イケおじ冒険者は北へ行く。【3】

真っ白な毛並みの狼。

いや、狼にしてはかなり大きい。


(あれは…)


嫌な予感がする、雪山に生息する巨大な狼といえば、一つしかない。

まさかと言う思いで見ていると、巨大な狼は私達に気付いた。


「…!!グサヴィエ!!!」


そう私が叫ぶのと、狼が猛スピードでこちらへ向かって来るのは同時だった。


走ると言うよりも、飛んで来ると言った方が相応しいのではないかと思うスピードの狼は、あっという間に私達との間合いを詰める。


私は左腕にたたんで装着しているクロスボウを開くと、急いで矢をつがえる。


だがそれより早く、狼は私に飛び掛かって来た。

しまった、間に合わない。と思った瞬間。

私の身体は、グサヴィエの物凄い力で、雪原に引き倒された。


「…グサヴィエ!!」


私の喉元を目掛けて飛び掛かって来た狼は、勢い余って私の背後へと着地すると、すぐにこちらに向き直る。


だがそんな狼の前に、グサヴィエは背負っていた大剣を構え、私を守るように立ちはだかっている。


「おぉー、スノーウルフかよ。さすが北の大地だなー」


「グサヴィエ…」


狼…スノーウルフの大きさは、近くで見るととてつもなく大きい。2メートルは優に超えている。

狼と言うより熊だ。


恐怖で固まっていると、狼は再び私に狙いをつけたようだ。

物凄い声でたけり、ビリビリと空気が震える。


いつ飛び掛かられても反応できるように、クロスボウに矢をつがえて構えると、グサヴィエがクロスボウを構えた私の腕を優しく押した。


「……?」


「アレはヤバい、空腹で気が立ってるみたいだ。ちょっと下がってろ」


「……」


言われた通りにクロスボウを下ろすと、グサヴィエは大剣を肩に担ぎ直す。


「いいか?そこを動くなよ?」


私が頷くのを確認すると、グサヴィエは雪の中とは思えない速さでスノーウルフへ駆け寄り、大剣を振り下ろした。


だがその攻撃はスノーウルフの素早さにはかなわず避けられてしまい、グサヴィエは「おっと…」と言いながら、スノーウルフの反撃を大剣で防ぐ。


攻撃してきたスノーウルフの力を利用して高く飛ぶと、そのまま大剣を横にぎ払い、スノーウルフを私から遠ざけた。


それとほぼ同時に大地に着地し、大地を蹴る。

一人と一匹の動きのせいで雪が舞い上がり、視界が悪く、私は目を細めてしゃがみ込んだ。


グサヴィエは私からスノーウルフを遠ざけたいのか、攻撃を繰り返しながら、どんどん私から離れて行く。


(…先生…)


私はまた、守られている。

子どもの頃と何も変わらない。


悔しさと申し訳なさが同居したような、複雑な気持ちでグサヴィエを見つめると、グサヴィエは私の視線に気付いたのか、ニカっと笑って片目を瞑って見せた。


(オッサンのウインク…)


思わず苦笑いしていると、スノーウルフがグサヴィエに飛び掛かる。

グサヴィエは紙一重でそれを避けると、スノーウルフの脳天のうてんひじを叩き込んだ。


それは物凄い衝撃だったようで、スノーウルフは目を回したのか、フラフラしている。


その隙を見逃さず、大剣を振り下ろそうとしているグサヴィエに、私は思わず「やめて!」と叫んだ。


すると、グサヴィエの身体がピタリと止まり、不思議そうに私に視線を送ってくる。


「殺さないで!この山では、私達がイレギュラーなんだよ。そのスノーウルフは、ただ暮らしてただけ。お願い、殺さないで」


偽善者と言われるかも知れないが、私は大の動物好きで、なるべくなら生き物の命は奪いたくない。


「…まぁお前がそう言うなら、俺は別に良いけどよ」


ちらりとスノーウルフを見たグサヴィエは、確実に目を回している事を確認してから大剣を背負い直した。


「なら急いでここを離れようぜ、そのうち目を覚ますだろうからな」


そう言いながら伸ばして来た手を掴むと、雪を叩き落としながら立ち上がる。


すると、グサヴィエは私の手を掴んだまま、ギョッとした顔で目を見開いた。

今度は何だと背後を振り返った私は、グサヴィエと同じように目を見開く。


「…ウソ、でしょ」


雪崩なだれだ。

しかも見渡す限りの雪崩だ。

隠れようにも逃げようにも、辺りには何もない。


冗談でしょう、神様。

やっとスノーウルフの脅威から逃れられると思ったのに、今度は雪崩と来ましたか。


「…死ぬかも。いや、死ぬ」


さすがにあの雪崩は避けられない。

物凄い轟音ごうおんをたてながら、大きく口を開けたモンスターのように近づいて来る雪崩に目を閉じる。


すると、グサヴィエの大きな身体が私を包んだ。

それと同時に視界が雪に染まる。


「うぉ、おおおお!!?」


(───死ぬ!!)


私の身体も、私を抱きしめるグサヴィエの身体も、雪崩と一緒に流れて行く。


「……ッ!!」


身体がバラバラになりそうだ。

何とか力をしぼってグサヴィエにしがみ付くしか出来ず、私は無我夢中でグサヴィエに抱きついた。


そして。

私を抱きしめる力強い腕を感じ、耳元で聞こえる優しい「大丈夫だ」という言葉を聞いた直後に、私は意識を手放した。



♢♢♢♢♢♢



誰かが泣いている。

辺りを見回すと、小さな女の子がうずくまっていた。


何故泣いているの。

そう問い掛けようと近づくと、私より先に身体の大きな男が女の子へ声を掛けた。


何処かで見た光景だ。

ぼんやりとその様子を見ていると、男は女の子を肩に担ぎ上げ、豪快に笑った。


(あの笑い方…)


覚えがある。

それにあの女の子も…。


(誰だっけ?)


そんな事を思いながら二人の姿を見ていると、二人は私を振り返った。


「あ…」


私だ、あの女の子は…。幼い頃の私だ。

そしてあの男は…。

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