5.増員も要求してよろしいか。

「じゃあ次は定員要求の根拠を中心に教えて」


 眼鏡をかけた財務省の担当官が俺に説明を促す。


「では要求資料の199ページを御覧ください。まず人員の必要性については……」


「地方支部がらみの増員は今どき筋が悪いんじゃないの。政府全体もだけど、ギル庁も業務はスミガセの本局に集中させてるんでしょ」


 担当官が俺の説明を遮りながら、疑問を投げかける。軽いジャブのようなものだろう。


「ご指摘のとおり支部ギルドの定員は削減傾向です。ただ監察業務は、今般では支部のギルドでの非違行為が増加傾向であることから、網羅的かつ機動的に対処する観点から……」


「分かった。分かった。業務量の試算は?」


 相変わらずの失礼な言い振りだ。

 こっちがノンキャリと思って舐めているのか、財務省が他省庁に比べて偉いと奢っているのか。

 

「お手元の補足資料の12ページにございます」


 財務省の担当官が資料をパラパラとめくる。


「北から南まで、各地方ごとに一律に3名を増員する必要はないんじゃない? 各地方の支部ギルドの数や規模もまちまちでしょ」


「そのとおりです。ただ、この首都を含むトンカ地方の支部は多いので、むしろ5名程度の増員は必要なところを効率化しており、少なくとも3名への増員は必要となります」


「ものは言いようだね」

 査定担当官は業務量の試算のページを閉じながら、ぶっきら棒に言い捨てる。


 業務量の試算のために、支部の過去のセクハラ、パワハラから横領、情報漏えいまで、内部処分の件数を数え上げた。そして、1事案当たりの調査手続や時間を半ば水増しして算出した。先週の深夜残業のうちの過半はこれに費やされた。


「じゃあ。本局と支部の役割分担デマケはどうなってんの?」


「本局には基本的に1級監察官のみが在籍し、中核都市の支部ギルドのいくつかに2級監察官が配置されています。1級と2級の違いは……」


「『基本的に』ってことは例外もあるってこと?」


 査定担当官は『人の話は最後まで聞こう』と子供のときに教わらなかったのか。それとも子供以下の頭しか持ち合わせていないのか。


「はい。本局内の職員によるハラスメントに対処する2級監察官が、本局にも一人だけいます。ただ、本局の2級監察官は支部ギルドを直接担当しないので……」


「監察官の1級と2級ってどう違うの? キャリアとノンキャリみたいなもの?」


 1級と2級の違いをさっき説明しようとして、お前が遮ったんだろう。


「採用試験のI種、II種とも多少関係しています。1級監察官は、悪質な違反行為がある場合に自身の判断で家宅捜索や押収、そして被疑者に対する武力行使と逮捕が可能となります。そのため、任命の資格として、I種の武官であることが必要です。あとは、B級以上の冒険者の経験がある者なども任命要件をみたします。2級監察官は特に資格なく任命できます」


「へー。そんな制度があったんだね」


 実はやや正確性をはしょった説明だったが、査定担当官は納得したようだ。


「はい。各省共通の制度ですが、監察で荒ごとが起きるのは我が社と警務省、外務省くらいですので、監察官と言えば、普通は2級監察官のことです。主にハラスメントや情報漏えい、横領などを取り締まります。ただ、我が社だと、歴史的にみても冒険者による暴力行為や支部ギルドの組織犯罪がままあるので、武力鎮圧のために1級監察官を配属しています」


「なるほどね。冒険者関係だと物騒な事件もあるよね」


「そのとおりです。ですので彼女のような1級監察官が必要となります。我が社では、1級監察官はこのように帯剣しています」


 俺は手振りで、ヨシノとその左腰にある剣を示す。


「かわいい女の子が剣を腰に刺してて、何かなあと思ってたんだよ。1級監察官だったんだ。彼女に二人っきりで尋問されたら、全部ゲロっちゃうよ」


「係長、それじゃあセクハラで即刻、武力行使されますよ」


 俺は相好を崩しつつ、やんわりと指摘する。

 

「失敬、失敬。少しくらいなら痛めつけられるのも悪くないけどね。セクハラしたあとに女剣士におしおきされたら、ご褒美になっちゃう人もいるかもね。ははは」


 だめだ。こいつ全く懲りていない。

 

 ヨシノが抜刀して斬りかからないか横目で様子をうかがう。

 しかしヨシノは微動だにせず、怒りどころか目に力が無い。心ここにあらずという様子だ。


 美人ではあるので、もう少し笑顔でほほえみかけてくれれば、担当官も手を緩めてくれるかもしれないのだが。

 

「実はセクハラは家宅捜索や武力行使の対象行為となっていないので、そういう展開はありません。対象は、冒険者による暴力行為やギルド職員による組織犯罪や汚職、端的に言えばマフィアなどとの癒着への対抗措置です。1級監察官の対象犯罪はかなり厳格に設定されていますし、2級監察官はいかなる場合も有形力を行使することはできません」


「もし間違って剣を使ったらどうなるの?」


 担当官は眼鏡越しに、舐めるようにヨシノのことを見ている。


「適正手続の点から、調査において問題になるでしょう。禁止されている私闘を行ったとして、信用失墜行為に該当するかもしれません」


 この質疑応答は査定の何に関係しているんだ。

 答えきった後、俺は押し黙る。




「じゃあ続けて」

 担当官は沈黙に耐えかねたようだ。


「はい。では増員の必要性について詳しく説明させていただきます。我が社の本局の1級監察官は、違法な冒険者の制圧や危険地帯での監察業務に当たっています。各中核都市の支部ギルド1名の2級監察官のみでは、パワハラやセクハラなどの支部ギルドの軽微な非行に十分に手が回っていない状況です。特に遠方の支部ギルドまでは監視と執行が不十分なままです。他方で、我が社を含めて最近の公務員の不祥事により、大統領も公式に綱紀粛正とガバナンスの強化を宣言しており、大臣も監察体制の増強を答弁しています」


「件数のデータは?」


「補足資料の5ページに行為類型別の処分件数があります。6ページは被疑事件、つまりタレコミの件数でして、正直なところ調査に着手できていない件数が相当ございます」


「随分数が多いけど、おたくの内部規律の話でしょ。まず締め付けて予防を図るんじゃないの」


 資料をめくりながら、担当官が不満そうに声を上げる。


「もちろんセクハラ、パワハラの事前研修や啓発活動にも力を入れていますが、我が社の場合は支部ギルドに特定ギルドも多く、なかなか本局のグリップも行き渡りづらい事情がありまして」


「特定ギルドってなんだっけ?」


「特定ギルドは、我が社の主導で成立したのではなく、地元の有力者が小規模に運営していた交易所や自警団をギル庁の組織に組み入れた支部ギルドです。ギルドの支部長は、ギル庁から派遣するのではなく、その地域の有力者を任命しているので、長期間支部長の座に君臨し、問題が起こりやすい構造になっています」


「じゃあ、まず特定ギルドをなんとかしないといけないでしょ」


 正論である。正論ではあるが、それは容易ではない。


「ご指摘ごもっともでございます。別途並行して特定ギルドの改革も進めてはいます。ただ特定ギルドの支部長は地方の有力者ですので、政治力も相当強く、なかなか思うようには進みにくいこともありまして……」


 やや歯切れ悪く説明する。



「ああ、『巨樹』っていう政治団体だっけ。有名だよね」


「あまり大きな声では言えないですが、この監察の強化には、悪質な非違行為を認定した場合、支部長の任を解いて、特定ギルドをなるべく減らそうといった面もあります」

 俺は実際に声量を少し絞る。



「なるほどね」


 担当官は、資料をパラパラとめくりながら、机上の置き時計を一瞥する。

 予定よりも10分押しで始まった説明は、既に終了予定時間を大幅に超過している。


「上とも相談するけど、とりあえず時限の3年の増員かな。その後は政策評価も踏まえて再度検討で。地域によっては3名ではなく、1、2名になるかもね」


「何卒よろしくお願いいたします」


 俺は恭しく頭を下げる。


 





「お疲れ様でした。今日は本当にありがとう。本職の担当者も顔負けの説明だったよ」


 予定を30分超過して俺達の財務省レクが終了した後、課長補佐が俺に声を掛ける。


「いえ。何とか説明できてよかったです。いちいち質問してきて、ペースがつ掴めませんでした」


「そうなの? 敢えて全部説明せずに隙きを作り、そこに質問を誘導して、場をコントロールしている感じがしたけど」


「大層なものではないですよ。細部を詰めるのが好きそうなので、全部説明せずに興味を引きそうな箇所をぼやかしていただけですよ。結論としてゼロ査定が無いのは分かってましたし」


 とは言え、実際には狙い通りで、財務省の担当官は質問攻めにしているようで回答に窮した場面は一度もなかった。


 


「なるほど。攻めどころを誘導するとは、アキラ殿の手腕は勉強になった」

 珍しく褒められて、悪い気はしない。


「ただ、話の内容があまり頭に入ってこなかった」


 ヨシノが同席の趣旨を滅殺する発言をする。


「お前、本籍は監察部ちゃうんか! 監察官の増員の話もあったやろ」


「知っている話なら再度聞いても仕方無いだろ?」


「こっちは聞く方やなくて説明する側や!」


「まあまあ。これくらい動じない新人もいいじゃん」


 課長補佐が取りなす。


「彼女が自分の部下だったとしても、同じことが言えますか?」


「僕よりもアキラ係長の方がヨシノさんのコンビには適してるかな」


 大人らしく、差し障りのない表現で拒絶する。


「それよりも、ヨシノさんが注目を引くことまでは想定していたけど、あそこまで担当官にセクハラ発言をさせてしまって、ごめんね」


 課長補佐が話を逸しつつ、ヨシノに謝っている。責任の一端は俺にもある。


「大丈夫だ。柄頭で片目を潰そうかと思ったが、課長補佐殿の気当たりで制止されたので、イメージトレーニングで留めた。100回はあの眼鏡ごと眼球をぶち壊してやった」



「危ないことすんなよ!」


「確かに。眼鏡のレンズが飛び散って、こちら側に怪我がないように刃で眼球を切断した方が上策だったか」


「危害を加える前提を覆せ!」


 しかしあの一瞬で二人の間に機微なやり取りがあったとは。ヨシノはともかく、課長補佐も実は只者ではなかったのか。

 

「まあまあ。相手が悪いし、未遂で終わったんだから良いじゃない」


 課長補佐が見かねて、仲裁する。


「そろそろ戻るね。今日は本当にありがとう。大きな宿題もなかったし、あとは会計課と監察部だけで対応できそうだ。担当に説明しておくよ。何かデータが必要そうだったら、悪いけどまたよろしく」


「わかりました」


「じゃあまた」


 そう言い残し、課長補佐は足早に去っていく。



 

「アキラ殿も色々と大変だな」


 ヨシノが珍しく殊勝なことを言う。

 俺を認めて敬語でも使ってくれるのだろうか?


「イレギュラー対応は良くあることですよ。万全な態勢なんていつまで経っても整うことは無いですから」

 

「いやそういうことではない。ムカつく奴を相手にすることが多そうだなと思って。至近距離で対面したときの、徒手空拳での対処とかを伝授しようか? 近間のときは、拳よりも掌底や手の甲で打つのがおすすめだ。まず目潰しをする手もあるな」


「……ムカつく奴が至近距離にいるけど、S級冒険者くらい強い時はどうしたらいいですかね」

 最近のストレスの半分くらいはお前が原因だ。


 ヨシノが、少し頷きながら思案をしている。


「確実に不意を付けるタイミングを待つしか無いな。邪道だが、一服盛るくらいの搦め手が必要かもしれないな」


「……ありがとうございます。いざというときの参考にさせてもらいます」

 俺の皮肉は通じないだろうが、恨みを込めた瞳でヨシノを見ながら応える。

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