第6話 呪い

 トマスが疲れて寝てしまっている横で、椅子が増やされてリーザの向かいにフォルベークとパウルが座る。


 新しいお茶は、優しい甘さと薄い紫色で見た目にも癒される。

 リーザは一口啜って喉を湿らせた。


「トマス様がこの姿になってしまったのは、一週間前です」


 エルディンク伯爵カール・デュークリンガーは御年二十八歳。正妻のカタリナは一つ年上で、二人の間にはアレクシアという女子がいる。


 カールは正妻の他にも何人か愛人がおり、エミリア・ケストナーもそのうちの一人だった。


 他の愛人にも伯爵との間にできた子供がおり、それぞれ認知されている。


 エミリアは実家が裕福な商家で、普段は実家の別荘にいる。そこに気が向いた時にカールが訪れる形で関係は続いていた。


 リーザはその別荘に勤務している皿洗いのメイドだった。


「一週間前、エミリア様は定例のお茶会のために、トマス様とご一緒に本宅へ行きました」

 定例のお茶会というのは、数ヶ月に一度、正妻カタリナが愛人を招き、様子伺いをするものだった。


「げっ、なんか凄そう」

 パウルは肩を竦めた。


 正妻と愛人の直接対決。


「そんなことはありませんでした。エミリア様はお茶会をいつも楽しみにしていらっしゃいました」


 実家が呉服問屋なので、カタリナやアレクシアのドレスの布をエミリアが楽しそうに選んでいる姿をリーザも何度も見ている。


 お茶会の帰りはカタリナからたくさんお土産があって、使用人もその度にお裾分けがあった。


 使用人仲間から聞いたことも含めて判断しても、正妻と愛人の間柄ではあるが、二人の仲は良好のようだった。


「エミリア様が仰るには、その帰り道に馬車の中でトマス様の様子がおかしくなったそうです」


 突然息が荒くなり、苦しみ出した。

 同乗していた家庭教師やエミリア付きのメイドもいたがどうすることもできず、あっという間に子犬になってしまったという。


 エミリアは実家に相談して医者も獣医も呼んで診てもらったが原因はわからず、ただ健康状態は問題ないということだった。


「呪いか」

 フォルベークは重々しく呟いた。

 

「でも、呪詛は法律で禁止されているはずでは……」

 パウルの顔色が変わった。


 この国では呪術を生業にする呪術師という集団がいた。


 熊や魔獣などの大型の獣を捕獲する時や、厄災よけなどの祈祷のためだったが、裏では特定の人物を陥れるための呪詛も行われていた。


 五年前、新国教の熱心な信徒である現国王に代替わりしてからは、呪術を神の教えに反するとして排除するように法律を改定し、民間での呪詛も禁止した。

 発覚すれば、呪術師も依頼者も等しく罰せられる。


「呪術師は特定できたのか?」

 フォルベークの質問にリーザは首を横に振って答えた。


 現在、エミリアの父親が中心となって捜索をしている。

 呪詛を施した呪術師が特定できれば、その者に解呪をさせるのが最も効果的で手っ取り早いのだが、現段階では判明していない。


 他の呪術師に依頼するにしても、法律で禁じられているので見つけるのも大変な上、手続きが複雑なので時間がかかる。

 

「見つかったらすぐ解呪させるんだろう。なら、トマスは家にいた方がいいんじゃないか?」

 パウルの言い分はもっともだ。


「伯爵がいらっしゃるかもしれないのです」

「父親だろう。知らせなくていいの? 伯爵の伝手でどうにかなるんじゃない?」

「カールが知ったら、エミリア共々どうなるかわからん」


 どこぞの獣人と密通していたのではないかと邪推して、厳しく問い責めるだろうことは、伯爵の叔父であるフォルベークには想像に難くないことだった。


 パウルはまさかと言ったが、フォルベークとリーザの顔を見れば広言ではないことが感じ取れた。

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