第7話 見送り
できるだけ早く、子犬になったトマスを隠さなくてはならない。
フォルベークの所に送り届けるために、白羽の矢が立ったのは、屋敷で一番の新入りであるリーザだった。
いてもいなくても差し障りなく、解雇理由もつけやすいということで見事選出されたのだ。
そのことを知っているのは、エミリアとケストナー家の数人だ。
その他は皆、ハンナも含めてこのことは知らない。
「トマス様は気管支の不調で、フォルベーク様のいらっしゃる薬草園で療養をすると伯爵様にはお伝えするそうです。馬車で片道二日かかる距離ですから、復路の日数もいれると伯爵様はそれ程領地を空けることはできませんので、見舞いには来ないだろうとエミリア様はおっしゃってました」
急には見舞いに来られないが、日程の調整をしてしばらくしたら来る可能性もある。
それまでに解呪方法が見つかればいいのだが、とあまり実現が薄い希望をフォルベークは口にした。
「俺はこれからエルディンク領に行く」
パウルはフォルベークが言ったことがわからず、首を傾げた。
「エミリアから直接事情を聞いてくる。手紙だけではわからないこともあるし、現状を確認したい」
もしその時に伯爵が来ても、叔父の自分がいれば甥は自制もするだろう、とフォルベークは続けた。
「これからすぐに出立したいと思う。そこで、君に頼みがある」
フォルベークは隣のパウルと向き合う。
「有休の申請と、戻るまで彼女達のことをお願いしたい」
頭を下げたフォルベークに倣ってリーザも座礼した。
「頭を上げてください。有休の件は承知しました。こちらのことはご心配なく」
肩の力の抜けたフォルベークはほっとした顔でお礼を言った。
「でもヴァイツさんには引継ぎしてもいいですか?」
「そうだな。ああ、ヴァイツというのは夜間勤務の従業員だよ」
フォルベークは誰なんだろうという顔をしているリーザに説明した。
この薬草園は国王家にも献上される薬草を栽培しているので、夜に不審者が侵入しないように警備を置いている。
ヴァイツは十七五時から翌九時までの警備担当だとリーザに説明した。
リーザ達がここにいることになれば、彼にも事情を話さないわけにはいかない。
「だが、これ以上は他言無用にするよ」
フォルベークがそう言ってくれたので安心した。
「リーザ達はここに寝泊まりしてくれ」
ここなら昼はパウルが、夜はヴァイツもいるので安全だからという理由だ。
部屋はフォルベークが事務所に泊まる時に使う部屋があるので、そこを使うように言われた。
フォルベークは席を立ち、早速出立すると言った。
リーザは靴擦れしているので、上り框で見送る。
「お気をつけていってらっしゃいませ、フォ
ルベーク様」
「ああ。リーザ、俺のことはアルフレートと呼んでくれ」
元メイドが、貴族の家系の男性に気安く呼びかけていいものかと思ったが、そう呼ぶように再度促された。
「アルフレート……様」
「まあ、いいだろう。トマスのことはよろしく」
リーザは頷き、拳をぎゅっと握り締めた。
☆
門まで見送ってくれたパウルに、アルフレートは向き直る。
「作業は予定表通りにしていけば問題はないと思うので、よろしく頼む」
「わかりました。主任もお気をつけて」
アルフレートはじっとパウルを見る。
「あの子に手を出すなよ」
「も、もちろんですよ! 何言ってんですか」
「ヴァイツのいる時に、たまには山を下りて遊んでこい」
じゃあ、よろしくとアルフレートは門を出た。
☆
事務所の二階は階段を挟んで部屋が三つあった。左がパウルの部屋で、右がアルフレートの部屋だという。
案内された部屋はベッドとクローゼットが
あり、小さな出窓の下に一人掛け用の椅子がある。
「主任は月に一度くらいここに泊まるだけだから、そんなに埃とかないと思うけど」
パウルは窓を開けて換気をさせる。
屋敷の使用人部屋に比べたら、広いし日当たりがいい。
「あの、私もここにいる間、働きます」
アルフレートの代わりはできないが、料理、掃除、洗濯くらいならできるとリーザは申し出た。
「本当? 助かるよ」
口角が上がっているので、多分喜んでいるのだと思う。
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