第6話 勘違い



「大量、大量」


 普段の数倍のキノコを慣れた手つきでアイテムボックスにしまい、ニヤニヤと笑うシンヤ。彼の頭にはもうショウタとの勝負のことは残っておらず、キノコを集めることしか考えていない。


「変に期待されるのも、変な奴に絡まれるのも御免だ」


 昨日は状況が悪くてつい助けてしまったが、あんな風に目立つのは困る。先ほどの配信のあの期待に満ちたコメントを思い出し、シンヤの胃がキリキリと痛む。


「……さて、そろそろ帰るか。こんだけあれば、一月は遊んで暮らせるな」


 今日は贅沢に発泡酒ではなくビールでも飲んじゃおうかなーなんて考えながら、ルンルンで歩き出すシンヤ。しかしそこで、異常に気がつく。


「なんかモンスター、こっちに集まって来てないか?」


 通常、ダンジョン内でモンスターが1箇所に集まるなんてことはない。ダンジョンは1番上の1層でも数十㎢に及び、場所によって気候も環境も変わる。そんな中で多数のモンスターが一箇所に集まるとなれば、それは……。


「くそっ、またなんか異常事態かよ!」


 巻き込まれるのはもう御免だと、出口に向かって全力で走り出すシンヤ。しかし奇しくもそちらの方角は、ショウタが配信している方角だった。



 ◇



「くっ……! スーパーキーック!! ウルトラキック! ハイパーデリシャスキック!!! ……くそっ、きりがない!」


 『呼び声の鈴』を鳴らした直後から、止まることなく集まり続けるモンスター。個々の力は大したことはないが、ここまでの数が集まればD級の配信者の手に負えるものではない。


〈必殺技どれも同じじゃんw〉


〈こいつ他に技とかないの?〉


〈初配信から追ってるけど、キック以外してるところ見たことない〉


〈マジかwww〉


〈そんなことより、ヤバいだろこれ。他の配信者もめっちゃ文句言ってるし〉


〈こいつの場合は自業自得だろ〉


 この不測の事態で、既に10万人を超えた同接数。チャンネル登録者も右肩上がりで伸びてはいるが、しかし今のショウタにそんなことを気にかけている余裕はない。


「はぁ、はぁ……。くそっ、まだまだ集まって来やがる。こんな効果あるなんて聞いてねーぞ、くそっ」


 肩で息をし、膝に手をつくショウタ。もう既に満身創痍ではあるが、そんなことはお構いなしでモンスターが集まり続ける。このままだとまず間違いなく、ただでは済まない。視聴者もそれに気がついたのか、心配するようなコメントが増え始める。


〈もういいから、鈴すてて逃げろ〉


〈勝負とか言ってる場合じゃないって〉


〈そもそもこれ、もう逃げ道すらないんじゃね?〉


〈ヤバいじゃん。昨日に続いてまたしてもピンチ!〉


〈シンヤ様に助けてもらえよ。あの人ならどうにかできるだろ。知らんけど〉


〈でもまだ配信切れたままだし、もう帰ったんじゃね?〉


 そんなコメントなんて見る余裕はないショウタ。迫り来るモンスターからなんとか逃げながら、打開策を考える。……しかし辺りは既に沢山のモンスターに囲まれていて、逃げ道もない。


「もう、あいつに頼るしか……」


 先ほどのシンヤ佇まいを思い出す。あの、奈落の底のような冷たく暗い瞳。飲み込まれるようなオーラ。台風が来ても揺らがないであろう、凛とした立ち姿。或いは彼なら、こんな状況でもどうにかしてくれるかもしれない。


「……駄目だ! 何をひよっている、ショウタ! オレはヒーローだ! ヒーローが逃げる訳にはいかない! サクラコちゃんを助けるのは、他ならぬオレなんだ! 行くぞ! シン・ブラックヒーローキック!!!!」


 近くのモンスターに、またいつもの蹴りを繰り出すショウタ。……しかし、そのモンスターは上層では比較的強いCランクのモンスター。巨大な岩でできた、ゴーレム。『ロックゴーレム』。


「……ゴガ?」


「しまっ──!」


 岩でできたゴーレムにショウタの蹴りは全く通じず、逆にショウタの方が思い切り蹴り飛ばされてしまう。


「っ……!」


 近くの岩山まで吹き飛ばされるショウタ。特殊なスーツを着ているお陰で大きな怪我は避けられたが、無傷という訳にはいかない。


〈やばいやばい〉


〈これガチ死ぬんじゃね?〉


〈他の配信者、誰か助けに行ってやれよ〉


〈周りに何体モンスターがいると思ってんだよ。こんな中で助けられる奴なんてSランクくらいだろ?〉


〈今そのダンジョンで、Sランクなんて配信してないし〉


〈じゃあもう無理じゃん〉


〈逃げろ! 逃げろ!〉


 流れるコメント。登録された人間を自動追従するドローンが、血を流し倒れたショウタを映し出す。


「……はぁ、はぁ。くそっ」


 既にもう、どうにもならない状況。他の配信者たちもこの状況に異常を感じ、逃げる者や逆にチャンスだと集まる者もいる。しかし誰も、事態の中心にいるショウタを助けようとは思わない。


 そもそも上層にいる配信者は低ランクが多く、この群れをどうにかできる人間はいない。



 ……1人を除いて。



「おいおいおい。なんでこんなに、モンスターが集まってくんだよ!」


 状況を理解できていないシンヤは、何とかモンスターの少ない方へと走り続ける。


「くそっ。こっちは行き止まりかよ!」


 しかし、今日に限って複雑な地形のダンジョン。出口に向かっている筈が、モンスターと地形に阻まれ上手く進むことができない。


「……って、あいつは……」


 そんな中シンヤは、倒れた1人の人間を見つける。


「……ま、まさか。助けに来て、くれたのか?」


 シンヤの姿を見て、驚きに目を見開くショウタ。更に加速するショウタのチャット。


〈来たー!!!〉


〈この状況で助けにくるとか、マジのヒーローだろ!〉


〈いやでも流石に、この数を1人でどうにかは無理じゃね?〉


〈シンヤ様なら行けるって!〉


〈シンヤ様! このアホを助けてやってください!〉


 際限なく盛り上がるチャット。既に同接は20万を超えており、トレンド1位が『シンヤ様』になっている。しかしシンヤはそんな状況になっているなんてことは知らず、できる限り平然と口を開く。


「……助けになんて来ていない。偶然、通りかかっただけだ」


「嘘つくなよ……。こんな状況で、偶然なんて……あるかよ」


「…………」


 いや、ほんとにただの偶然なんだけど。という言葉を飲み込むシンヤ。今はそんな、どうでもいいことを話している状況ではない。


「……だが、お前は逃げろ。これはオレが撒いた種だ。迷惑は……かけられない」


 ふらふらとしながらも、なんとか立ち上がるショウタ。しかし誰がどう見ても、戦えるような状態ではない。


「……仕方ない、か」


 さっき見た限りだと、ショウタのチャンネル登録者は1万人程度。それならまあ、同接数も知れているだろう。ここで『威嚇』を使っても、大した騒ぎにはならない。というか使わないと、俺が死んでしまう!


 心の中で泣き言を言って、迫る数百のモンスターを睨むシンヤ。


「お前は下がっていろ。……いや、カメラが壊れるかもしれないから、それを抱きしめてそこの影に隠れていろ」


「いや、オレは──」


「いいから早く!」


 怒鳴られ、言われた通りにするショウタ。これで配信に映ることはないと、シンヤは小さく笑う。


「……あとはちゃんと効いてくれるかだな。頼むぞ、俺の威嚇!」


 スキル『威嚇』が、ここまで多くのモンスターに効果があるのか。それはシンヤにも分からない。効果を試すにしても効かなかった場合、自分が死ぬかもしれないのだ。おいそれと試す訳にはいかなかった。


 でもこの状況では、逃げることもできない。シンヤは覚悟を決めて、スキルを発動する。



「──失せろ」



 その瞬間、辺りのモンスターは全て、蛇に睨まれた蛙のように動きを止める。数え切れないほどのモンスター足音と叫びが止み、嘘のような静けさが広がる。


「ク、グキャアアアア!」


 そして次の瞬間、全てのモンスターが脱兎のごとく逃げ出した。ほんの数秒で、辺りからモンスターが完全に居なくなる。


「……よかった、効いた」


 安堵の息を吐くシンヤ。もう今日は疲れたからさっさと帰ろうと、彼はそのまま歩き出す。カメラを抱きしめながら目を瞑っていたショウタは、モンスターが一瞬でいなくなったことに気がつき、ポカンと大きく口を開ける。


「……本物のヒーローだ」


 目を瞑っていたほんの一瞬で、全てのモンスターを倒してみせた。……実際は倒してはいないのだが、状況が理解できていないショウタにはそうとしか思えない。


「かっけぇ……」


 自分は散々、シンヤのことを馬鹿にした。なのに彼は、ピンチになったら助けに来てくれた。それは正しく、ショウタが憧れたヒーローの姿だ。


 更にチャットも、一瞬の暗転の後に全てのモンスターがいなくなっている状況に、今までにない速度でコメントが流れる。


〈え? 今の一瞬で全部、倒したの?〉


〈誰か見てた奴いねーの?〉


〈こんな真似できるのS級でも数人だろ!〉


〈かっこよすぎる!!〉


〈シンヤ様やべー!!!!〉


 シンヤを讃えるコメントで溢れかえるチャット。20万人もの人間に晒されているなんてことはつゆ知らず、シンヤはこれ以上目立つのは御免だと、ショウタが立ち上がる前にその場を去る。


 そして帰ってすぐ、トレンド1位にシンヤ様が入っていることに気がつき、彼は買ったビールを飲む暇もなく、倒れるように眠ってしまった。




「……やっぱり彼は、私の王子様だ」


 そして、その配信をサクラコが目撃していて更なる問題が起こることを、彼はまだ知らない。


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