第10話 異常な速度
休憩を挟みながらも順調に第3層までたどり着いたシンヤたち。シンヤが放送していないにもか関わらず、合計の同接数は7万人を超え、参加者の中でトップとなる。
「オレ、3層まで来たの初めてだな。なんかちょっと……空気が違う。息苦しいし、視界も悪い」
「あ、そっか。ショウタ……ライダーくんは、3層まで来たことがないんだね。1層と2層は危険もあるけど、観光客だって入れるくらい安全。でも、3層からは別。本当のダンジョンは3層からって言葉もあるくらい、危険が多いから気をつけてね?」
「そうですニンニン! モンスターの強さはもちろんのこと、いろんなトラップなんかもあって、気づいたらはぐれちゃってたなんてこともあるので、気をつけた方がいいですニン!」
「……マジかよ。あーいや、オレはビビってないぞ? なんせオレたちにはシンヤ様が……って、あれ? シンヤ様どこ行った?」
慌てて辺りを見渡す3人。まだ3層に来た直後で、トラップが作動した気配なんて全くない。なのにどれだけ見渡しても、シンヤの姿が見えない。
「やばい! いない! シンヤ様どこに行かれたんだよ? まさかオレたち、迷子になっちまったのか?」
「……ランダムスポーン。集団で降りると、偶にあるのよ。1人だけ全く違う地点にスポーンするってことが」
「ですがそれ、何千分の一とかの確率ですよね? まさかこの大会中にそんなことが起こるなんて、すごくついてない……ニン」
「どうすんだよ! シンヤ様がいないと、オレたち……」
露骨に落ち込むショウタと忍子を見て、サクラコは一際、明るい笑顔で言う。
「シンヤ様……ううん。シンヤさんの心配する必要なんてないよ! あの人はすっごく強いし、知識もある!」
「そんなの分かってるよ。心配なのはオレたちの方だろ? このまま、シンヤ様の足を引っ張るわけには……」
「大丈夫! 私は企画で何度か、5層まで行ったことあるし! 忍子はもっと深くまで、潜ったことあるよね?」
「……そうですニン! それにこのRTAの規定では、タイマーがストップするのはチーム全員ではなく、誰か1人が5層にたどり着いた瞬間です! ニンニン! だからあたしたちがどれだけ遅くても、シンヤ様の足を引っ張るなんてことにはならないニン!」
「そっか……。なら……いや。このピンチで頑張れば、シンヤ様がオレのこと認めてくれるかもしれない! これはチャンスだ! ショウタ! やるぞー!!」
いつもの決めポーズして、笑うショウタ。忍子もニンニンと、マイペースに歩き出す。そんな2人を見て、サクラコは普段とは違う優しい笑みを浮かべる。
「よしっ! じゃあ私たちは私たちで下の層を目指そう! ……みんなも見ててね? 魔法少女サクラコ! シンヤさんの為に頑張ります!」
カメラに向かって笑いかけるサクラコ。同接数は右肩上がりで増え続け、サクラコ個人でも5万人近くまで増えた視聴者が、応援のコメントを送る。
〈頑張れサクちゃん!〉
〈目指せ1位!!〉
〈今日も可愛い!〉
そんなコメントに笑顔を返して、サクラコも歩き出す。……しかし、そんな3人の足を止めるかのように、3人の端末にメッセージが届いた。
『シンヤ選手が第4層に到達しました』
進捗を伝えるダンジョン協会からのメッセージ。そのメッセージを見た瞬間、3人は驚きに目を見開く。
「……流石にちょっと、言葉がないですニン」
「ああ……。まだ3層に到達して数分だろ? Sランクの配信者でも、そんな一瞬で階層の移動なんてできねーよ」
「やっぱりシンヤさん、私たちに合わせてくれてたんだね。あの人が本気になれば、こんな一瞬で次の層まで移動できるんだ……」
配信をしていないシンヤの動向は誰にも分からない。一応、今のように階層を移動すると、協会が設置した端末から情報が送られてくる。しかし、細かな動きが分かるわけではない。
だから3人……いや、この大会に参加している全員と、そしてその配信を見ている多数の人間には、シンヤがたった数分で3層から4層まで移動したという事実だけが伝わる。
〈シンヤ様やべー!!!!〉
〈今までちょっとネタで言ってたけど、これはマジでヤベェ!〉
〈ほんと何者なんだよ!〉
〈少し前に配信してたSランクのリノンより速い!〉
〈なんでこんな人が、今まで埋もれてたんだよwwww〉
ありとあらゆる配信者のチャット欄が、シンヤを讃えるコメントで溢れる。合計で何十万もの人間に、シンヤの異常性が伝わってしまう。
「……よしっ! 私たちも負けてられないよ! シンヤさんにだけ、甘えてられない! 例えどれだけ遅れても、シンヤさんの後を追わないと、お嫁さんとして恥ずかしいもん!」
キラキラとした目で走り出すサクラコの背中を見て、ショウタと忍子も走り出す。
「そうだ。この配信ライダーショウタ! このままシンヤ様だけに任せておくほど、腑抜けてはいない!」
「そうですニン! この忍子も忍者の端くれとして、全力で頑張るニン!」
3人はがむしゃらに走り出す。……けれど、憧れに染まっていた心に、少しの恐怖が滲んでいた。Aランクのモンスターを人睨みで追い払い、数百を超えるモンスターを瞬きの間で倒し尽くした。そして、2層までとは難易度が違う3層を、ものの数分で攻略した。このままそのペースで行けば、更に広く複雑な地形の4層も、あっという間に攻略してしまうだろう。
サクラコたち3人と、他の24組のチーム。そして、何十万もの視聴者と騒ぎになっているSNS。全て合わせると100万に近い人間が、シンヤという男の実力に畏怖を覚えた。
「あー、やべぇ。どうしてこんなことになってんだ」
しかし当の本人はそんなことになっているとは露知らず、大きなため息をこぼす。
数分前。3層についた瞬間、シンヤは少し違和感を覚えた。あれ? これなんかヤバくね? と思った瞬間、周りから人が消えていた。「もしかして俺、置いて行かれた?」なんて呟くが、どれだけ探してもサクラコたちの姿はない。
代わりに辺りは、多数のモンスターに囲まれていた。
「……使うしかないか」
覚悟を決めて威嚇を使いながら、なんとかモンスターを追い払うシンヤ。そのまま他のみんなを探し回っていると、偶然、4層へと続く扉を見つけてしまう。
「こんなところで、運を使ってどうすんだよ……」
通常、次の層へと続く扉の近くにスポーンするなんてことは、ほとんどない。何か特別なアイテムでも持っていない限り、扉から離れた場所にスポーンするのが常だ。そしてその特別なアイテムは、何千万円でも買えないような代物。RTAの規定でも、そのアイテムの使用は禁止されている。
宝くじの一等が当たったような幸運。そんな状況でも、シンヤの顔は険しいままだ。
「いや、これ。俺1人で次の層、行って大丈夫なのか?」
通常のRTAなら迷わず進むべきだ。しかし、ただでさえ戦闘能力がないシンヤが、危険が更に増す4層に単独で進むのはどう考えても得策ではない。
「でも、闇雲に探し回って合流するのもなー。つーか、連絡先くらい聞いておけばよかったな」
今更そんなことを後悔しても遅い。
「って、やばい! またモンスターだ! くそっ! なんでこの辺、こんなにモンスターが多いんだよ!」
ここで待っていてもいつかはやられると悟ったシンヤは、ヤケクソで4層へと続く扉をくぐる。彼はそれが、異常な速度での踏破であることを、全く理解していなかった。
このままのペースで5層まで辿り着けば、まず間違いなくAランクの配信者になってしまう。それ程の異常事態。……しかし、そんなシンヤの活躍に水を刺すように、スマホにメッセージが届いた。
「マジかよ……」
そのメッセージを見た瞬間、思わずスマホを落としてしまいそうになるシンヤ。ここが危険な4層であることも忘れて、彼はしばらく動くことができなかった。
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