6.冒険者を新規登録してよろしいか。
「今日は冒険者登録を担当してもらいます」
「懐かしいな。私も15歳の時に登録してもらった。若い才能を見出すのが楽しみだ」
若い才能の芽が踏みにじられないことを祈る。
「頼もしいことですが、今の若者はしごきや根性論ではついてきませんので、慎重にお願いしますね」
「任せてくれ。これでも後進の育成は得意だ。私の指導は厳しいが、大学の後輩からは『夢みたいです』と人気があった」
恐怖で夢に出そう、の聞き間違いじゃないか? そもそも生存者バイアスで、数倍の脱落者がいるだろう。
「ヨシノさんは冒険者登録を一度しかしていないでしょうし、制度も変わっているので、まず私の対応を見てください。あと、15歳で登録できるのは一部の特殊な教育機関に通っている場合だけですので、普通は18歳以上の人が登録にきます」
「ほうほう」
10時。ギルドの窓口が開く。
黒髪短髪で細身の若い男性がカウンターに早歩きでやってくる。装備も何もなく、重心も高い。
これは外れだな。
「いらっしゃいませ。本日は冒険者の新規登録でよろしいでしょうか?」
「そうだ。早く登録してくれ」
いきなり失礼な態度だ。
「届出ありがとうございます。まずは確認のためにこちらの書類に記入ください」
俺は届出用紙をカウンターに差し出す。
不躾な奴だがマニュアル外の対応をすると、すぐにクレームが入る。
「記入要領を説明させていただきます。まず、名前、年齢を記入ください。そして、試験を前衛と後衛のどちらで受けるかに丸を付けてください。最後に、転生者に該当する場合は欄にチェックを入れてください。
「お、来たな。俺はサイト。高校の教室からこの世界に転生してきた」
黒髪の転生者は冒険者を志望することが多い。十分な鍛錬もせず、自分の実力も顧みずに。
「前衛と後衛のどちらで試験を受けたらいいんだ?」
それは自分で決めることだ。決めるだけの知識が無いという訳だ。
「試験として、前衛は模擬戦闘を行います。後衛は投擲、攻撃魔法、補助・回復魔法の中から1つを選択して、実技を見せてもらいます。前衛も後衛も共通の体力テストもあります」
「ふーん。前衛は『あるある』だな。後衛の方が簡単そうだけど、俺に向いたクラスは何だ? 俺の適正クラスとか加護とかを示す魔導具とかないの?」
テンプレの転生者だな。
用紙に名前は記入されているが、転生者のチェックボックスは空欄のままだ。
「失礼ですが、サイトさんは転生者に該当しますでしょうか?」
「そうそう。高校の教室にいたら、急にクラスメートとともに光に……」
「でしたら、補足的な説明がありますので少々お待ち下さい」
被せ気味に答えてから、カウンター下の紙束から、転生者用の説明用紙を取り出す。
「冒険者登録の際に、転生者の方にだけ説明している事項があります」
「うーん、転生者ね。俺は日本で死んでこの世界に生まれ変わったんじゃないから、正確には転移者になるな」
サイトは一人で頷いている。
「法律上は他の世界での記憶を保持している人を一括して『転生者』として取り扱っているので、転生者でも転移者でもどちらでも大丈夫です。では説明させていただきますね」
俺は説明用紙をペンで指し示しながら、説明を始める。
「1番目として、冒険者の登録は個人の自由です。しかし生命身体への危険があり、最悪の場合は死に至ることを認識してください。また、死亡した場合は蘇生の手段はありません」
当然のことだ。転生者以外も、試験後の登録の際には、危険を認識し、死亡や怪我をしても自己責任である旨の承諾書にサインしてもらっている。
しかしサイトは息を呑み、気圧されている。
「2番目として、この世界においては、ステータス、レベルといった概念は確認されていません。また、スキルや技術の習得と熟練には、通常、一定以上の期間の訓練が必要となります。良く聞かれる事項なので、噛み砕いて言いますと、ステータス確認、レベルアップ、鑑定、チートスキル等はありません」
「まじで! そんなの転生した意味がないぜ」
サイトは不満げだが、ギルドに文句を言われても遣る方無い。
「なお、攻撃、補助又は回復を行うための魔力による干渉、つまり魔法は存在します。魔法については、書籍又は特定の訓練所を通じて習得することが可能とされています。」
「やっぱ魔法あんじゃん。俺にはどんな魔法の適正があるかな」
「しかし、そもそも魔法を発動できるか、どのような魔法が発動できるか、発動した場合の効果といった点に個人差があり、魔法を習得できない可能性もあります。一般的には、何らかの魔法が発動できる転生者は2割程度とされています。また、魔法を習得できたとしても、その効果や精度を向上又は維持するためには、長期間の継続的な訓練が必要とされます」
「まじか」
サイトは肩を落として意気消沈している。が、何かを思いついたかのように、顔を上げる。
「でも、実は、俺に常人の数万倍の魔力が備わってるとか、色々な属性に適正があるとか、俺だけ使える魔法があるとか、そういう可能性あるかもよ?」
「魔法については、未解明の部分もありますが、発動のプロセスは体系化されてきています。体内などから魔力を『搾る』、抽出した魔力を『溜める』、魔力を様々な性質に『替える』、魔力を動かす『宛てる』の5段階が基本の型です。例えば、魔力に炎の性質を与えて、対象に発射すればファイヤーボールとなりますが、各プロセスの練度により火力や射程、狙いの精度は大きく変わります」
「そうそう。そういう派手なのを求めてたの」
「初心者用のファイヤーボールでも、構造式を理解した後に、直径10センチの火球を3メートル先に当てるまで、一般的には3か月の鍛錬が必要とされています」
「すぐに試験を受けたいのに、そんなに待てないよ」
「回復魔法であれば、『替え』の段階は比較的容易ですし、掌を対象に直接触れることで、『溜め』や『宛て』の過程は省略できるので、遺伝的な魔力量さえ備わっていれば、習得しやすいと言われています」
「回復魔法は派手さがないからなあ」
文句ばかりだ。
「先程、魔法には、長期間の継続的な訓練が必要とお伝えしました。筋力や身体的なスキルに比べて、魔法の技能は劣化が激しいです。魔力を操作する感覚を毎日のように涵養しないと、魔法を維持できません。一般的には、何の鍛錬もしない場合、1か月で魔法の効果や精度は半減し、1年で2割程度に落ちるようです。どちらかといえば、筋力や技術を鍛えるほうが効果的と思います」
「そうすると魔法のコスパは悪そうだ」
伝わったようで何よりだ。
「でも今から筋トレするのもしんどいしなあ。魔法の才能やスキルさえあればなあ」
いや、まずお前の体を張るんだよ。こっちの人間はみんなそうしてんだ。
「少し話が逸れました。資料の説明に戻ります。3番目として、転生者は、『異世界から転生等してきた者の保護と活用に関する法律』によって商務省に対する登録が義務付けられています。転生者として登録した場合、自身の知見や技術を商務省に提供し、その対価を受け取ることが可能です。また、商務省に所属し、継続的に商品や役務の開発に従事することも可能です」
「公務員になることもできるってこと?」
「詳細は商務省に聞いていただきたいのですが、知識や技術のレベルがテストされて、一定の基準に達している場合に特別職の公務員として採用されるようです。特に、医学、科学技術、工芸、芸術などの知識や技能が求められていると聞きます」
「うまい話のようだけど、化学や物理の勉強はあんまり覚えてないなあ。まあこっちの世界は中世くらいの発展だから、料理とかでも重宝されるのかな。醤油を作ったりとか。でも、醤油ってどうやって作るんだっけ」
サイトはぶつぶつと呟き、何かを考えている。
お前程度の有象無象なら、掃いて捨てるほど転生してきとるわ。
「サイトさん、冒険者の登録はどうされますか」
また別の世界に入っていきそうなので、注意喚起する。
「どうしよっかな。せっかく転生したんだから一度くらい冒険者として名を上げてみたい。けど、チートも魔法もないままだと、不安だしなあ」
こいつは努力という言葉を知っているのか。他力本願も甚だしい。
肥満でこそないが、細腕からすると体を鍛えている様子はない。やる気も危機感も無い。こういう奴は冒険者としてすぐに命を落とすだけだ。
商務省の片棒をかつぐのは癪だが、商務省の門をくぐるように誘導するのが、みんなのためだ。
「転生者に対して随分丁寧に説明するんだな」
サイトが唸りながら悩んでいる間に、大人しく聞いていたヨシノが急に口をはさむ。
「そうですね。転生者の知識は重要性が高いので、商務省とギル庁で連携して、情報提供を行うことになっています」
連携というよりも、商務省に押し付けられただけだ。こっちは手間が増えるだけでメリットは無い。
とはいえ、国全体としては、転生者に対し、主に文化面や技術面での貢献を期待している。転生者の職業選択の自由は確保しつつ、誘導路を設置するのは合理的だ。
商務省が所管する「異世界から転生等してきた者の保護と活用に関する法律」、通称「転活法」で転生者の身分の保障や転生者からの知見の利用に関するルールが決められている。
実際、転生者からの情報を元に作られた『転来品』は便利であったり、高機能であったりして、広く活用されている。モノに限らず、今の法制度や社会の仕組み、公務員のキャリア制度なんかも、転生者のアドバイスを下敷きにしているらしい。
「私も転来品のスイーツは値段が高い大好きだ。転コンも良く見ている」
「転コンとは何ですか?」
「アキラ殿でも知らないものがあるんだな」
ヨシノの得意げな顔に少し腹が立つ。
「転コンは、転入コンテンツの略で異世界の物語をこちらで再現したものだ。私はバトルものが好きなのだが、異世界では絵の入った『マンガ』というものもあるらしいぞ。流石に絵までは再現できないから、ストーリを楽しむのだが、熱いバトルばかりだ」
「お姉さんは、ギルドの受付嬢ですか」
サイトが目を輝かせながらヨシノを見つめている。
「まあ、今日のところは受付嬢、か?」
ヨシノが俺に尋ねる。
「少なくとも今日は受付嬢ですかね。後で試験監督も兼任するかもしれませんが」
「試験、受けます。俺、異世界に転生したら、無双してハーレムを作りたかったんです。ギルドの依頼をこなすうちに、受付嬢と親密になるパターンですよね。お姉さんのような大人の女性にまず手ほどきしてもらって、後はロリ系と巨乳の仲間とか、ライバルのエルフとかをハーレムに加えます」
サイトはカウンターに身を乗り出して、ヨシノににじり寄る。手でも握りしめに行きそうな勢いだ。
反対に、ヨシノは珍しく腰が引けている。
受付嬢というよりも、セクハラしてくる不良冒険者に制裁を加える立場なのだが。
サイトの様子からすると、受験を回避させることは難しそうだ。
普段なら、未経験者には大学の武闘学部や冒険者の専門学校に入学するようにアドバイスするところだが、聞く耳を持ちそうにない。
「では受験するということで、こちらの転生者用の説明用紙にサインしてください」
ウキウキのサイトは、全ての文言に目を通さず、末尾に署名をする。
「ではこちらが同じ内容の書面ですのでお持ち帰りください」
署名された用紙を受け取り、新しい説明用紙を渡す。
「試験は毎週水曜日、つまり今日の午後2時から開催されますので、10分前までに中庭の修練場に集合してください。その際は動きやすい服装でお越しください」
後衛なら自分の武器を持参してもらうのだが、用紙には前衛の試験を受験とあるので言付けは不要だ。
もう一度記載項目と署名を確認し、用紙をカウンター下のボックスに入れておく。
「凄い人でしたね」
サイトがギルドから出ていった後で、俺は呆然としているヨシノに声をかける。
「久しぶりに他人に好意を向けられた気がする」
久しぶりなのか。
ヨシノの容姿であれば、言い寄ってくる相手には事欠かないだろうに。
ソロの冒険者に出会いは少ないのか?
「今までに見たことが無いくらいひ弱で、しかも下心が丸出しだった。どう反応していいのか本当に困った」
ヨシノの虚を突くとは、サイトに案外才能があるのか。
「あと数センチ間合いに入られていたら、反射的にカウンターを極めていたと思う」
「せめて試験か訓練の時にせえよ」
「アキラ殿の承認も得たので、試験が楽しみだ」
「おい、積極的にしばいたれという意味ちゃうで」
俺の責任にされそうになり、火消しにかかる。
「アキラ殿が焦ることもあるんだな。ふふっ」
ヨシノが満足そうに笑う。
「分かってるって、ばれないように叩きのめせばいいのだろ?」
「そういう問題ちゃうわ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます