第二章 Last Song 〜命の詩〜

花、散りゆくように【1】

エニスはどんなに疲れて泥の様に眠っていても、毎晩必ず息苦しくて起きる。

激痛で心臓が早鐘を打ち、呼吸が出来なくなるのだ。


その夜も、ベッドに入って数時間も経たないうちから、激痛が身体中を襲い始めた。


息が止まるほどの痛みと息苦しさで、エニスはベッドから飛び起きると心臓を押さえた。


「……ッ!!ぐ…」


最近、痛みが襲ってくる間隔が短くなってきた様だ。


以前は多くても一日に2、3回だった発作が、今では数時間毎に襲ってくる。


そのせいで最近は、仕事もほとんど出来なくなってしまった。


エニスはハンターと呼ばれる、人を襲うモンスターや獣を退治する仕事をしている。


ハンターは冒険者とは違い、モンスターを退治する事のみを目的とした職業で、探索や長期間になる旅、または危険な場所への挑戦などはしない。


どのギルドにも属さずに、フリーでやっているものの、仕事はそれなりに軌道に乗っていた。


だが病に侵された身体では、ハンターどころか普通の仕事……。

いや、生活すらままならない。


深呼吸を繰り返し、やっと発作が治まると、エニスは立ち上がって鏡の前に向かった。


鏡に映るのは、餓鬼の様に醜い身体だ。

日に日に痩せ衰えて、今は見る影もない。


目はくぼみ、頬はけ、土気色つちけいろの肌。

自分に健康だった頃の面影はなくなってしまった。


棒切れの様な手足と、骨が浮き出た胸元。

異様に膨らんだ腹部だけが気味悪く、化け物の様に見える。


これでも、何度もあちこちの病院で診ては貰ったのだ。


だがどうやら"病気"ではないらしく、どの医者にも匙を投げられてしまった。

つまり、"呪い"と呼ばれる部類の様だ。


当然だが薬はなく、このまま死を待つより他はないと思っていた矢先、どんな怪我や病気も治す、奇跡のような花があるという情報が、エニスの元に入って来た。


それは幻花げんかと呼ばれる花で、数百年に一度しか現れず、その名の通り幻の花と言われている。


どんな手を使っても手に入れ、この"呪い"を治したいが、幻と言われているせいか、"呪い"に苦しむ者以外にも手に入れようとする者は多い。


怪我や病気の治療でなくても、コレクターが欲しがれば、億単位の金が動く。

つまりライバルが多いという事だ。


だがエニスとしても、ハンターとしてのプライドは元より、自分の命が懸かっている。


ライバルが多いからと、簡単に引き下がる訳にはいかなかった。


何としても手に入れて、この痛みと苦しみから逃れたい。

エニスは鏡の中の自分に頷くと、ベッドに戻って目を閉じた。






翌朝、エニスはまだ薄暗いうちから自宅を出て、乗合馬車オムニバスに乗っていた。

行き先は、自分が暮らす街から、数時間ほど馬車に揺られた先にある、友人の家である。


友人が住む街、エゼルメアは別名、情報の街。

この情報の街に住む友人、エヴァは凄腕の占い師であり、過去に大魔女と呼ばれた程の魔力の持ち主だった。


今は引退して占い師をしているが、一時期は一緒にパーティを組み、沢山の冒険をした仲間である。


見目麗しい美女であるにも関わらず、妙に古めかしい話し方をする上、自分の事は殆ど話さない謎が多い人物だった。


しかしその類稀なる力と優しさに、何度救われたか分からない。


そして他にもう二人。

リクィドという剣士の男と、イールイという駆け出しのヒーラー少女の合計四人で、色々な冒険をしたものだ…、と当時の事を懐かしく思い出す。


戦前を切って戦うエニスとリクィド。

そして、後ろから魔法で援護してくれるエヴァと、回復をしてくれるイールイ。


あの頃は楽しかった。

そう過去に思いを馳せていると、いつのまにか馬車の中は人数が増えている。


この馬車は数頭の馬を使って走らせる大きなタイプだが、この様子では馬車の外の荷物置き場にも、ぎゅうぎゅうと人が乗っていそうだ。


しかも一般人ではない。

そのほとんどが、冒険者やトレジャーハンターなどである。

おそらく全員が、幻花の情報を求めて、エゼルメアに向かっているのだろう。


エニスは周りの目を気にして、深く被っていた帽子を、さらに目深く被り直した。


痩けた身体は服で隠せるが、げっそりとした顔や顔色までは隠せない。


いつもより濃いめにファンデーションを塗り、メイクで誤魔化してはいるが、顔色ならまだしも、窪んだ目までは誤魔化せない。


(サングラス持ってくれば良かったかな…)


居たたまれない気持ちで寝た振りをし、ただ時間が過ぎていくのを待つ。


だが嫌な時間というのは長く感じるもので、エゼルメアに到着するまで、苦痛の時間を過ごす事になった。


数時間後、やっと目的地に到着したエニスは、すぐさまサングラスを買うと、寄り道をせずにエヴァの家へと向かった。


大魔女であり人気占い師でもあるエヴァの家は、招いた客以外が来れないように魔法がかけられており、中からエヴァに迎えて貰えない限り、見つけられないようになっている。


この日もいつも通り、エヴァの家付近まで行くと、すぐに使い魔である黒猫が気付いてやって来た。


「ノワールありがとう。こんな私でも気付いてくれるんだね」


人間と違い、外見で判断しない鳥や動物に感謝するのはおかしいが、今の自分に対して、以前と変わらぬ態度で接してくれるノワールに心底癒される。


エニスはノワールの後を追うようにして、エヴァの家へと向かった。

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