第2話 有名配信者を助ける



「こんにちワタシの世界! まばゆい魔法に包まれて、今日もサクラコの魔法と笑顔の配信がはっじまっるよー!」


 そんな声と共に始まった、人気配信者サクラコの配信。同接数は既に1万人を超えており、凄い速さでコメントが流れる。


〈来た来た!〉


〈ワタシの世界!〉


〈今日の衣装、ちょっとスカート短くねw〉


〈今日こそRTAの再走よろ〉


 配信用のドローンに内蔵されたデバイスに流れるコメントを見て、サクラコはピンク色の髪を揺らし、可愛らしく笑う。


「今日は前から言ってた通り、チャンネル登録者50万人を記念して、モンスター100体討伐RTAを……やりません!」


 それに反応して、またコメントが流れる。


〈逃げんな〉


〈再走しろ〉


〈ここガバ〉


〈そんなことより、なんか最近、太もも太くなってね?〉


 ふと目に止まったコメントを見て、サクラコは顔を赤くして叫ぶ。


「太くはなってない! 成長期なの!」


 と、しばらくそんなやりとりをして、サクラコはダンジョンを歩き出す。


「今日はいつものダンジョンとは違う、京都にある第6ダンジョンに来ています。このダンジョンに来るのは初めてなので、とりあえず今日は軽くみんなと見て回って、そこから何か企画を──」


 そこで、サクラコは気がつく。目の前の岩肌に広がる黒い穴。そこから現れる、全長10メートルはある巨大なヘビ。ドラゴンのような大きな翼が生えたヘビが、真っ赤な目でサクラコを睨む。


「……なんか、随分と強そうなモンスターだね? みんな、あれが何か知ってる?」


 動揺を飲み込んで、そう語りかけるサクラコ。それに反応して、凄い勢いでコメントが流れる。


〈これ、ドラゴネイドじゃね?〉


〈突然変異種!〉


〈ドラゴネイドってAランクのモンスターだろ?〉


〈は? なんで上層にそんなのがいるんだよ〉


〈サクちゃん、逃げて!〉


〈どうせヤラセだろwww〉


 流れるコメントを見て、サクラコの顔色が変わる。


「Aランクって、嘘でしょ……」


 サクラコは人気配信者ではあるが、戦闘が得意な方ではない。ダンジョン協会が定めるランクもCランクであり、どうあがいてもAランクのモンスターになんて勝てない。


「と、とりあえず通報して、逃げないと!」


 同じ階層にいる人間にも危険を知らせる緊急用の通知を流し、そのまま走り出すサクラコ。しかしドラゴネイドはサクラコを獲物と定めたのか、凄い速さで迫る。


「キャリャァァァ!」


「こ、来ないで!」


 サクラコはアイテムボックスから魔法のステッキを取り出し、それを思い切り振る。


「スカーレットファイア!」


「グ、グキャアアアア!」


 ドラゴネイドは大きな炎に包まれ、耳が痛むような叫び声を上げる。


〈サクちゃん、つよ〉


〈これ、もしかして勝てる?〉


〈どうせヤラせだろwww〉


〈こんなんで勝てるわけない、早く逃げて!〉


「アギャアアアア!!!」


 煙の中から現れたのは、無傷のドラゴネイド。サクラコはそれで勝てないと悟り、全力で逃げ出そうとする。


「……!」


 しかしサクラコが動くより早く、ドラゴネイドの長い尻尾が彼女の身体を叩き飛ばす。


「きゃっ!」


 近くの岩山に激突するサクラコ。額から流れる赤い血。それを見て、更にコメントが加速する。


〈ヤバいヤバいヤバい!〉


〈他の配信者は何してんだよ! 誰か助けに行けよ!〉


〈協会に通報した〉


〈協会のガードが動くわけねーだろ!〉


〈このままだと、ダンジョン封鎖されるぞ〉


〈サクちゃん死んじゃう!〉


 『逃げて』『逃げて』というコメントが、凄い速さで流れ続ける。しかしサクラコは起き上がるのに精一杯で、返事をしている余裕がない。


「……っ! だ、誰か! 誰か助けてっ!」


 必死に走るサクラコ。しかしここは上層であり、Aランクのモンスターと戦えるような人間はいない。そもそも皆、自分の身を守るのに手一杯で、他人を助ける余裕なんてない。


「……あ」


 そんな時ふと見えたのは、1人の目つきが悪い青年。


「お願いします! 助けてください!」


 藁にもすがるような思いで叫ぶサクラコ。その青年は逃げ惑う他の配信者とは違い、逃げるそぶりもなく悠然と佇んでいる。……いや、寧ろその姿には余裕すら感じる。


 多分、相当の強者だ。


 サクラコはそんな彼ならもしかしてと考え、残る力を振り絞り全力で彼の方に走る。


「…………」


 その青年、シンヤには無論、余裕なんてカケラもない。彼は突然な事態に思考が追いつかず、フリーズしてしまっているだけだ。


「……ちょっ、何でこっちに来るんだよ」


 何とか正気に戻ったシンヤの言葉は届かず、迫る少女とモンスター。もうこの距離だと絶対に逃げられない。そう悟ったシンヤは、覚悟を決める。


「これで駄目なら死ぬしかない。頼むぞ……!」


 大きく息を吐いて、シンヤはスキルを発動する。



「──失せろ」



 その瞬間、辺りに広がる冷たい空気。圧倒的なまでの力の奔流。強いと見せかけるだけのスキル『威嚇』の効果が、ドラゴネイドと少女を襲う。


「グ、グキャ……」


 ドラゴネイドは情けない声をあげて固まり、シンヤを見る。威嚇の効果でドラゴネイドにはシンヤの姿が、自分を食い殺す巨大な怪物のように映る。


「……逃げないのか?」


「クッ、クキャー!」


 恐怖に耐えられなくなったドラゴネイドは、全速力で逃げ出す。凄い速さで来た道を引き返し、黒い穴からどこかへと消える。残ったのは、嘘のような静けさだけ。


「あっぶね、効いてよかったー。……つーか、やばい。ちょっと小便、漏れてるかも」


 と、思わず口にしそうになるが、なんとかそれを飲み込むシンヤ。


「…………」


 ドラゴネイドに襲われていた少女が、唖然とこちらを見つめている。シンヤはその少女、サクラコのことを知らなかった。しかし彼は、女の子の前でかっこつけないと死ぬ病気にかかっているので、無駄にクールな声で言う。


「大丈夫? 怪我はない?」


 近くで倒れたサクラコに、手を差し出すシンヤ。


「あ、ありがとう、ございます」


 その手を取り、何とか立ち上がるサクラコ。その顔がまるで王子様を見る少女のような表情になっていることを、テンパってるシンヤは気がつかない。


〈……は?〉


〈今の何?〉


〈ドラゴネイドをひと睨みで追い返すとか、S級でも無理だろ?〉


〈なにもんなんだよ、こいつ〉


〈覇○色の覇気じゃん〉


〈まさか、シャン○ス⁈〉


〈伝説きたー!!!〉


 溢れるコメント。この緊急事態でサクラコの同接数は5万人を超えており、凄い速さでコメントが流れ続ける。そんな事態になっているとは知らず、シンヤはクールに呟く。


「頭、怪我してるね? 俺は手当はできないから、この医療キットを使いなよ」


「い、いいんですか?」


「ああ。これからはああいう不測な事態に気をつけないと、危ないよ?」


 それだけ言って、シンヤはそのまま歩き出す。可愛い女の子の前でいい格好がしたいという気持ちと、これ以上目立ちたくないという気持ちがせめぎ合い、無駄にかっこつけたまま立ち去るシンヤ。


「ああ、そうだ。このことはあまり、他言しないでね?」


 サクラコの同接数が5万人を超えていることも知らず、最後にそんなことを言うシンヤ。その姿に、またコメントが加速する。


〈かっこいい!〉


〈いや、かっこつけすぎだろ?〉


〈誰? 配信者?〉


〈こんなに強いってことはSランク?〉


〈協会の名簿、調べたけど、シンヤっていうFランクの配信者らしい〉


〈Fランク⁉︎ 嘘だろそれ〉


〈絶対なんか隠してるって!〉


〈実は元Sランクらしい〉


〈なんにせよ、ただ者じゃない!〉


 溢れかえるコメント。しかしシンヤは呑気にも、こんな上層で配信してるってことは、この少女も人気のある配信者じゃないだろう。これくらいなら、大丈夫なはずだ。なんてことを考えていた。


 そして、そんなシンヤの背中を見つめながら、サクラコは小さく呟く。


「……見つけた。私の王子様」


 シンヤの平穏な配信生活が、ゆっくりと崩れ始める。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る