第13話 前髪
今日は応接の部屋以外の掃除をしようと決めて、リーザは物置に向かう。
その途中、玄関でブーツを履いているパウルに会った。
「これから畑に行ってくる。何かあったらいつでも声かけてね」
そう言って、傍に置いてある麦わら帽子を被ったら、前髪が唇までかかった。
「前、見えづらくありませんか」
「うーん、そうなんだけど、ピンで留めても動いているうちに取れちゃうんだよね」
彼の髪は一本一本が太くて真っ直ぐなので動くとさらさらほつれてきてしまうとのことだった。
ちょっと待っててください、とリーザは二階へ行き、小さな袋を手にして戻った。
「もしよければ、バレッタがありますので試してみませんか」
ピンより結束力があるので、作業しててほつれることもある程度抑えられるだろう。
パウルが玄関ホールに座り、彼の背中から櫛を入れる。前髪を立ち上げて低めのポンパドールにしてバレッタで留めた。
昼近くになると暑くなるので、後ろ髪も二つに分けて三つ編みにする。麦わら帽子を被るから一纏めにするより邪魔にならないだろう。
「出来ました」
女の子のような髪型にしてしまったが、機能的であるとは思うので、我慢してもらおう。でも、見ても笑うのは堪えなきゃいけない、とリーザは心に誓った。
パウルが振り向いて、リーザははっと息を飲んだ。
初めて見たパウルの瞳は、紫水晶のような柔らかい色をしており、涼しげな目元には小さなほくろがあって、それが妙に色っぽい。
大人の魅力のあるアルフレートや浮世離れしたヴァイツとはまた違う、整った容貌の青年だった。
変な髪型でも違和感なく似合ってしまって、リーザは少しだけ見惚れた。
鏡がないので、パウル自身はどんな風になっているのか確認できないが、首元がさっぱりしたので具合がいいらしい。
頭を軽く振ってみたが、髪型が崩れることはなかったので口元が上がる。
「ありがとう、リーザ。これで作業しやすくなるよ」
「とんでもないです……」
パウルは上機嫌で麦わら帽子を被り、玄関を出ていった。
「びっくりした」
思わず独り言が口をついて出た。あの前髪の中に、あんな綺麗な顔があったとは。
王家直轄地とはいえ、王都から離れた田舎の山の上にタイプの違う男性が揃っている。
アルフレートが戻ってくるまでの短い間だが、堪能しようとリーザは心密かに思った。
☆
「おーい、柵から出るなよ、トマス」
一緒に畑に連れ出したのだが、トマスは温室の周りを走り始め、数周したら畑の周りを走り出した。
何が楽しいのかよくわからないが、全速力だ。
「ちわーす。『キッテル』でーす」
玄関から少し甲高い声が聞こえてきた。トマスは走るのをやめ、パウルの足元にくる。
「大丈夫。洗濯屋さんだよ」
剪定鋏をホルダーにしまって玄関へ向かう。その後をちょこちょことトマスがついてくる。
「あ、おはようございます、パウルさん」
「おはよう、ユリウス」
洗濯屋の少年はパウルを見るなり、ぷっと吹き出した。
「どうしたんすか、その頭」
これ? とパウルはおさげ髪を片方摘んだ。
「首が涼しくていいんだ」
「うちの一番下の妹と同じ髪型っすよ」
その妹は現在、五歳。彼は四人兄弟の一番上で、一番下の妹とは十二歳離れているという。
ユリウスの視線が下がり、つられてパウルも後を追うと、足元のトマスに辿り着いた。
ユリウスが見やすいようにトマスの体を抱き上げた。
「犬、飼い始めたんすか?」
「預かっているだけだよ」
「名前は?」
「『トマス』だよ。トマス、こちらは洗濯屋のユリウスだ」
トマスは初めはパウルの腕に顔を埋めていたが、ユリウスがこんにちはと話しかけ、そっと背中を撫でると、顔を上げて彼を見た。
だがそれが精一杯だったようで、再び腕に体を擦り寄せる。
「ごめん、まだ人慣れしてないんだ」
それよりも、彼は洗濯済みの物を入れた大きな布袋を背負ったままだったので、中に入るように促した。
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