番外編 リクィドとイールイ
こいつは絶対に俺を異性として見ていない、とリクィドは思う。
異性として意識しているのなら、こうして自分の目の前で無防備に眠っているはずがないのだ。
しかも、キャミソールにホットパンツという、あられもない姿で。
「………」
無言で目の前で寝息をたてているイールイを見下ろして、リクィドは目を逸らしながら溜め息を吐いた。
現在リクィドはこの目の前のイールイ、そして他に二人の冒険者───エニスとエヴァという合計三人の女性と旅をしている。
因みに男一人と美女三人という、いわゆるハーレムパーティになっているのは偶然だ。
エニスとエヴァは腕も立つし、イールイは貴重なヒーラーで、そこそこバランスの取れたパーティだ。
だが旅の途中で宿屋へ泊まる時に毎回困る、何故なら常に金欠の貧乏パーティだからである。
もちろんメンバーが弱いからではなく、皆がお人好しで、ほぼ無償の依頼を平気で受けたり、相場に合わないような安い報酬の依頼をガンガン受けていくからだ。
そんな訳でいつも金欠のリクィド達は、武器や防具などの装備にお金を優先して使い、休むときは野宿や安宿が多かった。
一部屋で済めば金銭的にも良いのだが、さすがに女三人の中に男一人が混ざって眠る訳にもいかず、いつもリクィドだけ別の部屋である。
だが今夜、イールイがリクィドの部屋へやって来ていた。
いつも休んでいる時のイールイは、元々過ごしやすい様にラフな服装が多い。
加えて今は夏真っ盛りなせいか、露出が高い。
リクィドは、どこに向けたら良いのか分からない視線を宙に浮かせると頭を掻いた。
(どうする……)
普通に起こしたり、または抱えて連れて行くなど、女部屋へ連れて行く事も出来なくもないが、実はイールイは人一番怖がりな性格と、孤児院育ちで大部屋に慣れているせいもあり、一人で眠る事が出来ない。
起きた時に一人ぼっちになっている事が怖くて、誰かと一緒でないと眠れないのだそうだ。
親に捨てられているという、悲しい生い立ちのせいもあるかも知れない。
だが今夜は久しぶりの宿屋という事で、一階にある酒場で残りの女二人は酒盛り中。
しばらく野宿が続き、ちゃんとした宿屋───いや、街で休む事自体が数ヶ月ぶりである。
それでなくても大酒飲みの女二人。
出来れば楽しみを邪魔したくはない。
普段なら下戸であるイールイも混ざり、ジュースを飲みながら呑兵衛の相手をしているのだが、今回は疲れているらしく早々に部屋に引き上げて来ていた。
つまり眠くなって部屋に戻ったはいいが、一人いるのがで怖くなり隣の男部屋へやって来た……という所だろう。
だがこの部屋は一人部屋で、当然だがベッドも一つしかない。
まさか同じベッドで寝る訳にもいかないだろう。
(……しっかし……一人で眠れねーからって、俺の部屋来るか?)
別にソファや床で寝ても構わないが、それが出来ない理由があった。
(……同じベッドじゃなくても、同じ部屋で寝たなんてエニスに知られたら……)
実はリクィドは同じパーティメンバーであるエニスに想いを寄せていた。
自意識過剰でなければ、おそらくエニスも……だ。
まさか惚れた女と一緒にいながら、別の女と眠る訳にはいかない。
たとえそれが皆にとって妹のような存在であるイールイでも、だ。
パーティ唯一のヒーラーであるイールイは、最年少でもあるせいか皆から妹のように可愛がられている。
年齢は確か十六くらいだったろうか?
冒険者としてやって行くには優しすぎて、そして年齢の割に幼いイールイは、自然と動物が大好きで、モンスターといえども命を奪う事を極端に嫌う。
正直、冒険者には向かない性格だ。
体格も小柄で、フワフワした長い髪と大きな瞳や白い肌は人形のようで、ハッキリ言って何処かの飲食店で働いて、看板娘と呼ばれる方が似合っている。
何故冒険者という道を選んだのだと、何度か引退を勧めた事もあるくらいだ。
だが本人は冒険者を引退する気は毛ほどもないようで、この現パーティをクビにされても、別のパーティに入れて貰うだけだと頑なに冒険者を続けている。
何がそうさせているのかは分からないが、冒険者を引退しないのであれば、このパーティから追い出して完全に手放すには心配だ。
世の中、仲間を平気で裏切る冒険者も多いのが現実である。
そう思い、結果、ズルズルとイールイを連れ回し続けて今に至っている。
危険が迫ると小さく震えながら傍に寄ってくるイールイの事が、リクィドだって可愛くない訳ではない。
それにヒーラーであるイールイを守るのは当然だ。
……本当に守りたい女が別にいたとしても、リクィドはイールイを最優先で守っていた。
(エニスは強いから一人でも心配いらない。だがイールイは俺が守らないと……)
この庇護欲をそそる美少女を、何処か宝物のように思っている自分もいる。
「───おいイールイ、いい加減に起きろ。いつまでオレのベッド占領してるつもりなんだ?」
ため息混じりに声を掛けると、イールイはうっすらと目を開けて、眠そうに目を擦った。
その仕草も小動物のようで愛らしい。
「何時……?」
「は?」
「今……何時?」
「……あぁ、時間か」
呟く様な小さな声に頷くと、リクィドは室内時計に目をやって時間を確認する。
「もう日付が変わる時間だ」
リクィドの返事を聞くと、イールイは「んー…」と伸びをして、再び丸まって目を閉じる。
「…って、おい!起きろって!」
「眠いー…」
こうなったイールイはテコでも起きない事を知っていたリクィドは、「やれやれ…」と頭を掻くと、寝息をたて始めたイールイの頭を優しく撫でた。
(まったく…子供かよ。……オレ…今夜は廊下かな)
ここに布団を敷いても構わないが、誰か見られたらタダでは済まないだろうし、何よりエニスに知られたくない。
溜め息を吐きながら、部屋を出ようと立ち上がったリクィドは、腰の辺りに違和感を感じて自身を見下ろす。
「…ッ……」
そこには、着ている服の
熟睡しているはずのイールイの手は意外に強くシャツを握っており、リクィドは諦めた様にベッド脇に腰を降ろした。
「…何なんだよ…」
無意識の行動だろうが、これでは勘違いしてしまう。
いや…、無意識の行動だからこそ勘違いしてしまう。
普通、男相手にこんな事をするか?
それが兄のように慕っている相手だとしても、あくまで他人。血の繋がりはないのだ。
リクィドは気持ち良さそうに眠るイールイの寝顔を眺めると、顔に掛かった前髪を指先でどける。
「おやすみ」
優しく声をかけながら、シャツを握り締めていたイールイの手に自分の手を重ねると、そっとシャツから引き離す。
そのまま手を握ると、もう片方の手をその上に重ねた。
「大丈夫、ここにいるから安心して休め」
そう言うと、眠っているはずのイールイの手が、安心した様にリクィドの手を握り返した。
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