花、散りゆくように【10】

お茶はエヴァの迷いを表現しているかの様に、ゆらゆらと揺れている。


「向こうで……エニスには会ったか?」


話すきっかけをと思い、エニスの名前を出すと、リクィドは面食らった様にエヴァを見た。


「……ん?あぁ、会った。お前も知ってたのか」


リクィドはエニスを思い出す様に窓の外を見た。


「アイツには悪い事したな、花が好きなのは知ってたんだが。まさか幻花を狙ってるとは思わなかったぜ」


そう言うと、リクィドはテーブルに置いてあった茶菓子を、口に放り投げる。


そんなリクィドを見ながら、エヴァはぼんやりとエニスを思い出す。


(相変わらず……、鈍い男だのぅ……)


あの時、二人にきちんと話していれば、あるいは違う結末があったのかも知れない。

そう思うと、今回の悲劇は自分のせいでは……と胸が痛む。


「……のぅ、リクィド」


「ん?」


「幻花の言い伝えを知っておるか?」


「……言い伝え?」


リクィドはもともと、エヴァに話を聞く前から、幻花に対し、ある程度の知識は持っていた様だった。


エヴァに話を聞きに来たのは、あくまでも確認と、場所を特定する為である。


だがやはり、言い伝えまでは知らなかった様で、リクィドは何の話なのか分からない様に、エヴァの言葉を鸚鵡返した。


「そうだ、……幻花の別名はと言う。生と死を象徴する花だ」


言葉を選びながら慎重にそう言うと、リクィドは初めて不審そうに表情を曇らせた。


「死の花?生き物の命を救うのにか?どんな言い伝えなんだ?」


不思議がるのも仕方ないだろう。

皆、幻花はどんな病も怪我をも治す、奇跡の花としか思っていない。


だが一つの命を救う為には、それ相応そうおうの対価が必要なのだ。

奇跡など、この世の何処にもありはしない。

エヴァはぬるくなったお茶で、唇を潤した。


「どれ……、少し昔話でも聞かせてやろうかの」


「は?昔話……?」


「良いから黙って聞け、このたわけが」


「……ッ」


ジロリと睨むとリクィドは萎縮したように口を閉じる。エヴァは頷くと先を続けた。


「昔…仲の良い兄弟がおったそうだ。弟は身体が悪く、いつも兄に心配を掛けておった」


そこまで言うと、ちらりとリクィドを見て話を続ける。


「ある日、どんな病も治す花があると聞いた兄は、弟のために花を手に入れようと旅に出る」


「……聞いた様な話だな」


リクィドはエヴァの語る兄弟の話に、自分とイールイを重ねたらしく、ばつが悪そうな顔をしている。


「兄は無事、その旅で花を手に入れた。……だが何故か花は蕾のままで、全く開く様子がなかった」


「……蕾…?」


思い当たるふしでもあったのか、リクィドは何かを思い出す様に宙を見つめた。


「それでも、長く家を留守にしていた兄は弟が心配で、蕾のままの花を持って家に帰る事にした」


よほど優しく弟思いの兄だったのだろうな。と言いながら、エヴァはリクィドの様子を盗み見た。


嫌な予感でも感じているのか、リクィドはテーブルの一点を見つめ続けている。

エヴァは話を続けた。


「……長い間旅に出ていた兄を、弟は喜んで迎えたが、弟の顔を見た兄は、その場で死んでしまう」


「…ちッ…言い伝えってのは悲しい話が多いな、……で?」


「…そして兄が死んだ瞬間。蕾だった幻花が、それはそれは綺麗な花を咲かせた。そして……弟は助かった」


そうようやく話を終えると、エヴァは深く息を吐いた。

リクィドは気付いただろうか。


幻花は対価たいかなく命を救う訳ではない。

決して奇跡の花ではないという事に。


「……幻花は決して奇跡の花などではない。人の命を奪って…その奪った命を、新たに別の人物に与えるだけの……呪いの花じゃ」


だとしたら。

だとしたら、イールイの命を救った幻花は、一体誰の命を奪ったのか。


リクィドはエヴァの語った言い伝えの、そしてその話をしたエヴァの真意に気付き、震える声で呟いた。


「…オレは……オレは生きてるぞ、イールイも…目を覚ました……」


「あぁ……そうじゃな」


「ならイールイを救った幻花は……、一体…誰の…誰の命を……!」


それ以上は恐ろしくて口に出せないのか、リクィドは言葉を詰まらせた。


そう、幻花は間違いなく、エニスの命を奪ったのだ。

もうこの世の何処にも、彼女はいないだろう。


確かに生きて、存在していたのだという証だけを残し、彼女は命を手離した。


エニスとイールイ、どちらの命を救う事が正解だったのか。


リクィドはイールイを選んだ。

……確かにリクィドは、エニスの病を知らなかった。


もし、エニスの身体の事を知っていたら、リクィドはどうしていただろう。


今さら考えても詮ない事だが、考えずにはいられない。


(……違う選択肢は……道はなかったのか)


エニスを犠牲にする訳でもなく、またイールイを犠牲にする訳でもない方法。

全ては、幻花にすがった事が原因だ。


例えエニスが幻花を手に入れても、エニスの代わりに、他の誰かの命が散っていただろう。


それは近くにいたリクィドかも知れない。

幻花が命を奪う人間の法則は、未だ分かっていないのだ。


(幻花の存在を知った時点で、既に皆呪われていたのやも知れんのぅ……)


今回、幻花を手に入れる為、多くの人間がアンハマ島で命を落としたと聞いた。

幻花を知りさえしなければ、死ななかったはずの沢山の命。


(呪われた花……か、まったく言いて妙だの)


これからもまた、幻花が現れる度、人は幻花にすがるのだろう。


リクィドのように大切な人を救う為、またはエニスの様に自らの命を救う為。

そしてその度、幻花は新たに命を奪って行く。


人間が死という恐怖を克服しない限り、生にしがみ付く限り、逃れられないメビウスの輪だ。


(哀れなものじゃ……)


エヴァは貝の様に口を閉ざしたリクィドを見てから、窓の外に目を向けた。


(エニスよ…、おんしは幻花を見た時、何を思い、何を感じた?)


願わくば、安らかな最期であった様に。

願わくば、満足な最期であった様に。


そして叶うなら、エニスの命を使って生き延びた、イールイの未来が、どうか幸福である様に。


そう祈りながら、エヴァは窓から見える綺麗な空に、亡きエニスの面影を探した。



♢♢♢♢♢♢



ここまで読んで頂き、ありがとうございます♪

これでエニスのお話は完結です。

今回出てきたキャラが一人、メインキャラになる予定です。

番外編…は入るかどうか分かりません。



 面白い、これからも読もうと思って下さる方がいれば

 ★評価とフォロー、どうぞ宜しくお願いします。泣いて喜びます。

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