第5話 ライダーの嫉妬
「オレと勝負しろ! シンヤ!!!」
と言ったライダー配信者ショウタ。その男の登場に、シンヤの配信のコメントが更に速く流れる。
〈誰?〉
〈また出たよ、サクちゃん信者のライダー〉
〈痛すきだろw〉
〈こいつD級だろ? シンヤ様に勝てるわけないって〉
〈いやでも、そのシンヤ様がF級じゃん。協会の等級なんて当てにならないって〉
突然な乱入者に、更に増え続ける視聴者。シンヤの同接数は右肩上がりで伸び続け、今ではもう2万人を超えていた。
「…………」
そんな状況に、クールな表情を保ちながらもシンヤは内心で焦りまくる。
やばい、どうする? D級だろうと何だろうと、自分より強いのは確実だ。こいつはさっきバク転したが、自分は逆上がりもできない。戦うなんてことになれば、まず間違いなく勝ち目はない、と。
「なんだ? どうした? もしかしてビビって声も出せないのか? シンヤ!」
黙り込んだシンヤを見て、煽ってくるショウタ。そんなショウタに煽られても眉一つ動かさないシンヤに、またコメントが流れる。
〈なに? やっぱ大したことないの?〉
〈いやだから、瞑想の最中なんだって〉
〈こんな騒がしい奴がいても、一切乱れない表情を見ろよ。相当の強者だぜ?〉
〈やっぱ古武術なんだよ、最強なのは!〉
人の気も知らずに流れるコメントに内心で毒を吐きながら、シンヤは諦めて口を開く。
「お前、俺と戦うつもりか?」
「……っ。な、なんだよ。睨んだって、ビビったりしないからな、オレは!」
少しの動揺も感じさせない悠然とした佇まい。奈落の底のような冷たい瞳。身長も180cm近くあるシンヤを見て、ショウタは顔を背けカメラに向かって小さく呟く。
「おい。もしかしてこいつ、本当に強い奴なのか?」
それに反応して、ショウタの端末にコメントが流れる。
〈最初からそう言ってるだろ、アホ〉
〈元S級らしい〉
〈古武術の使い手〉
〈A級のモンスターを一撃で倒した〉
〈お前じゃ勝てないから謝って逃げろ〉
「……マジかよ」
サクラコが褒めているのが気に入らず、大して調べもせずにこの場にやって来たショウタ。いくら騒がれているといってもランクも自分より低いFランクだし、問題なく勝てるだろうと思っていた。
しかし、思っていた以上に迫力のあるシンヤ。どうせ嘘だろうと思っていたコメントにも、一定の真実があるかもしれない。ショウタはスーツの中で汗をかきながら、少し震えた声で言う。
「ま、まあ? いきなりオレと拳を交えるというのも、か、可哀想かな? い、いくらサクラコちゃんに付きまとっているとは言っても、暴力に訴えるのはいけない」
「……本当に、戦わないのか?」
「そ、そう言ってるだろ! 第一、配信者同士での私闘は協会が禁止している! オレは正義のライダーだから、ルールを破る訳にはいかないんだ!」
かっこよく決めポーズをするショウタ。
〈ビビったwww〉
〈サクちゃんに付き纏ってるのはお前だろ〉
〈なんちゃってライダー辞めちまえ〉
荒れるコメント欄に「うるさい!」と一喝してから、ショウタはもう一歩離れてシンヤを見る。
「寛大なオレに感謝しろ! オレが本気になれば、お前なんて一撃でお終いだからな!」
「一撃、か。随分と自信があるんだな」
「……ち、違う! 別に自信があるとかそういうのじゃない! だから、その……そんな笑みを浮かべるのはやめてください!」
戦わないとうショウタの言葉に、安堵の笑み浮かべたシンヤ。しかし、そのシンヤの笑みを見て、それが強者と出会えて喜んでいる笑みだと勘違いしたショウタは、思わず敬語になってしまう。
「……じゃない! オレはビビってなんかいないぞ!」
「だろうな」
「そ、そんな目で見てもオレは逃げない! お前、サクラコちゃんに付きまとうのは辞めろ! 辞めないと言うのなら、このショウタ様に代わって天がお仕置きするぞ!」
腰がひけたまま、格好つけるショウタ。
〈お前がしろw〉
〈逃げんな〉
〈ビビるなよ、ストーカー〉
と、また流れるショウタのコメント。今では彼の同接も5000人を超えており、シンヤの同接に至っては3万人を超えていた。このままだとまずいと悟ったシンヤは、真っ直ぐにショウタを見て口を開く。
「分かった。ではあの子にはもう、近づかないと約束する。元々、付きまとっているわけではないからな」
それだけ言って、立ち去ろうとするシンヤ。そのあまりの淡白な仕草に、ショウタは思わず叫んでしまう。
「おまっ、ちょっと待てお前! そんな簡単にサクラコちゃんを見限るんじゃない!」
「付きまとうなと言ったのは、お前の方だろ?」
「で、でもなんか、そういう態度は気に入らない! サクラコちゃんがあんなにお前のことを褒めてたんだから、お前からも何かあるべきだ!」
恐怖と嫉妬と怒りが混ざった感情に、ショウタは顔を真っ赤にして叫ぶ。
「もう怒った! お前に勝負を申し込む! コラボ配信だ!」
「もしかして……戦うのか?」
「ち、違う! 戦うわけないだろ? オレは正義のライダーだ!」
更に距離をとり、お決まりの決めポーズをとるショウタ。
〈ビビってるwww〉
〈コラボきたー!〉
〈シンヤ様。やっちゃってください、こいつ〉
シンヤとショウタ、両方のコメント欄が加速する。
もう近づかないって言ったのに、どうしてつきまとうんだよ、こいつは。なんかまた、胃が痛くなってきた……。というシンヤの内心を無視して、ショウタは言う。
「……そうだ。モンスターの討伐対決だ! 今から30分、この第1層のモンスターをどれだけ多く討伐できるか! その数を競う勝負だ!」
「いや──」
「お前に拒否権はない! はい、よーいスタート!」
そのまま逃げるように走り出すショウタ。その子供みたいな態度に思うところはあったが、殴り合いとかにならなくてよかったと、シンヤは大きく息を吐く。
「…………」
そしてシンヤは、そのまま……。
「おっ、なんだ? カメラの調子が悪いのか?」
そんなことを言いながら配信用のドローンに手を伸ばし、そのまま配信を切ってしまう。
「よしっ、これでオーケー。ダンジョン配信者はダンジョンに潜る時は必ず、配信しなければならない。しかし、機材トラブルなら仕方ない」
何度も使える手じゃないが、この場を凌げるなら何でもいい。このままキノコを取って、さっさと帰ろう。勝負なんて、知ったことではない。
「今日のうちにキノコを大量に集めて、それから1ヶ月くらい配信せずに引きこもる。1ヶ月もすれば、流石に騒ぎも落ち着くだろう。こんな騒ぎは所詮、一過性だ」
ショウタが走り去った方とは別の深い森のような地形に向かって、全力で走り出すシンヤ。
ダンジョンは入る度にその地形が変わるが、一定のパターンが存在する。キノコ探しという点において、シンヤは他に並ぶ者がいない程の知識を持っている。上手くいけば余計なモンスターに遭遇せず、キノコを大量に集められる。
「あのアホ配信者が戻って来るまでに、帰らないとな」
計算違いはあったが、これならきっと大丈夫だ。シンヤはまだ、そんな風に思っていた。
◇
「スーパーキーック!!」
ショウタは鋭いキックで、F級のモンスター『ミニスライム』を撃破する。シンヤと別れてから数分後。彼は既に、11体ものモンスターを倒すことに成功していた。
〈弱いモンスターばっか狩ってんな、こいつ〉
〈でも、このペースで10体越えは中々〉
〈つーか、シンヤ様の配信切れてない?〉
〈機材トラブルらしいよ〉
〈マジか。せっかく戦闘楽しみにしてたのに〉
そのコメントを見て、ライダーは心底から嬉しそうに笑う。
「おいおい! まさか、あれだけ威張っておきながら逃げたのか? シンヤの奴は! やはりあんな男、サクラコちゃんに相応しくない!」
そこで現れたモンスターをまた蹴り飛ばし、胸を張るショウタ。
〈お前が言うことじゃないだろ、ストーカー〉
〈つーか、サクちゃんの配信まだ?〉
〈昨日の今日で、配信は無理だろ〉
シンヤの配信が途切れたせいで、多くの人間がシャウタの配信に流れ込み、その同接数は既に3万人を超えていた。
「ふふっ」
いつもは100人集まればいい方であるショウタの配信。それが今や、3万人。右肩上がりで伸び続ける同接数を見て、ショウタはニマニマと笑みを浮かべる。
この調子なら、チャンネル登録もきっと増える。それで大人気配信者になって、いつかサクラコちゃんとコラボしてやる、と。
「見ていろ、皆んな! オレはあんな男に負けはしない! 何故ならオレは、ヒーローだから!」
シャウタはアイテムボックスから小さな鈴のようなものを取り出し、カメラに向かって掲げる。
〈なにそれ?〉
〈これ、呼び声の鈴じゃね?〉
〈あー、鳴らすと辺りのモンスターが寄ってくるやつか〉
〈でもこれ、100万くらいするようなアイテムだろ? なんでこいつが、そんなの持ってんの?〉
〈前の配信で拾ってた〉
〈使え〉
〈どうせフリだろう、なんちゃってヒーローw〉
〈ビビリには使えないwww〉
〈前も使う使う言って逃げたしなwwwwwww〉
流れるたくさんのコメント。……沢山の煽りコメント。それを見て、短気なショウタの頭に血が上る。
「なめんなよ! オレはヒーローなんだ! ヒーローは決して逃げないものだ!」
怒ったショウタは、そのまま『呼び声の鈴』を鳴らしてしまう。
「──!」
そしてその瞬間、フロア中の……数千体のモンスターが、彼の方に向かって一斉に走り出した。
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