第7話 本当の姿



「やべ、カップラーメン切れた」


 ショウタとの騒ぎから3日後の正午。慎也は配信しないどころか部屋からも出ず、特に何をするわけでもなくダラダラと過ごしていた。


「……まだトレンドに入ってる。いい加減にしてくれよ」


 騒ぎは収まるどころか逆に噂が噂を呼び、収集がつかなくなっている。


「なんだよ、拳法とか古武術とか。知らねーっての」


 見ていると憂鬱になるので、スマホをベッドに投げて冷蔵庫を漁る。今日は久しぶりにパスタでも作ろうかと考えていると、ピーンポーンとチャイムの音が響いた。


「なんか頼んでたっけ?」


 友達も恋人もいない慎也の家を訪ねてくるのは、宅配の人間くらいだ。就職のことで揉めてから、両親とすら連絡を取っていない。


「はいはいー、今出まーす」


 なんて言いながらジャージ姿で玄関の扉を開けると、そこに居たのは……。


「こんにちワタシの世界! サクラコです! ……なんちゃって」


「────」


 見間違える筈のない派手なピンク色の髪。ついこの間、助けたばかりの少女……サクラコが、どうしてか慎也の家にやって来た。


「……どうして、ここが分かった?」


 驚きに目を見開きながらも、なんとかそう尋ねる慎也。それにサクラコはあっけらかんとした笑顔で、当たり前のように答える。


「ちょっと、貴方のことが気になったので調べさせてもらいました」


「調べたって、お前……」


「あー、睨まないください! シンヤ様に敵対しようと考えてる訳じゃないんです。ただ、会いたいなって気持ちを抑えられなくて、つい来ちゃったんです! ほんと、すみません!」


 大きな声で頭を下げるサクラコ。家の前でそんなことをされたら、また騒ぎになるかも知れない。そう考えた慎也は、大きく息を吐いて言う。


「とりあえず上がって。話は中で聞く」


「──! ありがとうございます! やっぱりシンヤ様は優しいですね!」


 晴れやかに笑うサクラコに、慎也は痛む頭を抑える。


「そこ、座って。コーヒー淹れてくる」


「あ、そんな気を遣って貰わなくても……」


「いいから」


 なんでこう、女の子の前だと格好つけてしまうのだろう? と、どうでもいいことを考えながら、コーヒーを淹れて戻る慎也。サクラコはそんな慎也を、まるで王子様でも見るかのようなキラキラとした目で見上げる。


「あ、そうだ。自己紹介がまだでしたね。私はサクラコって名前で配信活動をしています。本名は櫻井さくらい 美香子みかこって言います。17歳の高校生です」


「……未成年か」


「歳の差なんて、愛の前では些細なことです!」


「些細なことで立ち行かなくなるのが、大人の世界なんだよ」


 未成年かよ。さっさと返さないと不味いなー、と慎也は心の中でため息を吐く。


「サクラコ……いや、櫻井さん。君が俺に感謝してくれてるのは、よく分かった。配信も何度か見させてもらったし」


「見てくれたんですか!」


「まあ、うん」


 下手に持ち上げられていい迷惑だ、と流石の慎也も口にしない。


「でも俺、あんまり目立ちたくないんだよ。……そうだな。だから、これはいい機会だから言わせてもらうけど、自分の配信であんまり他人を持ち上げない方がいい。それが異性なら尚更」


「でもいずれ結婚配信とかするんですし、遅かれ早かれじゃないですか?」


「……君の考えを否定するつもりはない。でも、あんな真似を続けたら敵を作ることになる」


「私、アンチなんて気にしません」


「君が気にしなくても、周りが心配するってこともある。ご両親とか、特にね」


「──! 優しい……。シンヤ様、そこまで私のことを考えてくださるんですね……」


 目をうるうるとさせて、頬を染めるサクラコ……美香子。やべぇ、会話通じねぇぞこの女。と、慎也は心の中で毒づく。


「そうだ。シンヤ様に、謝らなくちゃいけないことがあるんです」


「…………」


 そりゃいっぱいあるよね、という言葉を大人だからなんとか飲み込んで、慎也は黙って続く言葉を待つ。


「この前は弟がご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありませんでした」


「……弟?」


 全く心当たりがなく、首を傾げる慎也。


「配信ライダーです。あの配信ライダーショウタは私の弟なんです」


「……マジで?」


 ショウタという配信者は仮面を被っていたから、年齢どころか性別すら分からなかったが、まさか弟だったとは。


「今さら責めるつもりはないけど、なんていうか……愛の深い弟さんだね?」


 ぶっちゃけ、気持ちわりーな。という言葉を、立派な大人だからなんとか飲み込む慎也。


「ぶっちゃけ、気持ち悪いです」


「あ、自分で言うんだ」


「いやでも、悪い子じゃないんですよ? ただあの子、昔からお姉ちゃんっ子で私が男の人と話してるだけで、すぐに怒って邪魔しにくるんです。だから男の配信者とは今まで一度も、コラボとかできてないんです」


「そうなんだ。でもあの感じだと、公表はしてないんだ?」


「はい。私の力に頼らず人気になって、いつか私とコラボするんだーって、張り切ってます」


 微笑ましくはあるが、巻き込まないで欲しいなと、慎也はコーヒーカップを傾ける。


「あ、でも、今はもうお姉ちゃんっ子は卒業したみたいです」


「え? 早くない?」


「あの子、シンヤ様に助けてもらったのがよっぽど嬉しかったみたいで、最近は毎日、シンヤ様の弟になる為に早く結婚しろと、私に言ってくるんです。……ほんと、よくできた弟」


「…………姉弟そろって単純な脳みそしてるな」


「……え?」


「あ、いや、ユニークな弟さんだね」


 なんかもう疲れた。どうやってここを調べたのか分からないが、早く帰ってくれねーかな。瞬きもせず、瞳孔の開いた目で真っ直ぐにこちらを見つめてくる美香子に、恐怖を覚え出した慎也。


 しかし、そんな慎也の心境なんてお構いなしに、美香子は楽しげに口を開く。


「シンヤ様って、恋人はいるんですか?」


「いや、いないけど」


「そうですか。まあ、居ても潰すから同じことなんですけど、よかったです。ちなみに歳下は好きですよね? おっぱい大きくて、ちょっと太ももが太い女の子は嫌いじゃないですよね?」


「……気持ちは嬉しいけど、未成年とは……」


「大丈夫です! 今日、1番可愛い下着を付けて着ましたから! 見ます?」


「見ない!」


「シンヤ様は私のこと、そんなに大切に思ってくれてるんですね。……嬉しい」


 やばい。何を言っても好感度が上がる。好き好きスパイラルに突入してしまっている。もういっそ、地べたを這いずり回りながら足でも舐めて、好感度を地獄まで落としてやろうか。と、どうしようもないことを考え始める慎也。


「でも私、思うんです! こんなにかっこよくて強いシンヤ様が、Fランクなんておかしいって。……まあ、協会が決めたランクなんてどうでもいいですけど、シンヤ様の魅力をもっと多くの人に知って欲しい!」


「さっきも言ったけど、目立つのは嫌いだから……」


「嘘です! 顔出して配信者やってる人に、目立つのが嫌いな人なんていません! 清純派A○女優並みの矛盾です!」


「おい、女子高生。もう少し言葉を選べ」


「ちなみに私、シンヤ様が好き過ぎて、毎日シンヤ様でオナ──」


「あー! それ以上は言わなくていいから!」


 もうなんか、格好つけるとか考えてる場合じゃない。なんだこのバーサーカー。これ多分、威嚇を使ってもビビらないタイプの人間だぞ。と、もはや畏怖すら感じ始めた慎也。


「だから私、ちゃんと応募して来たんです!」


「……応募って、何に?」


「大会です! 知りませんか? 今度ダンジョン協会の主催で、大規模なRTAの大会があるんです!」


「いや知ってはいるけど……って、え? まさかそれに、俺の名前で勝手に応募したってこと?」


 マジモンの馬鹿かこの女、と思わず立ち上がる慎也。そんな慎也を見て、美香子は嬉しそうに笑う。


「そんなにやる気になってくれて、嬉しいです! 参加は4人1組なので、シンヤ様と私と弟と友達の配信者で応募しておきました! 日程とかはまたメッセージを送るので、楽しみにしててください!」


「いや、俺はそんなのでな──」


「今からキャンセルすると、ダンジョン協会から目をつけられるかもしれないので、気をつけてくださいね?」


「…………」


 この女さては、本当は俺のことが嫌いで、俺を陥れようとしてるんじゃないだろうな? と、慎也は本気で思う。


「あー、ダメッ! そんな目で見つめられると、ドキドキして耐えられない! 本当は今日、抱いてもらえるまで粘るつもりだったけど、緊張して無理! 今日はもう帰らせて頂きます! コーヒー美味しかったです! 将来、2人でカフェを開くのも素敵ですね!!!」


 と、叫ぶような大声で言って、そのまま走り去る美香子。


「……嵐のようなってレベルじゃねーぞ。隕石みたいな女だな、あいつ」


 よくあんな性格で人気配信者になれたな、と思うけど、それはきっと逆なのだろう。真面目な人格者ほど見ていてつまらないものはない。きっと彼女は、その逆だ。


「まあ、だからって大会とか行かねーけど」


 是が非でも絶対に行かない。協会に目をつけられるとか、知ったことじゃない。そう思い、残ったコーヒーを一気に飲み干す慎也。


 しかし、1週間後。望みは叶わず、慎也は今までとは比較にならないほど大きな問題に立ち向かうことになる。


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