第3話 盛り上がるネット



「……今日はキノコ全然とれなかったし、晩酌はなしかなー」


 なんてことを呟きながら、家に帰った慎也。彼はそのままシャワーを浴びて持ち帰った牛丼を食べ、ベッドに倒れる。


「あのモンスター、やばかったなー。あんなの出るとか、聞いてねーよ。……なんか、命かけてキノコ採取とか割に合わない気がしてきた。あー、でも、もう就活はしたくねーな」


 ベッドの上でダラダラしながら、つい先ほどのことを思い出す。あの巨大なヘビみたいなモンスター。どの程度の強さなのかは分からないが、相当に強かったに違いない。


 慎也はダンジョン配信を初めて2年近くになるが、異常事態を知らせるアラームなんて聴いたのは初めてだった。


「でもあの子、可愛かったし。あのまま俺に惚れるなんてこと……」


 つまらない妄想をして、すぐに首を横に振る。


「ないない。というか、下手に目立つと損だしな。今後は気をつけないと。……まあ、あの子も、あんな上層にいたってことは、大して有名でもないだろうし。大丈夫か」


 ベッドに寝転がったまま、なんとなく動画配信サイトを開く慎也。誰か面白い配信してないかなーなんて思っていると、ふと気がつく。


「あれ。これ、さっきの子か……」


 おすすめに上がってきていたのは、さっき助けた魔法少女みたいな格好をした女の子。


「サクラコっていうのか……って、同接10万人⁈ なんでそんな人気者が、あんな外れのダンジョンに来てんだよ!」


 思わずベッドから起き上がる。唖然とする慎也をよそに、サクラコの配信が流れる。


『あの人は本当に凄かった! あのドラゴネイドをひと睨みで、こう……ずばーんっと追い払ったの! しかも顔もかっこよくて凄くクールな感じで! ほんと、かっこよかったな……』


 まるで恋する乙女のような表情で、熱く語るサクラコ。そんなサクラコの様子を見て、数えきれないほどのコメントが流れる。


〈サクちゃん、惚れたの?〉


〈告白配信やろーぜ〉


〈怪我も大したことなくてよかった〉


〈そんなことよりRTAの再走しろ〉


 慎也のことを褒めてるコメントが多数。シャン○スだとか、覇○色の覇気だとかふざけてるコメントが多いが、アーカイブを見返してみると、シンヤの顔がばっちりと映ってしまっている。


「おいおいおい。不味いだろ、これ……」


 ダンジョン配信者として活動するにあたって、『他の配信者の配信に映るかもしれないけどいいですね?』という同意書に、既にサインをしてしまっている。なので今更そこに文句は言えないが、こんな風に祭り上げられるのはとても不味い。


「変な奴らに凸られでもしたら、俺普通に勝てねーぞ」


 慎也の身体能力は、ちょっと運動してる一般的な成人男性程度しかない。炎上上等な底辺配信者に凸られたら、追い払うことなんてできない。……いや、『威嚇』を使えば追い払うことは可能かもしれないが、いつまでも騙し通せるとは限らない。


 何かの拍子で弱いことがバレてしまえば、この絶賛は全て悪意へと変わるだろう。


「……なんとか、火消ししないと!」


 慎也は慌てて複数の端末を取り出し、自演をコメントを書き込む。


〈いうて、大したことないだろ? あれくらい〉


〈あのヘビも、お腹いっぱいになったから帰っただけだろうし〉


〈つーかこいつ、目つき悪くね? 死人みたい目してるじゃん。服もだせーし〉


〈金髪も似合ってねーwww〉


〈ただの偶然なのに、持ち上げずだろwwwww〉


〈草)


 複数の端末とアカウントを使った、アンチコメ。この程度で流れが変わるはずもないが、慎也はめげずにコメントを続ける。


 するとそのコメントを目にしたサクラコは、顔を真っ赤にして叫ぶ。


『そんなことない! 私のことはともかく、あの人のこと……シンヤ様のことを馬鹿にするのは許さない! 撤回してください!!』


 そんなサクラコに同調するように、コメントが流れる。


〈嫉妬すんなよ、見苦しい〉


〈ガチ恋勢は空気読め〉


〈サクちゃんが本気なら応援しろよ〉


〈どうでもいいから再走〉


 流れるコメントを見て、慎也は苦々しい表情でスマホを睨む。


「……ぐっ。完全に旗色が悪い……。ネットの悪いノリが出てる。中学時代に数々の掲示板で釣りをしていた俺には分かる。ネット民が悪ノリし出すと、個人では止めようがない」


 慎也は諦めたように、天井を仰ぐ。


「つーかなんだよ、シンヤ様って。俺、名乗ったっけ? ……いや、違う。俺のアカウント晒されてるじゃねーか!」


 確認してみると、チャンネル登録者が2000人を超えている。ちょっと前まで4人とかだったのに、バズるというのは恐ろしい。キノコばっかり取ってるアーカイブは、残してなくて正解だった。と、慎也は安堵の息を吐く。


『シンヤ様はあたしの王子様なの! あんなに強くてかっこいい人は、他にいないもん! 馬鹿にする人がいたら、リスナーのみんなでも許さないよ?』


 いや、強いってなんだよ。戦ってるとこなんて見せてないだろ? というツッコミを飲み込んで、慎也はまたコメントを書き込む。


〈でもあいつF級だろ? 本当に強かったら、もっと上に行ってるって〉


〈そうそう。協会の判定は正確だしな〉


〈実力者が力を隠して低ランクにいるなんて、漫画だけの話だろ〉


 それを見たサクラコは、大きな薄紅色の瞳でシンヤ……カメラを見る。


『何か、事情があるのよ。あれ程の強さならきっと……何か深い事情があるはず。……そうだ! きっと強くなり過ぎて、人気とかにはもう興味なくなったんだよ! 協会の判断基準とか、あてにならないしね』


 流石に協会批判は不味いだろう、というコメントが流れるが、サクラコはよほど興奮しているのか、それにも気づかず延々と慎也を褒め称え続ける。


 コメントも、そんなサクラコに乗せられるように盛り上がっていく。


〈サクちゃんは褒めすぎにしても、こんな強い奴が埋もれてるなんてことある?〉


〈協会の秘密兵器とか?〉


〈なんに対する兵器だよ。普通に突然変異で、強スキルに目覚めたんじゃね?〉


〈最近目覚めたばっかりだから、まだ沈んだままなのか〉


〈もしかして、13人目のS級誕生⁈〉


 あることないこと語りながら、その後も盛り上がり続けるサクラコとチャット欄。当事者としての慎也は胃が痛い以外の感想はなく、そっと配信画面を閉じる。


「これはほとぼりが冷めるまで、家に閉じこもるしかないな……」


 逃げるようにベッドに倒れ、目を瞑る。就活に失敗し続けた時から、彼はそうやって現実逃避をしてきた。……しかし、今回はそう簡単に逃げられるような状況ではない。


 底辺配信者に偽装して、キノコを売って生計を立てているシンヤに、貯金なんてほとんどない。いつまでも、引きこもってるなんて真似はできない。



 そもそも慎也はまた翌日にダンジョンに赴き、更に大きな問題を起こすこととなる。


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