第17話 弟子



「あたしを弟子にしてください!」



 そんな忍子の唐突な言葉。慎也はそれに露骨に顔をしかめながら、なんとか言葉を返す。


「……いや、悪いけど弟子とかは別に募集してないから」


「あ、そうですねよ。すみません、いきなり変なこと言っちゃって……」


「…………」


「………………」


 気まずい空気。なんだこれ? もう行っていいのか? 早くキノコ狩りしたいんだけど。なんてことを慎也は思うが、何か言いたいことがありそうな目でこちらを見る忍子を、このまま放置もできない。


 慎也は諦めたように息を吐き、口を開く。


「今から2時間……いや1時間後、時間ある?」


「あたしは別に暇ですけど……」


「じゃあ、駅前のカフェで待っててくれる? 弟子にはしてあげられないけど、話くらいなら聞いてやるから」


「……! ありがとうございます!」


 キラキラした目で慎也を見る忍子。どうしてこう、女の子の前だといい格好してしまうのだろう? と思いながらも、とりあえず安心する慎也。


「じゃあ、あたし待ってるんで用事が済んだらでいいので、来てください! ありがとうございます! ニンニン!!」


 その場でドロンと消える忍子。その仕組みがどうなっているのか気になるところだが、今はそんなことを気にしてる場合じゃない。


「さっさと、キノコ狩るかー」


 基本的に危険なモンスターが現れない1層のキノコを、凄い速さで狩りまくる慎也。Sランクになり配信をしなくてもよくなった分、いつもよりずっと早いペースでキノコを集め続ける。


「大量、大量」


 たった1時間で、アイテムボックスから溢れるほどのキノコを集めた慎也。あとはそれを、ダンジョン協会が管理する巨大なボックスに預けるだけ。そこに預けている間は、ほとんどのアイテムは劣化しない。


 そしてそれを、やって来た業者がその時の時価で購入し、その金額が慎也の口座に振り込まれる。Sランクの配信者はボックスの使用料を取られないので、まるまるそのまま儲けになる。


「結構とれたな。今日は夕飯、刺身でも買っちゃおうかなー」


 なんてルンルンで、忍子との待ち合わせのカフェに向かう。


「あ、こっちです」


「待たせて悪いな」


 先に来ていた忍子の正面に、顔を隠したまま座る慎也。もうちょい人気のない場所の方がよかったかなーなんて思ったところで、忍子が口を開く。


「さっきは急に、変なことを言ってすみません、シンヤ様」


「別にいいけど……とりあえず、そのシンヤ様っていうのは辞めてもらってもいいかな? サクラコさんにも言ったけど、普通にシンヤさんでいいよ」


「そうですか? それなら……なんかちょっと照れますね。急に呼び名を変えるのは……」


 付き合いたてのカップルかよ、という突っ込みを飲み込み、真面目な顔で忍子を見る慎也。忍子は咳払いをしてから、口を開く。


「えーっと、シンヤさん。実はあたし、伸び悩んでるんです」


「伸び悩んでるって、身長? 別に、そんな気にしなくてもいいと思うけどね。忍子さん、そのままでも十分、可愛いと思うよ?」


「ほんとですか! ……じゃなくて、身長ではなく配信の登録者の話です」


 浮かない表情で、コーヒーを口に運ぶ忍子。


「あたし、サクちゃんみたいに可愛くないし、シンヤ様……ううん。シンヤさんみたいに強くもない。チャンネル登録者もずっと伸び悩んでて、これからどうしようかなって悩んでるんです」


「……あー、そうか」


 結構、真面目な悩みなんだな、と慎也は思考を切り替える。


「忍子さんってまだ、高校生?」


「そうです。サクちゃんと同い年の17歳です」


「じゃあまずは配信より、勉強した方がいいと思うよ」


「……お父さんとお母さんと同じことを言うんですね、シンヤさんは」


 どこか拗ねたように視線を逸らす忍子。


「まともな大人なら、同じこと言うと思うよ」


「でもあたし、学校の成績かなりいいんですよ? この前の期末テストも、学年で2番でした」


「……勉強はできるのか」


 少ないとは言いながらも、忍子のチャネル登録者は20万人以上。少し前の慎也の数万倍だ。勉強を頑張りながらも、そこまで登録者を増やした忍子に、慎也ができるアドバイスなどない。


 しかし忍子は、不満そうに言う。


「でも勉強なんて、学校の尺度でしかありません。言われたことをやれば、結果が出るのは当然です」


「それを難なくできる人間は、相当少ないと思うよ」


「でも、あたしはもっと頑張りたいんです!」


 大きな声を出す忍子。思ったよりも子供っぽい子なんだなと、慎也は小さく息を吐く。


「それでも、俺ができるアドバイスなんてないな。俺のチャンネル登録者が増えたのも、俺が……俺が強いのも、ただの偶然だ」


「そんなことないです! ニンニン! シンヤさんはあんなにかっこよく、沢山のモンスターを倒してました! あたしはサクちゃんが襲われてる時、何もできなかったのに……。やっぱり、弟子にして欲しいニンニンニン!」


「落ち着け、落ち着け。忍者が出てる。ほら、コーヒー飲んで」


「……すみません。取り乱しました。ニン……」


 この子、テンション上がると忍者になるのか。もしかして配信者って、やばい子しかいないのか? と思いながら、コーヒーに砂糖を加える慎也。


「でもやっぱり、仮に俺が忍子さんを弟子にしたとしても、教えられることは何もないよ」


 それこそ、キノコの取り方くらいだろう。


「じゃあせめて、サクちゃんと一緒に3人でコラボがしたいです」


「コラボたって、なにするの?」


「……それは、分かりません」 


「あんまり、焦ることないと思うよ? 忍子さんはまだまだ若いんだし、配信なんてバズらせようと思ってバズらせられるものでもない。……自分の知らないところでバズって、困ってる奴もいたりするんだ」


 若い子が自分と同じように道を踏み外さないよう、諭すように優しく言う慎也。それに忍子は、諦めたように答える。


「……分かりました。じゃあせめて、シンヤさんの弟子とだけ名乗らせてください。修行とかは、つけてくれなくてもいいので」


「別に構わないけど、それに何の意味があるの?」


「友達に自慢できます」


「俗っぽい理由だな。あんまりそういうことしてると、逆に友達失くすよ?」


「大丈夫なんで、お願いします! 忍法お願いします! ニンニンニン!!」


「分かった分かった。分かったから、落ち着け」


 それで納得してくれるならもうそれでいいと、何とか忍子をなだめる慎也。それを聞いて、忍子はパッと花のような笑みを浮かべる。


「ありがとうございます! このお礼はいつか必ず、命に変えても返させて頂きます!」


 土下座するような勢いの忍子に適当な笑みを返して、コーヒーを飲む慎也。そのあと2人はしばらく、そうやってたわいもない話をして過ごした。


「…………」


 けれど慎也は、忍子がどうしてここまでチャンネル登録者にこだわるのか。その本当の理由に、気づいてはいなかった。


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