花、散りゆくように【5】

日は暮れ泥み、辺りが夕闇に染まり掛けた頃。

エニスは湖の傍に座り込んでいた。


血の様に真っ赤な夕空が、少しずつ闇に染まっていく様子を見ていると、自分の行く末を見ている様で、無性に不安になってしまう。


残りの命すべてを賭けたこの旅で、幻花を手に入れる事が出来なければ、自分の命はそう長くないだろう。


運命なのかも知れないが、それでも出来る限りは抗ってみたい。


エニスはまだ若く、酸いも甘いも味わっていない。

何より、ずっと冒険冒険の日々だったせいで、恋愛らしい恋愛もした事がない。


仲間のリクィドとは、冒険者になって直ぐに顔を合わせてから、喧嘩友達の様な、仲間の様な、恋人の様な。そんな不思議な距離感で付き合ってきたが、お互いに冒険に夢中で、先に進まなかった。


(リクィド……今頃なにしてるかな。でも…)


とある依頼を受けた時、たまたまエニスもエヴァも都合が合わず、リクィドとイールイの二人で請け負ってから、リクィドはイールイと付き合い始めてしまい、会う機会も少なくなってしまった。


以前は難しい依頼や冒険があると、連絡を取り合い、お互いに手を貸し合っていたものだ。


(イールイも元気かな)


イールイと付き合い始めるまで、もしかしたら自分はリクィドと上手く行くのでは?と期待した事もあったが、リクィドは考えてもいなかった様だ。


(イールイが……羨ましい)


この感情が恋なのかどうかまでは分からない。


イールイのヒーラーとしての腕を信頼し、また尊敬してもいるし、女の子らしく優しい人柄に癒される事もある。

個人的に嫌いではない。


だが、いつもリクィドの傍にいられるイールイは、エニスにとって嫉妬の対象でもあった。


自分には決して向けない、リクィドの優しい眼差しを、独り占めしているイールイを憎く感じる事もあった。


どんな時もリクィドに最優先で守ってもらえるイールイが、羨ましくないはずがない。


(大概バカだな、私も……)


あの二人は付き合っているのだ。

嫉妬するなど意味がない。


エニスは首を振って考えを中断させると、改めて辺りを見回した。


遠く背後には、自分が抜けてきた深い森があり、目の前には広々とした大地と湖が広がっている。


その湖の奥には、いくら見上げても頂上が見えない絶壁が、左右にどこまでも続いている様だ。


島のあちこちを見て回っている時に、大きな滝を見掛けたが、左右どちらかが滝に繋がっているのかも知れない。


そしてエニスがいる水辺は、多種多様な花々が咲き乱れており、さながら天国の様な場所だ。


だが今は日も暮れており、美しい風景は闇に飲まれている。

そんな闇の中、湖の先に光る目が動いているのはモンスターだろうか。


絶壁とはいえ、身軽な獣ならば、あのほんの少しの岩場を使って移動できるのかも知れない。


(……まぁ、ここまで来るには湖を渡らなきゃならないし、襲われる心配はないな)


それにしても、幻花の咲きそうな場所を探している内に、随分と上まで登ってきたものだ。


最初に大きな滝を見た時は、空へ空へと、どこまでも続いている様な気がしたが、気が付けばその滝の上まで来ていた。


(ここってもう天国だったりしてね)


何しろ、今の自分はいつ死んでもおかしくはない。

エニスは自虐的に笑いながら、その場に寝転がった。


ここに来てから、どれくらいの時間が過ぎたのか。

夜空を見ると、星が綺麗に瞬いており、夜明けはまだ先の様だ。


かといって、この底をついた今の体力で眠ってしまったら、夜明けなど確実に寝過ごしてしまうだろう。


(……眠くはないけど、横になってたら、いつの間にか寝ちゃいそうね)


眠くはなくとも疲れは溜まっており、楽な体勢でいたかったが、背に腹は変えられない。

何しろ命が懸かっているのだ。


(月明かりもあるし、もう少し周りを見てみようか……)


どこにどんな形の花が咲いているのかを、予め見て覚えておけば、幻花が咲いた時に分かるかも知れない。


そう思い、上半身を起こした時、エニスは自分以外の気配に気付いて、辺りを見回した。


(……?モンスター…じゃない、人の気配っぽいけど…)


幻花を探して島に来ている他の人間だろうか。

エニスは外していたフードを、再び深く被り直した。


この暗さなら、近くまで寄らなければ素顔を見られる心配はないが、念の為だ。


エニスは常人とはかけ離れた視力を持っており、微かな光さえあれば、ある程度の距離まで目視できる。


だがいくら辺りを見回しても、人影は発見出来ず、エニスは再びフードを外した。


(……見えない、気配は感じるのに)


木々や岩肌などの物陰に隠れてしまい、見えないのだろうか。

例え気配を消しても、姿を消す事までは不可能だろう。


なぜ逆なのかと不思議に思いながら、エニスは気配を感じる方へ歩きだした。

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