花、散りゆくように【8】

これは自己防衛として、脊髄反射の様なものだった。

殺気や気当たり、敵意を向けられると、身体が勝手に反応するのだ。


ダメだと分かっているのに、指が勝手に引き金を引く。

すると、やはりリクィドは簡単に弾を避け、エニスを見つめてきた。


「……その…二丁拳銃…」


そう言いながらエニスを見ているリクィドは、まるで信じられない物でも見ている様な顔をしていた。


「お前…エニスか?そうだろ!!エニスだよな!!」


「……」


浅はかだった。

リクィドはエニスが素手でなく、二丁の拳銃を使って戦う事を知っている。


いくら姿を隠しても、トレードマークでもある武器を出してしまっては意味がないのだ。

エニスは拳銃を下ろすと、黙ったまま一歩後退った。


「久しぶりじゃねぇか!…つーか、なんで攻撃してくるんだよ!?」


「来ないで」


「……?」


本当に久々に、昔の仲間に会えた事を素直に喜んでいるリクィドに、苛つきが募ってしまう。


最初、自分はリクィドを見た時、幻花を取りに来たリクィドの身体を心配した。


なのにリクィドは、自分の事をこれっぽっちも心配していないのだ。


「どうしたんだよ?」


こうして心配そうな顔をしながらも、気になっているのは、いつもと違うエニスの態度であり、身体ではない。


そう考えると、どんどんと感情が黒く染まってしまう。

だがそんなエニスの心情など気付かず、リクィドは話を続けた。


「実はさ、イールイが原因不明の病気で……」


「……ッ!」


今は聞きたくなかった名前だ。


(そうか、リクィドはイールイの為に……。そりゃ私の事なんか気にもしないはずだね)


普通に考えれば、今このアンハマ島にいるのは、幻花の為としか考えられない。


それなのに、この場にいる自分の心配を全くしないリクィドに、胸が締め付けられる様に痛くなる。


(しょせん…、しょせん私はそんなもの……?リクィドの頭にはイールイしかいないの?私だって…貴方の仲間でしょう!?)


嫉妬ではらわたが煮えくり返りそうになる。

イールイが、リクィドと二人で冒険に出掛けたから、二人は恋人同士になった。


だけどその前までは、リクィドの一番近くにいたのも、恋人になりそうだったのも、自分だったのに!


昔馴染みに会えた事を喜ぶリクィドだが、エニスにとって、その笑顔がどれほど残酷か。


気が付けば、エニスは考えるより先に、拳銃を持ち上げ、リクィドに狙いを定めていた。


「…おい……、エニス?」


当然、リクィドは驚いた様に眉をひそめる。


「オレが…分からないのか?エニスだろ?顔を見せろよ」


「──ッ!!」


その言葉を聞いた瞬間、情けなさと悲しさで涙が溢れそうになり、エニスは拳銃の引き金を引くと、間髪を入れずにリクィドに向かって距離を詰めた。


リクィドはさっきと同様、弾をいとも簡単に避けるが、弾丸と共に、一気に懐に飛び込んだエニスには気付かなかった様だ。


エニスが腹に直接押し当てた銃口に、顔色を変える。


「…お前……!!」


一瞬だが、古い仲間に向けるものではない視線が、エニスに注がれた。


だがエニスはそれを無視すると、リクィドの腹に押し付けた拳銃の引き金を躊躇なく引き、発砲の反動を使い、後ろに高く飛び跳ねた。


空中で身体を回転させながら、リクィドを見ると、さすがに衝撃はあったのか、リクィドはエニスが撃った腹を抱えていた。


それは今のエニスには好機にしか見えず、そのまま空中で体勢を整えると、苛立ちを吐き出す様に再び引き金を引く。


だが衝撃はあったものの、痛みはほとんどなかったのか、リクィドは直ぐにその場を跳ね、エニスに向かって来ていた。


「──ぁ」


その動きは予想外に早く、一瞬のうちにエニスの目の前に来ていたリクィドは、握った拳を振り上げた。


「……ッ!!」


一気に振り下ろされた拳を、間一髪で避ける。


その時、避けながらも左足をリクィドの顎に向けて蹴り上げるが、首を傾けて避けられてしまう。


逆に、顎に振り上げた足を掴まれ、強く放り投げられた。


「ッ……」


高く放り投げられ、思わず受け身を忘れると、すぐさまリクィドの短刀が飛んでくる。


空中で上手く動けない中、やっとの思いで身体を捻り、短刀を避けるが、避け幅が甘かったのか、左腕に激痛が走った。


(身体がいつもみたいに動かない……!痛い!)


痛みについ腕を見ると、その隙に腹部に蹴りが叩き込まれる。


「…ッぉげ……」


蹴りの威力で遠くへ飛ばされると、思わず嘔吐感と涙が込み上げ、エニスは大地に倒れ込んだと同時に、吐瀉物を吐き出した。


吐瀉物とはいえ、胃には何も入っていない為、ほとんどが胃液である。


「ゥ…ごぇ…ッ!…ッかは……」


よだれと吐瀉物が口元を汚し、エニスは手の甲で乱暴に拭うと、震える足で立ち上がる。


(いやだ…幻花を……!死にたくない…死にたくないよ!!私は生きるの…!まだやりたい事が沢山ある…!!)


最初からボロボロだった身体は、激しい動きのせいで限界に近付き、息苦しさに目眩がしてくる。


「ウ…ぁ、……」


息苦しさだけではない。

激痛が身体中を襲い、今にも息が止まりそうだ。


(嘘……、発作…!?)


もともと発作の間隔が短くなってはいたが、この状況での発作は死に直結する。


リクィドに気付かれない様にと、必死に身体中の激痛を堪えると、エニスは再び拳銃を構えた。

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