第8話 RTA!



「こんにちワタシの世界! まばゆい魔法に包まれて、今日もサクラコの魔法と笑顔の配信がはっじまっるよー!」


 ダンジョン内に響き渡る声。いつもより派手な衣装で可愛らしいポーズ決めるサクラコを見て、シンヤは大きく息を吐く。


「……どうしてこんなことになった」


 RTAの大会なんかに参加する気はカケラもなかったシンヤ。いくらサクラコが騒ごうと、協会から連絡がこようと、そんなものは全て無視してしまえばいいと、そう思っていた。……なのにどうしても、引くに引けない事情ができてしまった。


「まさか、低ランク配信者によるアイテム採取の規制とはな……」


 シンヤと同じように配信者になりすまし、アイテムを乱獲する人間が増えてきた。ダンジョン内のアイテムはどういう仕組みかは分かっていないが、入る毎にリセットされる。だから理論上、取り放題なのだが、あまりに乱獲されると市場が乱れてしまう。


 シンヤが集めるキノコもそうだ。ダンジョンの中には、松茸なんかよりずっと美味しいキノコが多数、存在する。そんなものが無限に市場に出回れば、松茸の価値が暴落する。


 故に協会は新しい取り決めで、Cランク以下の配信者はダンジョン内のアイテムの持ち帰りに、制限をかけると決めた。今のシンヤはFランク。Gランクは観光客をダンジョンに入れる為に一時的に付与されるものなので、Fランクは事実上、最低ランクだ。持ち帰れるアイテムは、雀の涙。


 このままだと生きていけないと悟ったシンヤは、泣く泣くこの大会に参加した。


「あれが、今話題のシンヤか」「随分と目つきが鋭いな」「何か古武術を使うらしい」「Fランクだが油断はできないぞ」「お前ちょっと、声かけてこいよ」「嫌だよ、シンヤは触れずに超能力で敵を倒すって聞いた。余計なリスクは御免だ」


 悠然と佇むシンヤを見て、大会に集まった配信者たちが、警戒するようにコソコソと会話する。そんな中、1人の派手なピアスをつけた男が、ニヤニヤとしながら声をかける。


「はじめまして、シンヤさん。俺、シーロックチャンネルの、ミトウって言います。噂は聴かせてもらってます。凄く強いらしいですね?」


「…………」


 シンヤは言葉を返さず、精一杯の虚勢を張って男を見る。


「……っと。凄い眼光ですね。あれっすかね? 噂の瞑想中ですか? すみませんすみません、俺昔から空気読めないんで、よくやらかしちゃうんすよ。仲間の方に戻ってますわ。いつか、コラボしましょうね?」


 「……見下してんじゃねーよ」と、誰にも聴こえないような小さな声で呟き、男はそのまま立ち去る。


「……こえぇ。なんだよ今のガラの悪そうな男は」


 自分のことを棚に上げてそんなことを言うシンヤに、今度は別の少女が声をかける。


「ニンニンニン! 忍者系配信者、忍子にんこです! サクちゃんから話はいろいろ聞いてます! 今日はよろしくお願いします! ニンニン!」


 忍者のような格好をした青い瞳の少女が、ニンニンと笑う。


「君は確か……サクラコさんが言ってた、今日一緒にチームを組む子か?」


「そうですニン! Cランク配信者にして、忍子チャンネルの忍子です! ニンニン!」


 凄い速さで印を結ぶ少女。また随分とキャラの濃い奴だなと、シンヤは心の中で息を吐く。


「あたしはサクちゃんみたいに人気はないけど、戦闘には自信があるんです。ニン! もちろん、超能力と古武術を組み合わせたシンヤ流拳法を使うシンヤさんの足元にも及びませんけど……。それでも精一杯、頑張ります! ニンニン!」


「……シンヤ流拳法、ね」


 なんだそりゃ、と鼻で笑う。


「いつかあたしの忍術と、コラボとかしてみたいです! って、今日がそのコラボでしたね! RTA頑張りましょね! ニンニンニン!!」


 そのままドロンと消える忍子。


「マジモンの忍者か……?」


 と思わず口にしてしまうが、しかし無論、そんな訳がない。シンヤのような特別なスキルや、シャウタが着ていた企業が作ったサポートアイテム。あとはダンジョンに落ちている遺物なんかを使えば、普通では考えられない魔法のようなことができる。今の忍子のように消えたように見せるのなんて、簡単なことだ。


 そして、そういう派手なアクションと特異なキャラが、人気配信者になる為の秘訣だ。


「でも俺、いい歳してニンニンとか言いたくねーぞ」


 なのでランクあげてキノコ採取、頑張るしかないな、と改めて思ったところで、端末から流れ続けていた今回の企画の説明が終了する。


「もうそろそろ、始まりか。胃が痛くなってきたな……」


 4人1組のチームが25チーム参加。それぞれのチームが、くじ引きでスタート地点を決め、5層に辿り着くまでの時間を競う。下の層に進む為には、ランダム生成された門を潜らなければならない為、通常の手段では5層に行くまで早くても数時間はかかる。そのスピードを競うのが、今回の企画である。


 そしてそこで優秀な成績を残せば、協会が指定する配信者ランクが上がり、より多くのバックアップを受けられるようになる。


 要するに大会の体なした、昇級試験である。


「配信するのは個人の自由だし、俺はしないけど」


 でも、さっきの忍子やサクラコは配信している。下手に目立つ訳にはいかないが、好成績は残して最低でもCランクにならないと、キノコ狩りもできなくなる。


「お、おはようござます! シンヤ様!」


 そこで声をかけて来たのは、配信ライダーショウタ。


「……おはよう」


「はい! おはようござます! 本日は姉ともどもご迷惑をおかけすることになりますが、何卒よろしくお願いします!」


 ガチガチに緊張した様子のシャウタ。前とは随分、態度が違う。


「シンヤ様と一緒に覇道を歩めること、このショウタ! 一生分の感謝を捧げます!!」


「いや、そんな大袈裟な──」


「これ、この前のお詫びです! 受け取ってください!! では僕はこれで!」


 強引に綺麗な包装の箱を渡して、凄い勢いで立ち去るショウタ。どうやらこの前サクラコが言っていた通り、もの凄く好かれてしまったようだ。


「で、このプレゼントは……」


 中身を確認して、大きくため息を吐くシンヤ。


「有難いけど、こんなもん貰っても使い道ねーよ」


 それをそのままアイテムボックスにしまう。するとちょうど、開始10分前を知らせるアナウンスが響く。


「シンヤ様! 今日はよろしくお願いしますね? 私、シンヤ様の為に勝負下着つけて来たんで、期待しててくださいね?」


 そして、最後にやって来たのはサクラコ。こいつ、カメラが回っててもその態度を崩さないのか、とシンヤは驚嘆する。


「俺も本気になる理由ができたし、一緒に頑張ろう」


「はい! いっぱい目立って優勝して、みんなでAランクになりましょう! そしたら私、覚悟を決めてシンヤ様のお嫁さんになります!」


「ははっ……」


 よし、今回の大会が終わったら、この子たちとは縁を切ろう。そう心に決めて歩き出したシンヤを、サクラコは潤んだ瞳で見つめる。



 魔法少女系配信者サクラコ。Cランク。チャンネル登録者55万人。現在の同接数3万人。


 ライダー系配信者ショウタ。Dランク。チャンネル登録者3万人。現在の同接数1000人。


 忍者系配信者、忍子。Cランク。チャンネル登録者22万人。現在の同接数8000人。


 底辺配信者シンヤ。Fランク。チャンネル登録者10万人。現在は配信中ではない為、同接数は0。



 合計で3万9千人の人間がシンヤたちを見ている。今回の大会はCランク以下の配信者限定のものであり、その数字は25チームある参加者のうち上から2番目だ。


 そんな大勢の人間に注目されながら、RTAの大会が始まった。


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