底辺ダンジョン配信者の俺が、相手に自分の方が強いと勘違いさせるスキル『威嚇』を使って有名配信者を助けたら、いつの間にか伝説になってたんだが⁈

式崎識也

第1話 便利なスキル『威嚇』



「お、確かこのキノコは高く売れるんだったな」


 配信者で賑わうダンジョンの第1層。その中でも比較的、人気の少ない木陰に生えたキノコをむしり、ニマニマと笑う1人の青年。望月もちづき 慎夜しんや。シンヤという名前で配信活動をしている、ダンジョン配信者。


「あ、初見さんですか、こんにちはー」


 と、配信用の端末の着信音を聴いて、軽く笑うシンヤ。しかし、


〈さっきから、キノコ取ってるだけじゃねーか〉


〈つまらん〉


 とだけコメントを残し、すぐに出て行ってしまう。現在の同接数は2人。チャンネル登録者も僅か4人という少なさ。ダンジョン協会が定めるランクも下から2番目のFランク。誰がどう見ても、底辺配信者でしかない。


「ふっ、これでいい」


 しかしどうしてか、シンヤは満足そうに笑う。


「グキャアアアアァァァ!」


「っと、モンスターか」


 現れたのは、軽自動車くらいの大きさの猪のようなモンスター。名称はメガボア。脅威判定はDランク。Fランクの配信者が、単独で勝てるような相手ではない。


 しかしシンヤは、余裕の笑みを浮かべ言う。



「──失せろ」



 その一言が発せられた瞬間、全てを飲み込むようなオーラが辺りに広がる。近くにいた鳥の集団が、バタバタと翼をはためかせて飛び立つ。


「グッ、グキャ⁉︎」


 そんなオーラを一身に浴びたメガボアは、怯えたような声をあげ、全速力で逃げ出す。



 スキル『威嚇』。



 相手に自分の方が強いと思わせるだけの能力。ゲームで例えるなら、相手を強制的に恐怖状態にし、どんな戦闘からでも確実に逃げられる力。それが、シンヤが使える唯一のスキル。


「さて、キノコ採集に戻るか」


 シンヤは配信者という体でダンジョンに潜ってはいるが、それは配信者が比較的、緩い審査でダンジョンに入れるからであり、彼は別に有名になりたいとは思っていない。


 彼は大学4年間をゲームだけに費やし、4年になってから慌てて就活をするもどこにも拾ってもらえず、やけくそで『ダンジョン配信者になる!』と決意した。


 しかし結果は、泣かず飛ばすの悲惨なもの。魔力の数値も遺物の適正も最低ランク。戦闘の才能はからっきしで、高価なサポートアイテムを買うお金もない。3ヶ月もの間ほとんど毎日配信しても、チャンネル登録者は僅か4人。貯金をすり減らしながら、モンスターから逃げ回るだけの日々。


 そんな時、彼は突然そのスキルに目覚めた。弱い彼が、モンスターと戦わなくてもダンジョンに潜れる能力。彼はそれを使って、キノコ狩りをすると決めた。


「ほんとは探索者になりたいんだけど、あっちは資格がいるからなー」


 ダンジョンに発生する物は、基本的に見つけた者に所有権が発生する。集めた食用のキノコを売ったところで、違法性はない。寧ろ、それを専門にする人間もいるのだが、乱獲する悪質な人間が現れてから、探索者になるには資格が必要になった。


「だから俺は、配信活動しながらキノコ集め。これがベスト」


 グレゾーンではあるが、違法性はない。


「もっといいスキルに目覚めてれば、人気者になれたかもしれないけどな」


 シンヤも最初は『威嚇』を使って、人気配信者になろうと考えた。しかし戦わず睨みつけるだけで敵を追い払う姿は、どう考えても配信映えしない。


 しかもシンヤは、配信活動の最中に何度か迷惑系の配信者と揉めたことがあり、彼らを追い払うのにも『威嚇』使ってしまった。


「下手に目立って本当は弱いってことがバレたら、誰が仕返しに来るか分からないからなー」


 だからシンヤは、無駄に派手な金髪と同じく派手な服で周りを威圧しながら、静かに配信活動をしている。その結果が同接2人。しかもその2人のうちの1人は


〈もうダメだ〉


〈俺の人生お終いだ〉


〈もうこのまま死ぬしか……〉


 と、配信とは無関係な暗いコメントをたれ流す荒らし。そして、もう1人は


〈人参〉


〈ジャガイモ〉


〈玉ねぎ〉


〈カレールー〉


 と、買い物のメモをする人間。声をかけても2人とも何の返事もしなので、どうせbotだろうと思っていた。なので実質、同接0人。シンヤはこれ幸いとばかりに、スキルを使ってキノコ狩り。それで何とか、アルバイトするよりはマシだな。くらいの金を稼いでいた。


「あー、早く帰って、ゲームしたいな。今シーズン、絶対マスターまでいけるし。ここで上げとかないと、二度と上がれる気がしない」


 キノコを売って金を得て。安い酒をちまちま飲んで。あとはのんびりゲーム。将来性は皆無ではあるが、シンヤは今の平穏な生活を気に入っていた。



「きゃぁぁぁ!!!」



 唐突に響く大きな悲鳴。配信用の端末から、緊急事態を知らせるサイレンが響く。


「な、なんだ?」


 悲鳴はともかく、配信用の端末からサイレンが響くなんてことは初めてだ。シンヤは慌てふためきながら、辺りを見渡す。


 すると、遠くにモンスターに追われている1人の少女が見えた。


「だ、誰か助けてください!!!」


 1層に現れる筈のない強力なモンスター、『ドラゴネイド』。10mを超えるヘビにドラゴンのような羽が生えた、Aランクのモンスター。そしてそのモンスターに襲われているのは、チャンネル登録者50万人超えで、同接数は1万人以上の人気配信者、サクラコ。


 遠目に彼女が襲われている姿を見て、シンヤは小さく呟く。


「……逃げよ」


 スキル『威嚇』が、どの程度のモンスターまで通じるのか。それはシンヤ本人にも分からない。しかしこの手の能力は、大抵ボスには通じない。通じなかったら最後、殺されるのは自分だ。


 そう理解しているシンヤは、急いでキノコを集めそのまま全力で逃げ出す。


「……いや、なんでこっちに来るんだよ」


 しかし、襲われていた少女サクラコは、何故かシンヤの方に来てしまう。特別、足が速い方でもないシンヤは、このままだと巻き込まれる。逃げられない。


 そうしてここから、勘違いで祭り上げられ、伝説の配信者シンヤが生まれるまでの物語が始まった。


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