第4話 待っている間
男性はタオルを広げてトマスを受け取り、もう一枚のタオルをリーザの足元に置いた。
トマスが暴れないか心配したが、タオルに包まっているせいか大人しく男性に拭かれている。
リーザはほっとして自分の足を拭きはじめた。
「つっ……」
靴擦れに触り、思わず息を詰めた。
「大丈夫? どこか怪我してる?」
男性はあくまでリーザの顔を見て尋ねた。前髪で目が見えないから確かではないが、顔は下げていない。
足元を見ないのは、彼の配慮なのだろう。
「靴擦れしてしまって……」
「来て。よく効く軟膏があるから」
彼の後に続き入ったのは、中程にテーブルと椅子がある日当たりのいい部屋だった。
出窓には薬草と思しき葉物が笊に干されており、窓際のベンチにもいくつか同じようなものが並んでいる。
男性は椅子を引いてリーザを座らせ、タオルに包んだままのトマスを彼女の膝の上に置いた。
奥から木箱を持ってきて、中から茶色の丸い瓶を取り出す。
「これ、塗って」
膝の上のトマスを抱き上げると、彼はまた奥へと行ってしまった。
平たい瓶を開けると、ラベンダーとハマメリスの香りの軟膏だった。
靴擦れに塗る時には勇気がいったが、特に滲みることもなく、塗り終えたらラベンダーの甘い香りが広がった。
開け放たれた窓の外を見ると、この建物の先に小さな畑と温室が見える。
この軟膏もここで採れた薬草を使っているのだろうか。
奥からお盆にティーセットを載せて男性が戻ってきた。その後ろからトマスがちょこちょことついてくる。
リーザは軟膏のお礼を言い、トマスを抱え上げた。
「他に怪我はない? 遠慮なく言ってね。こういうのは揃っているから」
白いカップに薄い緑のお茶が注がれる。青くさい湯気がリーザの鼻をくすぐった。
冷めないうちにと勧められて一口含むと、清涼感のある味と香りになり、ほんのりと甘みの余韻がある。
「美味しい」
「主任が……フォルベーク主任が調合したお茶です」
ミントとレモングラスと
「あの、申し遅れました。私はリーザ・ブラントナーと申します。色々親切にしていただきましてありがとうございます」
「僕はパウル・ミュラーと言います。この薬草園の管理人です。主任はすぐ戻ると思いますので、それまでこちらでお待ちください」
管理人ということは、ここの責任者だ。主任のフォルベークの上司になるのだろう。
アルフレート・フォルベークはエルディンク伯爵の叔父にあたる人物で、今年で四十二歳になると聞いている。
パウルは若そうに見える(推定)が、フォルベークより立場が上だということは、彼がそれだけ優秀なのだろうか。
壁掛けのからくり時計が午後一時を告げた。
「僕は仕事に戻ります。主任が帰ってくるまでごゆっくりどうぞ」
どうやら彼の昼休みを邪魔してしまったらしい。お詫びも込めて、再度お礼を言った。
パウルは窓辺にある笊を重ねて部屋を出ていった。
「ああ、おかえりなさい」
玄関先からパウルの声が聞こえてきた。
荷物を置く音がした後、パウルは事務所に顔だけひょこっと出して、アルフレート・フォルベークが戻ってきたと告げた。だが、足を洗ってからでないと入れないので、座って待つようにと付け加えて。
「さあ、トマス様」
ベンチの上の笊に興味があるのか、後ろ足だけで立って覗き込んでいるトマスを抱え上げた。
ぺたぺたという足音がして現れたのは、パウルと同じくらい背の高い男性だった。
「お待たせしたようだね。申し訳ない」
低く、それでいて柔らかな響きを持つ心地よい声だ。
「と、とんでもないことでございます、フォルベーク様」
リーザはトマスを抱えたまま急いでお辞儀をした。緊張して声も上ずるし、お辞儀もぎこちなくなってしまった。
アルフレート・フォルベークは四十代とは思えぬ引き締まった体で、仕事柄か、よく日に焼けている。ところどころ白髪の混じる濃茶色の髪と切長の榛色の瞳の精悍な男性だった。
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