第11話 お風呂

 夕食を片付けてから、お風呂をいただいた。

 タイル張りの浴室は、足洗い場と同じく薬草の香りがする。


 陶器のバスタブに栓をして、蛇口を捻ると温泉のお湯が出てくる。薬草入りの麻袋を浮かべて、お湯が溜まる間に服を脱いだ。


 踵を見ると、まだ傷は生々しいが軟膏のおかげか、少しだけ腫れが引いている。


 桶でお湯を掬って髪を濡らし、頭を洗う。ローズマリーの香りのする石鹸は、水に濡れると少し緩くなるが、しっかりと泡立つ。

 頭の後は全身をその石鹸で洗った。


 お屋敷でも石鹸は自由に使えたが、流した後にきしきしするような使用感があったので、あまり好きではなかった。

 だがこの石鹸は、洗い上がりはさっぱりしているが、流した後でもつっ張ったりしない。


 半分くらいまで溜まったので、バスタブに入った。

 湯に浸かると溜息が出た。


 体をずらして肩まで浸すと、このままここで眠ってしまいたくなる。

 ここ数日は緊張の連続で、こんな風に心と体を緩めることはできなかった。


 ここにはパウルもヴァイツもいる。一人ではないことが、こんなにも安心できるものなのだと改めて思う。

 よく知りもしない男性と獣人と一緒で安心するというのもおかしな話だが、アルフレートの手前、彼らが何か良からぬことをするとは思えない。

 

 人見知りのトマスも馴染んでいるし、アルフレートが戻るまではここにいられる。


 リーザはお世話係ではなく、トマスを送り届けるだけの役割なので、彼が戻ったらお役御免になる。


 そうしたら、また仕事探しをしなくてはならない。

 紹介状もないので、難航するのはわかっている。

 顔見知りもできたし、この町で見つけられたら、いいのだけれど。


 自分のことばかり考えていたことに気づいて、リーザは自己嫌悪した。


 トマスやエミリア、ケストナー家の人々はもっと深刻なのだ。


 呪いがどんなものかはわからないが、このままでいたらトマスはどうなってしまうのだろう。

 

 伯爵に見つかる前に元に戻るのが一番なのだが、表沙汰にできないのでかなり厳しいだろう。


 誰が何のために、トマスをこんな目に遭わせたのか。

 やはり、伯爵の後継問題が関係しているのだろうか。


 この国では長子相続が主流で、女系相続もできる。

 エルディンク伯爵デュークリンガー家の嫡子はアレクシアなので、このままでゆけば彼女が継ぐ。二番目がトマスだ。そして、エミリアの他にいる愛人も、先頃男子が生まれた。

 後継の関係であれば、なぜ一番目のアレクシアではなく、二番目のトマスが標的になったのだろう。


 それとも、母親であるエミリアに恨みがあるのだろうか。それともケストナー家の商敵などか。


 色々考えすぎて頭がぼーっとしてきたので、リーザはお湯から上がった。


 頭で考えても、できることは限られる。

 リーザはトマスのために今できることをするしかないのだ。


 バスタブの底にある栓を抜くと、床の溝に沿って湯船のお湯が排水される。

 体を拭いて、寝巻きの上にガウンを羽織った。


 応接の部屋に通りかかると、話し声が聞こえてきた。中を覗くと、パウルと人型になっているヴァイツが暖炉の前に椅子を置いて話をしている。


 目敏いヴァイツがリーザを見つける。

 パウルは席を立ち、リーザのいる出入り口まで来た。


「お風呂、いただきました」

「今日は疲れただろう。もう休んだ方がいいよ」

「はい。ではお言葉に甘えて、先に失礼します」

 おやすみリーザ、とパウルとヴァイツは声を揃えて言った。

「おやすみなさい、パウルさん、ヴァイツさん」

 リーザは一礼して、応接の部屋を後にした。


 二階の部屋では、バスケットの中でトマスが鼻息を立てて寝ている。


 薬湯のお陰か、手先足先がぽかぽかして体も重くなってきた。

 リーザはもう寝ようとベッドに入った。


 これならすぐに眠れる、と思ったが、ドアの鍵を掛けるのを忘れていた。


 だがもう起き上がれない。


 リーザは布団から右手を出し、人差し指を軽く曲げた。


 ドアの鍵はかちゃんと音を立てて閉まった。

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