第5話 大叔父

 リーザの腕の中のトマスを見て、フォルベークは口元を緩めた。


 破壊力のある美中年イケオジの微笑みに、リーザは本来の目的をすっかり忘れて見惚れてしまった。


 トマスが心配そうにリーザを見て、くーんと鳴いたので我を取り戻した。


「失礼致しました。私はリーザ・ブラントナーと申します。エミリア・ケストナー様の使いで参りました」


 フォルベークの眉が片方だけ上がった。

「カールの愛人か」


 リーザは部屋の隅にある鞄の中から、エミリアから預かった手紙を取り出し、フォルベークに渡した。


 立ちっぱなしも何だからと、椅子を勧められて、フォルベークが手紙を読む間、リーザはぬるくなったお茶を啜った。


 トマスが飽きてきたので、鞄からお気に入りのぬいぐるみを出して遊ばせた。


 土足禁止は最初に驚いたが、床で安心して遊ばせることができるし、座っても汚れにくいので利点が多い。


 手紙を読み終えたフォルベークがリーザ達のところに来て、片膝をつく。


「これは本当なのか?」

 手紙に書かれていたことが本当なのか、彼も俄に信じられないのだろう。


 トマスがフォルベークの元に寄って行った。

 フォルベークが拳を鼻先に近づけると、匂いを嗅いだトマスの尻尾がぶんぶん揺れる。


 フォルベークはトマスの首筋を撫で、嫌がらないようだったので抱き上げた。


「この子犬が本当にトマスなのか?」


 フォルベークは床に胡座をかいて座り込み、後ろ足立ちするトマスに頬ずりをした。


「はい」

「なんて事だ」

 嬉しそうに尻尾を振るトマスとは対照的に、フォルベークの眉間には深い皺が刻まれた。


 自分の大甥がこのような姿になってしまったのだ。その心の内はリーザにも察して余りあるものだった。


 お茶を淹れ直すといってフォルベークは奥へ行ってしまった。


 頭の中を整理する必要があるのだろう。

 二日間共に過ごした自分だとて、まだ半分くらいしか信じられないのだ。フォルベークの困惑も無理はない。


 リーザは再びぬいぐるみを齧るトマスを置いて椅子に座った。


 何気なく窓の外を見ると、畑で作業しているパウルが見えた。

 

   ☆

 昼前に中断した作業に戻ったパウルは、ほぐした土を台車に移し終えてスコップを置いた。


 一息ついて顔中に滴る汗を拭き、畑から見える事務所をちらりと見た。

 窓辺にいるリーザが見えた。


 目が合った。


 彼女の方からすっと目を逸らした。


 パウルも顔をごしごし拭いて、土で一杯になった台車を押して温室へ向かった。


 主任に会いにきたという彼女。

 ただ会いに来ただけにしては荷物が多い。家を出てきたと言ってもおかしくはないだろう。


 年齢的に主任の隠し子かと疑ったが、血の繋がりを窺わせる面影はどこにも見つけられなかった。


 金色の髪に海のような青い瞳の可愛い娘だ。

 フリーデルが案内をかって出たのもわかる気がする。


 もしかしたら主任の恋人で、押しかけ女房にでもなるつもりなのだろうか。

 しかも愛犬連れで。


 そうだとしたら相当の覚悟だな、とパウルは一人ごちた。


 まあ、自分には関係ない。


 管理人のパウルは事務所の二階に住んでいるが、主任はリシューの町中に家があり毎日山を登ってくる。

 

 あのお嬢さんはきっと余程のことがない限り、今後山を登ってくることはないだろう。


 ゼラニウムの鉢を手に取り、育成状態の確認をする。


 主任に相談してそろそろ植え替えをした方が良さそうだ、と考えていたら、当の本人が現れたので肩が震えるくらい驚いた。


「すまん、パウル。ちょっと、一緒に話を聞いてもらえないか?」

 この薬草園に勤めて十年以上の頼りになるベテランが、歯切れも悪く申し入れしてきた。


「ああ、はい」

 眉間の皺がくっきりと刻まれている。

 男前の主任に苦み走った色合いが加わり、見る人が見たら堪らないのではないだろうか。


 ただ、それほど深刻な事態が起こっているということなので、パウルは鉢を置いて温室を出た。

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