3.冒険者に依頼を取り次いでよろしいか。

「いよいよ冒険者への依頼の取次ぎ業務だな。これまでは依頼を受けるばかりだったので、一度やってみたいと思っていたのだ」

 ヨシノは期待に目を輝かせている。


「ギルドの開店は10時からなので、釈迦に説法かもしれませんが、ギルドの仕組みをおさらいしておきます」


「望むところだ」


「まず冒険者管理庁、つまりギルドの仕組みは2層構造になっています。町村の単位に支部ギルドの窓口があり、そしてここスミガセのギル庁が本部として支部ギルドを統括しています。本局と言ったりもしますね」


「そうだったのか」

 ここまではギル庁職員だけでなく、一般常識レベルのはずだが。


「ギル庁の中では、担当課が支部ギルドの業務を管理しています。依頼の受付けや取次ぎは『依頼課』、冒険者の登録や昇格、そして除名などは『人材課』、冒険者向けの物品の販売や魔法の習得のサービスは『支援課』といった具合です。我々の支部協力課は予算や内部管理といった、それ以外のギルド支部の雑務を担当しています。そして、色々な経緯があって、支部協力課はギル庁のあるスミガセの本局の窓口も運営してます」


 その直営窓口のおかげでキャリアのポンコツ研修生を受け入れる羽目になったのだ、と心のなかで毒づく。


「支部ギルドやこの本局の窓口では、基本的にはBからFランクの依頼を取り扱います。Aランク、そしてSランクの依頼については、情報を見せることはできますが、ギル庁の依頼課が改めて面談し、直接発注することが多いです」


「ランクはどのように決定するのだ?」


 ランクの割付けはギル庁の根幹で、新人向け研修でも相当厳しく講義とテストがあるはずだが、案の定覚えていないようだ。


「公表されている依頼分類規程と、非公表の内部基準を基に決定します。難易度、危険度、頻度などを基に、前例踏襲が原則です」


「ほうほう」


「詳しくは依頼の受付係の担当の時に、事例を見ながら復習しましょう。ざっくり説明すると、このギル庁本体の窓口では、周辺の支部ギルドのBランク以下の依頼について、取り次いでいきます。まずは冒険者の要望や背景をよく聞いて下さい」


「分かった。人と対話するのは得意分野だ」


 対話と対戦とを間違えていなければいいのだが。


「そうですか。では私は横で適宜フォローするので、冒険者の対応をお願いします」

 



 10時。ギルドの窓口が開く。


 

「案外冒険者は窓口に来ないのだな」


 ヨシノが不満そうに聞いてくる。


「基本、冒険者が拠点としている町の支部ギルドで、依頼と報酬の授受は完結するので。本局のギルド窓口に来る冒険者は、少し目線を変えたり、移転を考えたりしていて、周辺の支部ギルドの依頼を幅広くチェックしに来ることが多いですね」

 

 ガラン。


 ギルドの扉が開き、一人の細身の男が入室する。

 黒髪で、黒を基調とした軽鎧に黒いマントを羽織り、左の腰に帯剣している。

 一人ということは、パーティではなくソロの冒険者だろう。

 

「遂に来たか。しかも剣士とは、腕が鳴る」


 ヨシノが興奮気味に呟く。


「色んな意味でお手柔らかにお願いしますよ」


 黒衣の剣士は総合受付でギル庁の職員と会話した後、こちらの依頼の取次ぎカウンターに歩みを進める。


 近づくにつれて、髪が黒の長髪であることが分かる。

 前髪が目の下までかかり顔の表情までよく確認できない。ただ、陽気な印象は皆無で、どちらかと言えば陰の気を纏っている。


 ヨシノは、腰の長剣に手を添えている。

「どのタイミングで開始の合図はかかるのだ」


 カウンター越しに相手を見据えたままで俺に問いかける。


「試合ちゃうねんから、合図もなにも無いわ! まず自分から声をかけろよ!」


「それもそうか」


 ヨシノは警戒を解いて、姿勢を正す。


「依頼を見定めに来たのか」


 相変わらず敬語が使えないようだ。


「……」


 本日一人目のお客さんが、何かを呟く。

 小声でうまく聞き取れない。


「……くつ…………ちょうらい」

 靴を希望しているのか? 苦痛?


 ギルドはそういう場所ではない。

 十分に聞き取れない。



「いらっしゃいませ。本日は依頼受領のご相談でしょうか。まずは冒険者ランクの確認のため、冒険者カードを提示ください」


 思わずしゃしゃり出てしまう。



 バンッ。


 叩きつけるように冒険者カードをカウンターに出す。

 ランクはD、名前はクロード。


 そして捻り出すように発言を続ける

「所属追放、捲土重来」


 今度は言葉自体は理解できる。しかし意図が分からない。


「もう一度お伺い……」


 問い直す俺を手で静止して、ヨシノがカウンターに前のめりになる。


「なるほど。そういうことか」


 ヨシノが目を見開く。


「所属していたパーティを追放されて、元仲間を見返すために依頼をこなしたいというわけか」


 クロードが頷く。


「それはかわいそうに。苦労したんだな」


 ヨシノも共感して何度も頷く。


「何でそんなん分かんねん!」


「熟練の剣士同士であれば、対峙することで分かり合うことができる」

 

 本当なのか?

 確かにクロードは満足げな顔をしている。


「一体何があったのだ」


 ヨシノは興味深そうに掘り下げる。


「沈黙寡言、非難轟々」


「全然しゃべらなかったのでパーティーと連携がうまくいかず、仲間から責められていたと」

 クロードはコクリと頷く。


「パーティで活動するには、結構コミュ力が重要になってくるからなあ。大変なのは分かる。それに比べると、ソロは気楽だぞ。報酬も独り占めだし、分配で揉めることもない。それと周りの意見や被害を気にしなくてもいいからな。いうならば傍若無人だな。ははは」

 

 『ははは』じゃねえ。

 ギル庁としては、安全面から前衛と後衛の両方を含む3名以上のパーティを推奨しているので、あまりソロ推しをされると困る。


「意中之人」

「前のパーティーに好きな人がいたと」


「天涯孤独」

「ソロでは寂しいわけか。なんとか愛を取り戻せ!!」


「ええ加減にせえよ! なんで四字熟語しかしゃべらへんねん! そら意思疎通からでけへんわ!」


「以心伝心」

「できたと思ってんのは自分だけちゃうか!」


「まあまあ、アキラ殿が言っていたように、まずはクロード殿の話を聞こう」


 確かに一理ある。

 そしてこの場はヨシノに任せていたはずだ。しばらく様子を見よう。


「分かりました。お願いします」



「それでどのような依頼をお探しかな」


「一攫千金」

「報酬重視ということか」

 クロードが頷く。

 

「国士無双」

「自分強くなるために成長が期待できる依頼がよいと」

 クロードが再度頷く。 


「一挙両得」

「お金と成長の両方を手に入れたいのか」

 

「そんな都合の良い依頼あるか!」


 ついつい口を挟んでしまう。

 クロードが残念そうに首を横に振る。



「百花繚乱」

「では美女のハーレムができるシナリオを希望か」

 クロードが首肯する。

 

 おい、意中之人はどこにいったんだ。


「三位一体」

「お金と経験に加えてハーレムまで希望か。ふむ、中々ハードルが高い。特に恋愛沙汰はパーティでもトラブルの元になるからお薦めできないなあ」


 ヨシノが物憂げな表情で答える。


「必須条件」

 クロードが力強く何度も頷く。


「そうか。冒険者の希望が重要だからな。では依頼リストをチェックしてみよう」



「ある訳ないやろ! そんなんあったら、俺が受けるわ」


「ほう。アキラ殿もハーレム希望と」


「いや、今のは言葉の綾で……」

 ばつが悪くなり、言い淀む。 

 

「ははは。冗談だ」


 こいつ、俺のことを舐めているな。

 ヨシノは、にやつきながら依頼の紙束をパラパラとめくる。



 

「これはどうだろうか。暗黒竜の討伐依頼。依頼の報酬も高額だし、竜の部位を素材として売却すれば1匹で2度おいしい。竜との戦闘は、緊張感もあって良い訓練にもなる。ハーレムは……不安要素だが、依頼主は貴族なので、その家の娘とか、メイドとかとフラグが立つのではないかな」


 ヨシノは、「危険」と大きく書かれた依頼書をクロードに見せる。


「暗黒竜なんかソロで倒せるか!」


 倒せなくはないが、そんなことができる人材は国中探しても100人いるかいないかだろう。


「そうか? 私はソロでも討伐したぞ」


 ここに100分の1がいる。


 

「残念ながら、クロードさんはランクDなので、基本はCからEランクの依頼しか受けられません。この依頼はAランクなので、クロードさんにはお渡しできませんね」


「確かにランクの制限はあったな」


 というか基本中の基本だ。


 ヨシノが依頼の束に再び目を落とす。




「お、この依頼はクロード殿の希望にぴったりではないかな」

 ヨシノが一枚の紙をクロードに向けて見せる。


「満月草の採集依頼だ。1本当たり2000Gで上限なし。期限までに採れば採るほど儲けになる」


 確かに、従来の相場は1本1000G程度だったはずだ。供給不足気味で価格が上がっているようだ。


「満月草は筋力増強効果があるので、採集の合間に食べ続けることで、短期間に筋力アップだ。そのうち満月草無しでは耐えられない体になるぞ」


 それはヤバい草じゃないのか。


「しかも依頼主は三姉妹だ」


 長い前髪の奥で、クロードの目が爛々と輝く。


「依頼を達成した暁には、あんな展開やこんな展開が待っているだろう」


「狂喜乱舞」

 クロードが満足そうに何度も頷く。


「場所さえ選べば、ソロの剣士でも大した危険もなく採取できるだろう。依頼のランクもEで、Dランクのクロード殿でも受けることができる」


 確かにこの依頼であれば、クロードの希望と状況に合致している。依頼人数に制限もない。


 

「ではクロード殿、幸運を祈る」

 ヨシノが、クロージングに入る。


「ちょっと待て! 最後に手続があるやろ」


「そう言えば、昔ギルドでお世話になった時も書類にサインをしたような」


 こいつは本当に元冒険者か?



「一度、私が実演しますので、見ておいてください」


「よろしく頼む」


「クロードさん、Dランクの冒険者なので、ご存知かと思いますが、規則ですので確認します」


 クロードが頷く。


「依頼を受けた時から、クロードさんは『みなし公務員』になります。依頼の内容や依頼主からの情報には、守秘義務が発生し、依頼について贈賄や収賄を行った場合は罰せられます」


 クロードがまたも頷く。


「成果物については、依頼主に直接納品してください。依頼主からは、受領書が発行されるので、それを管轄のノーウェ支部にお持ちいただくと報酬をお渡しします。本件の手数料は依頼側持ちですので、クロードさんのお支払いはありません。詳細は依頼書に記載してありますので、一読してください。その内容でよろしければ、この依頼書の写しにサインをお願いします」


「合点承知」

 依頼書の写しを差し出すと、クロードがペンを走らせる。


「ありがとうございます。これで依頼の受領手続は完了しました。期限は2週間なので頑張って下さい」


「感謝感激」

 クロードが会釈をして、ギルド扉の方向に踵を返す。 


 その途中で再度こちらに向き直って、呟く。


「シー・ユー・アゲ・イン」


「それ四字熟語ちゃうやろ! ほんまは普通にしゃべれるんちゃうんか」




「しかしヨシノさんは良くクロードさんの希望に適う依頼を見つけましたね。あんなに都合の良い依頼があるとは。特にハーレムの三姉妹のところ」


「あー、あの三姉妹か」

 ヨシノが斜め上に目線を反らす。


「ノーウェの三姉妹の魔道具屋は有名店で、私の祖父の代から利用していたらしい」


「……。クレームが入った場合は対応をよろしくお願いしますね」


「大丈夫。嘘は言っていないし、人の好みはそれぞれだ。十人十色」 


「舌先三寸だろ」

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