11.支部ギルドを訪問してよろしいか。

 乗り合い馬車の定員は8人だが、今の乗客は俺達以外に一人だけだ。

 荷車に幌が付いただけの簡素な二等馬車は、乗り心地も悪い。しかし係長と係員に一等馬車の旅費は支給されず、自腹を切る余裕もない。

 

 馬車は窮屈ではないが、圧迫感を感じる。それは久しぶりに着たレザーアーマーのせいだろう。


 バネッサは乙地なので、防具の着用が指定されておらず、推奨もされておらず、単に「着用することは妨げられない」との内部規程だ。


 しかし、課長から『お守り』の一つとして渡された以上、着用せざるを得ない。


 俺のレザーアーマーは茶色のみすぼらしい品だ。強度やサイズの基準はあるだろうが、一般競争入札で一括購入したもので、安かろう悪かろうの気配がする。


 対して、ヨシノのレザーアーマーは乳白色をしており、仕立てと手入れの良さが感じられる。明らかにヨシノの私物だ。

 普段着のときとは違い、腰の長剣も据わりが良さそうだ。


 白いレザーアーマーの中身は、目を閉じている。背筋は伸びて、息使いも静かなので、睡眠ではなく瞑想でもしているのだろう。既に10分以上は同じ姿勢だ。

 それにしても整った顔をしている。


 

「アキラ殿は何の鍛錬をしているのだ」


 ヨシノが目を開くとともに、声を発する。

 急に視線がぶつかり、一瞬鼓動が高まる。

 


「鍛錬をしているわけではなく、バネッサでの仕事の段取りを考えていただけです」


 凝視していたことがばれた気恥ずかしさで、少し取り繕った中身になってしまった。



「昼前にバネッサに到着し、まずは支部ギルドに面談に向かうとして、その後どうするかですね。面談の中身にもよりますが、冒険者や第三者からのバネッサギルドの評判も聞きたいので、昼食は近くの食堂で取りつつ、午後からは武器屋、道具屋を訪れようかと考えています」


 そして帰りの馬車の中で報告書の構成の検討、と心の中で付け加える。


「基本は2人で行動する予定ですが、午後は二手に分かれて幅広く情報収集する可能性があります。単独行動になってもこまめに合流する予定なので、報連相を徹底してください。報連相は、新人の、いえ新人だけでなく役人の基本ですので、くれぐれもよろしくお願いします」


 重ねて念押しする。


「ほう・れん・そうだな。鳳凰昇天撃、煉獄焦熱刃、双竜衝波斬はどれも任せてくれ」


「そのネタはもうええねん!」


「はは。軽いジョークだ。ところで、どうして報連相が重要なんだ?」


 ヨシノは素朴に質問する。


 今更そこからかと思うと溜息が出そうだ。だが、監察部ではそういう理屈付けを教えてもらっていなかったのか。


「色々な目的があり、よく言われるのは業務の円滑化と効率化ですね。ただ、私のような下っ端からすると、上司に責任を押し付けるという意義も大きいと思います。私は課長に報連相をしますし、課長も局長に報連相をするわけです。そうすると、何か問題が起きた時に、自分だけの責任ではなく、上司も巻き込んで責任を取ってもらう態勢になります。上司はたんまり給料をもらってるんですから、非常事態の時くらいケツ持ちをしてもらいましょう」


 やや下品な物言いになってしまった。


「そんなまどろっこしいことをせず、叩き切ればいいのではないか?」


「ヤクザの出入りじゃないんですから、いきなり鉄拳制裁というわけにはいきませんよ。法と証拠に基づいて、手続を経て処分しないと」


 相変わらずの脳筋対応だ。


「目潰しで先手を取って処断ということか」


「目潰しちゃう、手続や! 適正手続とかデュープロセスとか聞いたことあるやろ!」


「前世で習ったことまでは覚えていないな」


「4月以降の研修で絶対に聞いてるはずや!」


 特に監察官なら、適正手続の保障はうるさいほど念押しされるはずだ。

 

「今回の出張は支部ギルドへの調査の一環としての情報収集が目的ですし、仮に支部長のパワハラやセクハラなどの行為があった場合でも、正式な処分は組織として行われます。もちろん疑いがあるわけですが、証拠が固まって処分されるまでは無罪推定です。あなたは鉄拳制裁をするために派遣されたわけじゃないですよね」


「そうなのか?」

 ヨシノが意外そうな表情で問い返す。


「そうなのです。特に、調査の手続に瑕疵、つまり間違いがある場合は、犯罪があったとしても罰せられないこともあります。極端に言えば、拷問の結果の自白に価値が無いようなもので、手続が適正になされないと最終的な判断に悪影響を及ぼします」


「それはまずいな。拷問無しなら、どうやって口を割らせればいいだろう」


 ヨシノは多少深刻な面持ちになった。

 具体的に何をするつもりだったのかは聞かない方がいいだろう。



「手続という面では、公務員倫理法を覚えていますか?」

 期待できないが一応の確認だ。


「私は、冒険者として高度な倫理観も醸成してきた」

 胸を張るヨシノに突っ込む気力もない。 


「公務員倫理法は、主に我々公務員と民間との関係を規律するルールで、利害関係者からの利益の提供を受けることを禁止しています。バネッサの支部長は監察対象なので、同じように贈り物や接待は断りますよ」


「私の信念はプレゼントで揺らぐほどやわじゃない」


「あなたの信念の問題ではなく、手続の問題なんです」


「武士は食わねど高楊枝ということだな。おっと、剣士は食わねど高楊枝か。ははは」

 ヨシノが自家中毒気味に自分の発言にウケている。



 不意に馬車の動きが止まる。


 幌の隙間から見ると、町中に入っている。

 どうやら終点のバネッサに到着したようだ。



「ありがとうございました」

 御者に礼を伝えつつ馬車を降りると、すえた匂いが鼻を突く。


 馬車の発着所付近には、荷物を抱えた旅行客も多いが、物乞いや軽装で辺りを窺う人影も目につく。

 

 

 発着場から南に向かうと、飲み屋と風俗店が混在した街区になる。

 そこを更に南下すると、町と森との境界にバネッサの支部ギルドが見えてくる。


 ギルド周囲の建物には落書きが多く、道にも空き瓶が散乱している。お世辞にも雰囲気が良い地区ではない。

 人通りも殆どない。

 


 ギルドは木造平屋建てで、修練場と小規模な離れが付属している。

 馬車がほぼ定刻での到着だったので、想定した通りの昼前にたどり着くことができた。


 予習したとおり、まずは支部長に面談し、昼飯を外で食べつつ情報収集。その後、再度訪問して視察と職員から聴取。最後に町で冒険者や関係者の声を聞く。といったところか。

 


 

 建物入口の扉を開くと、カウンターと受付嬢が目に付く。良くある支部ギルドの光景だ。

 冒険者は朝一番に依頼を受け、夕方頃に報告に戻ることが多い。今のギルドに職員1人以外のほか人影はない。


 部屋が薄暗いせいか、空気が重たい。


「失礼します。支部協力課から見学に参りましたアキラです」

 カウンター越しに、受付嬢に声をかける。


「……こんにちは。お待ちしていました」

 受付嬢は消え入りそうな声で反応する。



 直接の面識は無いが、いつも魔導通信で仕事上のやり取りをしている相手だ。

 ミスが皆無ではないが、こちらの発注に対して実直な仕事振りを感じていた。


 その受付嬢は20代後半くらいの風貌で、はっきりとした目鼻立ちと明るい茶色の長髪からすれば、おそらく男性冒険者からの人気もあるのだろう。セクハラに遭いやすいとも言える。

 もう少し活気があれば、更に受けも良いのだろうに。


 受付嬢の顔には疲労の色も見える。そして、やや怯えた表情をしている。


 これまでに威圧的な文章を送ったり、叱責した記憶は無い。俺が原因ではないと信じたい。


 不意に微かな香りを感じる。香りなのか湿度なのか分からないが、仄かに熱帯雨林の匂いがする。俺は熱帯雨林に行ったことは無いのだが、雰囲気は近い気がする。



「まずは支部長に面会させていただいてよろしいでしょうか?」


 もう少し観察したいと思ったが、受付嬢の視線と沈黙に耐えられず用件を切り出す。

 

「かしこまりました。支部長に確認してまいります」


 受付嬢が言い終わるか終わらないかの時に、部屋の左手の扉が開く。



「ようこそバネッサ支部へ。お待ちしておりました」


 扉から一歩進み出て、支部長が大声で呼びかける。


 ヒキガエルという比喩がぴったりの、丸顔、肥満、低身長のおっさんだ。



「どうぞこちらの部屋にお越しください」


 ヒキガエルのような支部長は、右手で部屋の中を指し示しながら、一方的に言葉を重ねる。


「おい、食事の準備はできているな? いつもの時間に頼むぞ」


「っ……分かりました」

 支部長の指示に対し、受付嬢は怯えながら答えている。



「我々は、外で食事を取りますので、お構いなく」

 いきなりペースを握られることを恐れて、俺は明確に線引をしておく。



「……ああ。今のは支部協力課の皆さんのことではないんですよ。もちろん、よろしければ、お昼をご一緒することも歓迎ですよ。ぐわはは」


 支部長は不愉快なうめき声を出しながら笑っている。


「いえいえ、お気持ちだけ頂いておきます。それではまずは部屋でお話を聞かせてください」


 丁重にお断りしつつ、俺は支部長の部屋に歩き出す。すると、ヨシノが小走りで俺の前に進み出る。ヨシノはそのまま、開かれたままの扉から支部長室に先頭で入る。


 先走ったヨシノの行動に不満を感じつつも、ここで咎めることもできず、二番手で入室するしかない。


 入室するヨシノの背中越しに支部長が邪悪な笑みを浮かべている。


 ギルド支部長の表現として邪悪は不適切なはずだ。

 しかし、部屋の中心で佇む支部長の表情は、カエルというよりも、むしろ爬虫類や物の怪の類が、巣穴に獲物を呼び寄せている印象を与える。



「失礼します」


 俺は躊躇しつつも、精神を奮い立たせて入室する。

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