第9話 半分
黒目がちの丸い目を瞬きもせずに、ヴァイツはリーザを見つめる。
表面ではなく内面を計るような視線に居心地が悪くなる。
次の瞬間、ヴァイツはリーザの目の前にいた。
頤に手をかけ、リーザの顔を上げる。真上から覗き込むように顔を近づけた。
「……君は、面白い」
鼻が触れそうになるくらいになったので、反射的に目をぎゅっと閉じた。
咳払いがして、ヴァイツの手が緩んだ。パウルだった。いつの間にか席を立って二人の側に来ていた。
その隙にリーザはヴァイツの手から逃れて後退りした。
「若い娘さんに失礼ですよ」
パウルに嗜められても何がいけなかったのかとでもいう風情で、ヴァイツは首を傾げる。
「いきなり触ってはいけません」
「よく見たかったんだ」
「気持ちはわかりますが、断りもなしに触ってはだめです」
ヴァイツはパウルをじっと見た後にこくんと頷いた。
どういう契約をしているのかは不明だが、ここの従業員であるなら上司の命令には従わなくてはならないのだろう。
「ごめんね、リーザ。痛かった?」
ヴァイツはパウルに促され詫びを入れた。
「あ、いいえ、大丈夫です」
しゅんとしている様子を見ると、これで許さなかったらこっちが大人気ないことをしているようで、ついそう言ってしまった。
軽く掴まれた程度で痛くも苦しくもなかったので、まあいいかとリーザは襟を直した。
足元にトマスが駆け寄ってきた。
腕に抱き上げると、ヴァイツは今度はトマスに顔を近づける。
いつもなら怯えてリーザの腕に擦り寄るは
ずのトマスも、なぜかヴァイツに興味があるようで身を乗り出す。
手を伸ばしたヴァイツが、ぴたっと止めてリーザを見る。
「触っていい?」
律儀に尋ねてくる。真面目な性格なんだな、と何だか可愛く思えた。
トマスも怖がっていないので、彼の両手に乗せた。
目の高さに合わせるように両手を上げ、リーザの時と同じように見つめる。
「……この子は、呪いがかけられている」
リーザとパウルは顔を見合わせた。
「ヴァイツさん、わかるんですか?」
「彼の中から感じる」
獣人は身体能力はさる事ながら、感覚も鋭い。人間にはわからないものも、敏感に感じ取る力が優れていると聞いたことがある。
「でも、半分だけだ」
「半分?」
リーザとパウルは声を揃えて言った。
「うん。呪いは完全じゃない」
呪いは完成されてない。
「そ、それなら、呪術師でなくても呪詛を解くことはできますか?」
完成された呪詛よりも綻びが多いはずだ。何か手立てがあれば、ケストナー家に頼らずにどうにかできるのではないだろうか。
「施術が不安定だから、素人が手を出さない方がいい。組み解きに一つでも失敗したらこの子がどうなるかわからない」
最悪の場合もある、とヴァイツは付け加えた。
リーザは青ざめ、パウルは腕組みをして考え込むような様子だった。
ヴァイツはリーザにトマスを戻した。
「この子、体は子犬だけど、自我は残ってる。何で半分しかかけなかったのかなあ」
呪詛が半分だったから、体は子犬で、意識はトマスまま。完全だったら身も心も犬になっていた、とヴァイツは続けた。
その時、からくり時計が十七時を告げた。
「あ、時間だ」
ヴァイツは首をくるりと回す。輪郭がぼやけたと思ったら、もうミミズクの姿になっていた。
そして、出窓から出て行ってしまった。
「ちょっと変わってるけど、頼りになるから安心して」
「……はあ」
そういうパウルも結構変わっていると思うが、リーザはさすがに心の中で思うだけにした。
日も傾いて手元も暗くなり始めた。
パウルがランプを用意してくれたので、それを持って台所に戻り、出しっぱなしになっていた食材が大丈夫か確認した。
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