番外編 グサヴィエとヘレナ。
今思えば、
その日、いつもは昼間に仕事を探しに行くギルド酒場【路地裏の黒猫亭】へ、グサヴィエはたまたま夜が更けてから飲みに向かった。
その時酒場の店主であるヘレナが、ちょうど壁に新しい依頼書を張り出していたのだ。
一見、ただの魔物の討伐依頼。
特別難しくもない、ただのゴブリン退治だ。
だが問題はその場所である。
(ジェアダ地方、精霊の森…)
ジェアダ地方といえば、ジーナの出身地だ。
しかも精霊の森は、魔物に滅ぼされたジーナの村の、目と鼻の先でもあった。
何年も前…、ジーナがまだ幼い頃の事だが、目の前で家族や親しい人達を魔物に食い殺された、ジーナの心の傷は深い。
(あの子の目に触れる前に見つけられたのは、幸運だったな…)
グサヴィエは壁に貼られた依頼書を乱暴に剥がすと、ヘレナに差し出した。
「なぁヘレナ。この依頼は俺が受けるから、貼り出さないでくれ」
そう言うと、ヘレナは不思議そうにグサヴィエの顔を覗き込んで来る。
「…そんな誰でも出来るような依頼をアンタが?」
ヘレナは実は、グサヴィエとは古い付き合いだった。
いや…もっと言えば、
「…あぁ。このジェアダ地方は、実はジーナの出身地なんだ」
そう言うと、ヘレナは「なるほどね」と言って煙草を咥えた。
「可愛い娘に、過去の悪夢を思い出させたくないって事か」
からかうようにヘレナが言うと、グサヴィエは慌てたように顔色を変えた。
「…えッ!?いや、可愛いだなんて…、そりゃ確かにジーナは可愛いよ、誰が見ても分かる。最近は反抗期らしくて、素直に甘えてくれなくて寂しいけど、だが立派な冒険者になっ…」
「ストップ!」
可愛い娘だなんて言うんじゃなかったよ…と、ヘレナは深く溜息を吐くと、カウンターに腰掛けたグサヴィエに、いつもの麦酒を出す。
「相変わらず溺愛してるみたいだね。…昔、アンタと一緒に暴れ回ってた頃は、まさかアンタが子供を引き取るとは思わなかったけど…、ちゃんといい父親してるみたいじゃないか」
当時の頃を思い出しているのか、少し懐かしそうに目を細めるヘレナに、グサヴィエは苦笑しながら頭をかいた。
「…あの頃、誰もが認める最強の冒険者だったアンタが、孤児院を建てるんだって息巻いた時は、本気じゃないと思ってた」
「…はは、そうだなぁ…。今の俺しか知らん奴は、昔の俺は想像つかんだろうな」
「…私は今のあんたも好きよ」
「…ぶっ!!?」
囁くような色気のある声で言われたグサヴィエは、思わず飲んでいた麦酒を吹き出してしまう。
「か…からかうなよ」
「からかってなんてないよ?あの近付くだけで怪我をしそうな、切れ味の鋭い刃物みたいなアンタも素敵だったけど、今の
「ふ…腑抜…?あ…あはは…。昔の事は忘れてくれよ」
確かに若い頃のグサヴィエは荒れていた。
身体の中から、止めどなく湧き出して来る憤怒にまかせ、魔物を殺し回っていた。
だがいくら魔物を殺しても、渇いた心は潤わないし、癒されない。
「若い頃は、とにかく何もかもが気に入らなくてなー。常に何かに苛ついて、何かを壊してないと正気を保っていられなかった」
「…今は違う?」
「そうだな、怒りも破壊も…、負の感情は何も生み出さないって気付いたからなぁ…」
「なぁに悟ったような事を…、ほら飲みなよ」
「おぉ、すまんな」
空になったグサヴィエのグラスに麦酒を注ぎ足しながら、ヘレナは当時を思い出す。
人を置いて、勝手に一人で旅に出たと思ったら、グサヴィエはまだ幼いジーナを連れて帰って来て、孤児院を建てる。と訳の分からない宣言をしたのだ。
(冗談だと思ったのに…)
ヘレナが冒険者をやっていたのは、グサヴィエがいたからだ。
グサヴィエが冒険者を引退して孤児院のオーナーになった時、ヘレナもまた冒険者を引退し、グサヴィエが建てた孤児院の近くで、この酒場…【路地裏の黒猫亭】を始めた。
伝説の最強冒険者でもあったグサヴィエが贔屓にする酒場と言う事で、いつの間にか冒険者が集まる酒場になり、結果的に一般人と冒険者を繋ぐ橋渡しをする、冒険者ギルドとなった。
現在は当時のグサヴィエを知る人物も少なくなった。
今のグサヴィエは、ただの人の良いオッサンにしか見えず、誰も彼もが恐れた、伝説の冒険者だと誰も思わないだろうし、言っても信じないだろう。
そしてあれから何年経ったのか。
グサヴィエが連れて帰って来たジーナが、なんと冒険者になると言い出して孤児院を出て行った。
そしてそれを心配したグサヴィエが、さりげなくジーナを見守る為に、冒険者に復帰したのだ。
(ジーナが好みそうな依頼を先に見つけて、一緒に行こうとジーナに声をかける…。そこまでするかね普通…)
ジーナだってもう子供ではない。
それなのに、一人だけで仕事に行く時などは、隠れて後をついて行く程だ。
(子供の初めてのおつかいじゃないんだから…、まったく…)
未だ
(ふふ…、前言撤回…。今のアンタも…じゃなくて、今のアンタの方が魅力的だよ)
そう隠れて微笑むと、ヘレナは昔と変わらない、熱のこもった視線をグサヴィエに向けるのだった。
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