7.実技試験を実施してよろしいか。

「10人か。これなら私一人でも実技試験の相手ができるな」


 ヨシノの視線の向こうには、談笑する者、準備運動をする者、本を読む者、ヨシノを見つめる黒髪の若者など、思い思いの様子の10人の受験者がいる。


「基本的には受験生同士で実技試験をするので、ヨシノさんの出番はありませんよ」


「『基本的には』だろ? たまには趣向を凝らして、バトルロイヤル形式とかもどうだろうか? 私も参戦するぞ」


 ヨシノは目を輝かせている。

 妙に鋭いことを言う。


「元S級が参加したら、受験生全員が肉体的にも精神的にも再起不能になりますよ。そもそも冒険者の登録は承認制ではなく届出制なので、心身が健康とかの一定の要件を満たしている場合は登録を拒否できません」


「そうなのか。じゃあ試験なんて不要ではないか」


 的を射た指摘だ。


「初心者冒険者の死亡数の増加などが新聞で批判されたんですよ。結果、ギル庁内の通達で試験の例や推奨基準を設けて、各支部ギルドに連絡しています」


 『例』や『推奨』でしかないので、実は現場の裁量でバトルロイヤル形式にしても構わないのだ。


 実際に、支部ギルドでは支部長がユニークな方法をとっていることもある。ユニークといえば聞こえがいいが、無茶な試験を課したり、逆に碌なテストもせずに冒険者に登録していたりする。




「そろそろ始めましょうか」


 俺は試験の補助をする2名の職員に声をかける。2人は引退した冒険者達で、嘱託職員として隔日で勤務してもらっている。一人は前衛の実技試験の担当の元剣士、もう一人は後衛の実技試験の担当の元魔法使いだ。


「皆さん、お集まりいただきありがとうございます。本日の試験を担当するアキラと言います。まず本日の流れをご説明します」


 受験者の中で、サイトがこちらに熱視線を送っている。もちろん、俺ではなく隣のヨシノに対して。


「まず体力テストを行います。修練場のコースを5周、1000メートルを走ってもらいます。標準タイムは男性が4分、女性が5分です。その後は実技となります。前衛は木剣による模擬戦闘、後衛は投擲、攻撃魔法又は補助・回復魔法の技能を披露してもらいます。体力テストと実技の結果を総合して、合否を決定します」


 受験生達は一応真面目に聞いている。


「何か質問はありますか?」


「模擬戦闘は相手に勝たないと合格できないのか?」


「いえ、勝敗は関係ありません。攻撃や防御の基本的な技術をチェックします。ですので無理や無茶をして怪我をしないように注意してください」


 良くある質問の一つだ。先に説明しておけばよかった。



「他に質問は……ないようですね。それでは体力テストを行います。装備品は地面に置いてもらって構いません」


 受験生はスタートライン付近で準備運動を始める。

 




「位置について、用意、スタート!」

 俺の号令に続いて、10人の受験生が走り出す。




 受験生が1000メートルを疾走し、次々とゴールする。

 標準タイムを上回ったのは、男性4人、女性が2人。まずまずといったところか。



「ぜえぜえ」


 サイトが最後にゴールラインに到着し、倒れ込む。女性も含めた最下位だ。

 5分30秒か。

 そもそも身体を使う仕事に向いてないやろ。




「それでは、5分の休憩の後に実技試験を行います」

 

「実技試験さえ通れば、俺は冒険者になれるのか?」


 息を切らせながらサイトが聞いてくる。

 

 本音を言えば「お前には向いていない」だ。しかし、法令上はそうではなく、役人として、虚偽を伝える訳にもいかない。


「体力テストの標準タイムは、あくまで合格者の標準的な記録を示すだけで、クリアが必須ではありません。体力テストの結果と実技試験の成績を総合的に評価して、最終的な合否を決定します」


 非公開の基準に照らすとサイトの合格の見込みがほぼ無いことは言えない。可能性は限りなく低いが、ゼロではない。

 

「そうか。まだチャンスはある」


 サイトが目の輝きを取り戻す。





「それでは前衛は私の方に、後衛は紫のローブの女性の方に集まってください」


 男性5人が俺の方に集まってくる。

 体力テストの標準記録を突破した4人とサイトだ。


「それでは体格が近い方と模擬戦闘の組を作って、こちらの木剣と盾を持って準備して下さい」


 嘱託職員が籠に入った剣と盾を持ってくる。

 

「俺はどうするんだ」


 一回り身体が小さく、ペアの余りとなったサイトが俺に聞いてくる。


「ああ、職員が相手をします」


「お願いできますか」


 俺は嘱託職員に打診する。50代の元剣士だが、筋骨隆々で現役でも十分通じそうだ。


「俺はあの女性と対戦したい」


 サイトはヨシノを指し示す。

 

 怖いもの知らずだな。




「それはおもしれえ。俺の代わりによろしく頼むよ」


 嘱託職員が笑いながらヨシノに話を振る。


「ちょっと待ってください。基本的な技術を見たいので、相手をお願いしますよ」


 俺は嘱託職員に異議を唱える。


「面白いじゃないか。本人の希望通りにヨシノちゃんとやらせてやれよ。それともアキラ係長が担当するか?」


 俺は睨みつけるが、それで堪える相手ではない。


「そう固いこと言わずにさ。ヨシノちゃんの戦うところを俺も見たいし。課長からも色々なことを経験させるように言われてるんだろ? あっそういえば、膝の怪我が疼いてきた」


 嘱託職員は、大げさに膝を押さえている。


 余計なことを言いやがって。


 悪い人間ではないが、冒険者上がりの粗暴な男だ。とは言え、こちらは3年目の若造で、しかもノンキャリだ。四角四面に対応するだけでは反発を招くし、適度なガス抜きも必要だ。


 

「仕方がないですね。ヨシノさん、彼の相手をしてください」


「心得た」

 ヨシノの声が弾んでいる。満更ではないようだ。


「よしっ!」

 サイトも満面の笑みで喜んでいる。気が乗らないのは俺だけか。



 

「それでは3分間の模擬戦闘です。はじめ!」


 ヨシノは木剣を中段に構えている。盾は使用しないようだ。


 対するサイトは、前傾の姿勢で、右足と剣を持つ右手を後ろに引いている。

 何故か息使いは荒い。


 約4メートルの間合いのまま、5秒ほど動きが無い。



「アキラ殿、もう始まっているんだよな? こちらから打ち込んでいいんだよな?」


 ヨシノは、相手があまりに隙だらけなので戸惑っているようだ。


「えっと、まずは何本か打たせてあげてください。攻撃する場合も怪我をしない程度にお願いします」


 ヨシノから本気で攻撃すれば、その瞬間に模擬戦闘は終わってしまうだろう。

 


「はああああ」


 サイトが気合の声を上げる。


「サイトストラッシュ!」


 サイトはヨシノに突進すると、逆手で握った剣を振り抜く。


 ヨシノは受けるでもなく、下がるでもなく、剣の軌道から数センチの距離で躱し、左前に踏み込み背後をとる。


 力量に差がありすぎる。

 実践なら既に勝負ありだ。


 サイトは一瞬相手を見失った後に振り返ると、剣で8の字を書くように、振り回す。


 嘱託職員からは思わず、失笑が溢れる。


 ヨシノが目線をこちらに向けて、攻撃の許可を確認する。

 俺も頷く。



 コッ……カラン。

 ヨシノがサイトの剣を弾くと、剣が地面に落ちる。

 

 サイトは状況を把握できないまま右手を見つめていたが、数秒の後に慌てて剣を拾う。ヨシノは待ってあげたのだろう。


 ヨシノは中段の構えから、喉元に突きを繰り出す。


 危ない。木剣でも喉に当たれば軽傷では済まない。

 が、寸前に軌道が代わり、ヨシノの剣は首の左を掠める。


 カシュ。

 次いで上段への一撃がサイトの髪を撫でる。

 

 その後も、ヨシノは、肩、鳩尾、太もも、手首へ剣戟を繰り出すが、全て寸止めだ。サイトの剣も盾も全く機能していない。



「ほう。流石に元S級」


 嘱託職員が感嘆の声を上げる。


「そろそろ楽にしてやれよ」


 他の受験生が煽ってくる。


 ヨシノは大きく踏み込むと、柄でサイトの鳩尾を打つ。

 

「ひでぶ」


 サイトは奇妙な叫び声を上げて、その場に崩れ落ちる。


「それまで」

 まだ1分も経っていないが俺は終了を告げる。

 



「ふう」


 ヨシノは一息つくと剣を籠に戻す。


 サイトは細かく震えているだけで立ち上がらない。

 

 サイトに駆け寄ると、意識はあるようだが息遣いが荒い。

 回復魔法が必要か? どうする?



「ちょっとやりすぎたか」


 ヨシノも片膝をついて、様子を見にくる。


 ヨシノはサイトの首元に手を触れ、回復魔法をかける。

 10秒ほどでサイトの息が整ってくる。



「へえ、回復魔法まで使えるんだ」


 ギャラリーがざわついている。




「お待たせしました。次の模擬戦闘に移ります」


 サイトを木陰に横たえると、予定を進めることにする。 





「以上で試験は終了になります。何か補足はありますか」


 俺は嘱託職員に確認する。

 毎回コメントは無いのだが、顔を立てておかないと面倒も多い。


「俺達のような元D級よりも元S級がいるんだから、ヨシノちゃんから一言もらおうぜ。何か新米冒険者の心得みたいなのを頼むよ」


 全員がヨシノに注目する。


「冒険者の心得か。死なないこと、生きて戻ることだな。当たり前すぎるか。じゃあそのためにどうするか。朝起きて鍛錬をする。隙間時間に鍛錬をする。夜に鍛錬をする。鍛錬は、課題を設定する、課題をクリアすべく何度も繰り返す、できなかったことを振り返り、翌日の課題とする」


 ヨシノの発言は、根性論でありつつ、PDCAを意識した論理的なアドバイスでもある。


「そうすれば、必ず強くなれるし、危険を回避することもできる。私が死を覚悟したのは3回だけだし、いずれも打開することができた」


 受験者一同の息を呑む音が聞こえた気がする。

 

 


「ヨシノさんの言った通り、まずは生存を優先してください」


 あまりの静寂に耐えきれず、俺が切り出す。


「日々の鍛錬が重要なのは言うまでもないです。その他にも、細かい情報をお伝えすると、ギルドを活用してください。回復薬は一般の商店でも買えますが、ギルドでも冒険者限定で安く販売しています。あと、初級の回復魔法はギルドで無料で習得できます。ヒール、アンチパラライズ、アンチポイズンあたりは特にお勧めです」


「前衛職でも回復魔法は役に立つぜ。引退してからも二日酔いの時に使えるしな」


 嘱託職員の発言に、どっと笑いがおきる。


「それでは実技試験はこれにて終了します。1時間後に合格者の受験番号を受付に張り出すので、確認してください」



 


「合格おめでとう。これからも頑張ってくれ」


 ヨシノが承諾書を受け取り、新米の男性冒険者を激励する。

 彼は体力テストの標準記録をクリアし、模擬戦闘も無難にこなした。


「授賞式ちゃうわ。これで4人目やろ。いい加減に流れを覚えろ」


 俺はカウンター越しに小さなカードと書類を差し出す。


「こちらが冒険者カードになります。最初はFランクから開始し、基準を満たすとランクが上がります。Bランク以上への昇格は特別な貢献や審査が必要となります。詳しくは資料をご覧ください。注意点として、信用失墜行為の禁止、中でも私闘の禁止を遵守してください。また、依頼者の秘密保持義務も問題になることが多いです。これも資料に載っていますので確認してください」


「ありがとな」


 新米冒険者はカードと説明資料を受け取ると、手を振り去っていく。



「いやはや。やはり頭使うよりも体を使う方が充実するな」


 ヨシノは笑いながら肩を回している。


「じゃあ卒業後も冒険者を続ければよかったんじゃないですか」


 俺だけでなく、大多数の率直な感想だ。


「……今や私はギル庁の職員だ」

 

 ヨシノの表情が少し曇った気がする。



「じゃあ、デスクワークや対面の業務も覚えてくださいね」


「任せろ。いざとなれば武力で解決だ」


 ヨシノはニヤリとして腰の剣に手をかける。

 先程の表情は気のせいだったか。


「ちゃうやろ。役人やったら理屈と言論で解決せえ!」


 俺は苛つきながらヨシノにツッコむ。


「お前ら、いいコンビじゃねえか」


 休憩中の嘱託職員が茶化してくる。


「ははは。そうだろう」


 ヨシノが応える。完全に冒険者同士のやり取りだ。


「お前が偉そうにすんな!」

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