花、散りゆくように【9】
もう今にも意識が飛びそうだ。
「……はぁ、は…」
だがリクィドはエニスから距離を取ったままで、攻撃してくる様子はない。
「……?」
拳銃を構えたまま、背後の大木に背を預けると、リクィドは構えていた剣を下ろした。
「エニス、聞いてくれ。イールイが眠ったまま目を覚まさない。……絶対に幻花は譲れねぇ」
そう落ち着いた声色で話すリクィドからは、イールイが心配で心配で仕方ないという、切なる思いが伝わってくる。
エニスはリクィドの中に、全く自分がいない事を理解すると、構えていた拳銃を下ろした。
「…何で……」
息絶え絶えに呟くと、リクィドは一瞬眉をひそめた。
「エニス?」
「私が…何で花を欲しがっているのか、それは考えてくれないんだね」
「……何?どういう事だ?」
自分の様子がおかしい事には気付いているはずだ。
なのにこれだけ言っても、自分が幻花を欲する理由を、ほんの少しですら考えてくれないのか。
「……もう無理…か」
そもそも、リクィドも幻花を狙っていたのだと分かった時点で、諦めるべきだったのかも知れない。
身体中から力が抜け、大地に膝をつく。
すると、エニスが自らの命を諦めた瞬間、目と鼻の先に咲いていた花が輝き始めた。
空が明るくなり始めた時、その光を吸収する様に輝いていた花だ。
(綺麗な……花…)
手を伸ばせば、触れる事が出来る距離にあるが、あまりの神々しさに手が伸ばせない。
今にも死にそうな身体中の痛みを忘れ、エニスは輝く花を見つめてしまう。
だが太陽の如く輝く花は、さらに光を増していき、エニスは眩しさに目を細めた。
どんどんと光を増す花の光は暖かく、全身を襲っていた痛みが軽減され、身体が宙に浮いた様な、不思議な感覚に陥る。
やっと訪れた安息に、エニスは穏やかに微笑みながら、ゆっくりと目を閉じた。
一体何が起こっているのか。
リクィドは目の前の出来事が理解出来ず、ただ茫然と輝き出した花を見つめていた。
さっきまで何もなかったはずだ。
この眩しいほどの光はなんだ。
この光を放つ花は何なんだ。
それにエニスの様子がおかしい。
もちろん手加減はしたが、こんなに弱い奴ではなかった。
殴り飛ばした時の、あの羽の様な軽さは何だ。
色々な疑問が脳裏をかすめるが、それは全て目の前の、花の神々しさに消し去られてしまう。
言葉を発する事すら忘れ、花を見つめていると、光が少しずつ小さくなっていき、花を直視出来る様になった。
「これ…が……幻花か…?」
眩しい光が落ち着くと、そこには小さな花があった。
一見、珍しくも何ともない、何処にでもありそうな花である。
リクィドは花に近付くと、傍に片膝をついた。
「光が落ち着くとただの花だな…、それにさっき光ってた時は蕾に見えたが…」
一度でも目を離してしまうと、辺りに咲いている他の花と、見分けがつかなくなりそうだ。
手を伸ばして花の茎を掴むと、折れたり切れたりしない様、気を付けながら、根元からゆっくり花を抜く。
力を入れなくても、するりと抜けた花は、リクィドの手の中に収まった。
「……そうだ、エニス!!」
手加減はしたが、さすがにダメージは与えてしまっていただろう。
はっと気付いて、エニスのいた場所を振り返ったリクィドは、小さく声を上げて息を飲んだ。
「……エニス…?」
エニスがいなくなっている。
確かにさっきまで居たはずなのに、ほんの一瞬、花に見惚れているうちに消えてしまった。
「エニス!!」
幻花を手に入れる事が出来ないと分かり、一足先に帰ってしまったのだろうか。
辺りをぐるりと見渡すが、どこにも姿はない。
「チッ…、つい殴っちまったのを謝りたかったが……」
頭を掻きながら呟くと、再び花を見る。
エニスの事は何も急がなくとも、またゆっくりと会えば良い。
怪我をさせてしまっただろうが、エニスなら大丈夫だろう。
仮にも昔は一緒に旅をした仲間だ。
その強さは理解している。
今、最優先で考えなければならない事は、エニスの事より、この花をイールイに届ける事だ。
リクィドは一度だけ、また辺りを見回し、エニスの姿がない事を確認すると、妙な胸騒ぎを覚えながらその場を後にした。
アンハマ島の出来事から数日後。
エヴァの自宅に、リクィドが訪ねて来ていた。
無事に幻花を手に入れたという、報告の為である。
「それで……イールイの病気は
エヴァはリクィドにお茶を出しながら、自分も椅子に腰掛けた。
目の前に座ると、リクィドはゆっくりと首を横に振る。
「いや、違うけどな。難しい病気だったのは確からしい。幻花のおかげで助かった」
リクィドはそう言うと、手渡したお茶を一気に飲み干して、口元をぬぐう。
幻花は一度に一輪しか咲かない花であり、リクィドが手に入れたのなら、自動的にエニスは手に入れていないという事になる。
数日前、訪ねてきたエニスの様子を思い出し、エヴァは目を細めた。
あの時点で、既に体力はほとんど残っていなかったはずだ。
幻花を手に入れていないのなら、今頃エニスは……。
いや、それ以前に、
エヴァは幻花の言い伝えを思い出しながら、息を吐いた。
「……そうか、エニスは……イールイに譲ったのか…」
「……?どうした?」
「……いや、何でも」
表情を暗くした事に気付いたのか、顔を覗き込んでくるリクィドに首を振る。
エニスやリクィドはアンハマ島に向かう前、話を聞きに来たが、その時に言えなかった幻花の話。
死の花とも呼ばれた幻花の、もう一つの姿。
残酷な言い伝え。
幻花は、決して無条件で命を救う、奇跡の花などではない。
どんな事だって、等価交換なのだ。
エヴァは話すタイミングを掴めないまま、手元のお茶を見下ろした。
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