第4話 変な奴に凸られる
「思ったよりも騒ぎになってるな……」
一夜明けた朝。SNSのトレンド1位が、『失せろ』になっている。サクラコの配信が切り取られ、いたるとことで拡散されていた。
「どいつもこいつも、あることないこと書きやがって。……胃が痛い」
慎也は大きなため息を吐いて、ざっといろんなSNSを見て回る。
〈実は元S級の配信者らしい〉
〈S級パーティのレレシルの出身らしいぜ?〉
〈俺が聞いた話だと、Sランク配信者のメカ魔神が作ったアンドロイドらしい〉
〈本当はシャン○スのクローン〉
ただのおふざけや悪ノリから、本気で語っているものまで様々。ここまで話題になったのは、人気配信者であるサクラコが熱心に慎也ことを語り続けたからだ。
「サクラコさん、か」
慎也はスマホで少し、彼女について調べてみる。
魔法少女系配信者サクラコ。半年前に配信を始めて、既にチャンネル登録者が50万人を超える新進気鋭の配信者。所属はなく個人での配信者としては破格の人気で、中でも下層からの脱出RTAが一部の人間に大ウケした。
「やっぱり、だいぶ際どい格好してるな……」
短いスカートに胸元の空いた服。端的に言うと、魔法少女風のアイドル衣装といったところだろうか。年齢は非公開ではあるが、その見た目と少し抜けた性格で人気を博している。
「もうちょい自分の人気を自覚してくれよ、この子も」
そんな人気配信者が配信でシンヤ様、シンヤ様と連呼したせいで、大きな騒ぎになってしまった。ここまで騒ぎになってしまえば、迷惑系の配信者に凸られるかもしれない。そうでなくても、サクラコの熱狂的なファンが嫉妬し、襲撃してくるかもしれない。
「『威嚇』で全部、追い払えるか? でも恐怖を感じないバーサーカーみたいな奴はいるからな」
『威嚇』が通じない相手が出てきたら最後、慎也になす術はない。それが配信中ならなおさらだ。何万人という人間の前で、恥をかくことになるかもしれない。想像するだけで、慎也の胃に痛みが走る。
「でも今さら就職なんて無理だし。バイトもしたくねー。誰か助けてくれよ、ほんと……。5億でいいから俺にくれ。……いや、できれば10億は欲しい」
とりあえず、今日はもう大人しく部屋に閉じこもっておこう。時間が経てば熱も冷める。そう慎也が思った直後、スマホから着信音が響く。
「……うわ、まじか」
ダンジョン協会からのメッセージ。その内容は、今日が半年に一度あるかないかの、豊穣の日であるという知らせ。入るごとに地形が変わるダンジョン。今日は中でも特別にモンスターや収集物が多くなる日だ。
慎也は前回の豊穣の日で、1ヶ月分のキノコを1日で採取した。眠って過ごすには惜しい日だ。
「どうする……?」
今日ここで1日だけ耐えれば、向こう1ヶ月は働かなくて済む。しかし変な奴に凸られでもしたら、自分の弱さが露見するかもしれない。
慎也は腕を組んで、しばらく頭を悩ませる。
「いや、行こう。どうせ騒いでるのは一部の連中だけだ。ネットの騒ぎは所詮、ネット中だけ。意外と外ではみんな知らないものだ。中学の時とか、ネットの話しても『は? 誰?』ってよく言われたし」
そう自分に言い聞かせ、配信用具を持って家を出る慎也。7月の日の蒸し暑い空気が肌に絡みつくが、慎也は意を決して歩き出す。
今日は大量にキノコを狩って、豪華な晩酌と行こう! と。
……しかしそんな慎也の願いは、やはり叶うことはなかった。
「はいじゃあ、どうもー。今日も配信始めまーす」
ダンジョンに入り、いつも通り適当な挨拶とともに配信を始める慎也。すると目にも止まらなぬ速さで、コメントが流れる。
〈来た!〉
〈やる気なさ過ぎじゃね?〉
〈馬鹿。そこがクールでいいんだろ!〉
〈サクちゃんに教えてあげたら、コラボワンチャンあるんじゃね?〉
〈伝書鳩やめろ〉
〈どんな配信すんのか普通に楽しみ〉
「────」
そのコメント多さと同接数に、慎也は思わず息を呑む。昨日までは同接は2人……しかも2人とも配信とは無関係なことばっかり言うbotしかいなかった。なのに、今日はなんと4000人。……いや、時間が経つごとに数はどんどん増え続け、今ではもう倍の8000人になっている。
チャンネル登録者も右肩上がりで伸び続け、昨日の2000人から更に増え5000人になっている。
「…………」
これ、どうすればいいんだ? 配信きりてぇ。と、表情には出さず、心の中で泣き言をこぼす。
しかし、ダンジョン協会に配信者として届出を出している人間は、ダンジョンに潜っている間は必ず配信しなければならないという義務がある。そしてその広告収入の一部を、ロイヤリティとして支払う。配信者は普通に世知辛い。
「……どうする?」
8000人の前でキノコとか狩って、大丈夫なのか? これ、怒られたりしないよな? マジで胃が痛い。こんな事態になるなら来なけりゃよかった。
と、すぐに後悔する慎也。そんな慎也を見て、またコメントが流れる。
〈あれ、固まってどうした?〉
〈お前知らねーの? シンヤ様は戦闘前に瞑想すんの〉
〈あー、なんかそんなん書いてあったな〉
〈シンヤ流拳法か〉
〈俺は古武術を使うって聞いたけどな〉
くそっ、どいつもこいつも勝手なことばかり言いやがる。これだからネットの情報は当てにならないんだ。と、心の中で毒づき、頭を悩ませる慎也。
どうする? このまま配信切ってもう帰るか? でも今日帰ったところで、明日また同じことになるだけだし……。そうだ! 昨日のことはもういっそ、誤解だと話してしまおうか。いや、でもここまで騒ぎになった以上、適当な言葉では信じてもらえないだろうし……。
どうする。どうする? どうする!
と、考え続ける慎也の近くで、ふと声が響く。
「お前か、サクラコちゃんに付き纏ってるストーカーは!」
現れたのは、変身ライダーみたいな格好をした男。素顔は仮面で隠れているから分からないが、配信用のドローンが飛んでいるので、ダンジョン配信者なのは間違いない。
「……誰?」
という慎也の端的な問いに、男はその場でクルンとバク転し答える。
「勇気の剣、揺るぎなく! 配信ライダー、ショウタ! 勇気と正義の心で戦い、世界に希望を取り戻す男! そして、サクラコちゃんを守る会のリーダーだ!」
「……配信ライダー、ショウタ。……登録者は1万人。Dランクの配信者か」
すぐにスマホで調べて、慎也は心の中で眉をひそめる。Dランクなら、Fランクの自分よりずっと強い。正面から戦えば、まず間違いなく勝てないだろう、と。
「うるさい! オレはこれから、人気になるんだ! そんなことよりお前、サクラコちゃんに付きまとってるようだな!」
「いや、そんなことはないけど……」
「嘘をつくな! 昨日の配信からサクラコちゃんは、お前のことばかり話す! いつもはオレのコメントに返事をしてくれるのに、スパチャしても無視された! 絶対に許さない! オレと勝負しろ! シンヤ!!!」
……やばい。さっそく変な奴に凸られた。ネットのノリをなめていた。なんて後悔はもう遅く、逃げるタイミングを失った慎也は泣くのを堪えながら、クールな仕草で息を吐いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます