく根本から抜いて、この小瓶のなかに入れてくれ」


差し出してくる小瓶を受け取ると、どうやら何か魔法が掛かっているようだ。


「これ…、魔法が…?」


「あぁ。瓶の中の温度が、この雪山と同じ温度になるように魔法を掛けてある。このまま依頼者に渡す感じだな。まぁ、魔法が解けたら花も枯れるんだが…」


それは依頼人も分かっているらしく、グサヴィエはポイポイっと私に小瓶を投げ付ける。


「とりあえず、それだけだな。あと幾つか、ねんためにとっとくか。…弱い花だからな」


確かに、こんなに苦労して手に入れたのに、帰ったら壊れてました。枯れてました。じゃあ洒落にならない。


私は小瓶の蓋を開けると、慎重に花を詰め込む。

瓶の口に少し触れるだけで、簡単に割れてしまいそうで怖い。


震える指で、いくつかの花を瓶に入れ終えると、私はふぅ、と息を吐いた。


「これで終了…」


あとは五体満足ごたいまんぞくで帰るだけだ。

何とか今回も、無事に仕事を終えられそうだ…。と顔を上げてグサヴィエを見た私は、一瞬にして凍りついた。


グサヴィエの背後にある小高い雪山の頂上に、モンスターの姿を見たからだ。

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