第15話 秘密
「貴方のその特別なスキルについて、少し話がしたいの。……いいよね?」
唐突に現れたSランク配信者リノン。彼女は今、スキルと言った。その言葉に最悪の事態を想定した慎也は、なんとか冷静な表情を保ちながら言葉を返す。
「……なんのことだか、分からないな」
「分からないって、そんなことはないと思うけど?」
「分からないものは分からない。今、忙しいんだ。悪いが、帰ってくれ」
少し語気を荒げて、リノンを睨む慎也。頼むからこれで帰ってくれという慎也の願いは、残念ながら通じない。
「噂通り凄く怖い目をしてるのね、貴方。でも残念ながら、私はそれくらいじゃ怖がらない。私を怖がらせたいなら、戦車が1000台あっても足りないわ」
余裕の笑みを浮かべて、勝手に慎也の家に上がり込むリノン。
「ちょっ、勝手に上がるなよ」
強引な少女を、しかし慎也は拒むことはできない。リノンのチャンネル登録者は1000万人を超えている。同接も多い時は100万人近くに及ぶ。そんなリノンが配信で慎也の秘密をバラせば、瞬く間に全世界に拡散されるだろう。
「本当に威嚇のことがバレたのか? もしバレたなら、なんとか口止めしないと……」
最悪、地べたに頭を擦り付けて足でも舐めてお願いしようと覚悟を決めて、勝手にソファに座ったリノンの正面に立つ。リノンは何かを確かめるように部屋をざっと見渡してから、言う。
「さっきの配信、見させてもらったわ。面白かったし、よく考えられてた」
「……そりゃどうも」
「直接、手を出せない連中を懲らしめる方法としては、あれ以上はないわね。結果として怪我人は0だし。まあ、彼ら勝手に殴り合ってたけど、それでも擦り傷程度。よく頭が回るのね? 貴方」
「……偶然だ」
「そう? 『呼び声の鈴』を使ってモンスターを集めるなんて、相当自分の実力に自信がないとできないことだと思うけど」
「あそこはまだ1層だ。集まるモンスターも知れてる」
「それでも、ただのFランクが単独でどうにかできる規模じゃない。実力、貴方の……そのスキル。すっごく興味深いわ。配信すっぽかして思わず走って来ちゃうくらい、興味深い」
おもちゃを前にした子供のような表情で、リノンは慎也を見る。
「…………」
それに慎也は、何も答えない。サクラコも含めて、そんな簡単に人の家を特定してんじゃねーよと思うけど、それを口にすることはできない。
リノンは確かにスキルと言った。けれどまだ、そのスキルの内容までは言及していない。ならここで余計なことを喋っても、墓穴を掘るだけだ。
慎也は口を閉じたまま、リノンの言葉を待つ。
「余計なことは話す気はないってことね。随分と警戒してるみたいだけど、別に私、貴方を取って食う気はないわよ?」
「アポもなく、いきなり家を訪ねて来た人間を警戒するのは当然だろう?」
「そんな小さいことで怒ってたらモテないわよ? ……って、貴方に言っても嫌味にならないか。なんてったって貴方、噂に名高いシンヤ様だもん。ファンクラブとかもできてるみたいだし、モテないなんて言っても鼻で笑われるわね。ま、私の人気には勝てないけど」
いつの間にファンクラブなんてできたんだよ、と驚愕する慎也をよそにリノンは言葉を続ける。
「見たところ貴方、企業が作ったサポートアイテムも、ダンジョンの遺物も使ってないようだった。生身であれだけのモンスターを追い払えるのなら、何か特別なスキルを持っているのは当然。そうでしょ?」
「…………」
スキルというのは、ダンジョンに潜っている人間が突発的に目覚める特殊能力だ。詳しいことはまだ全く分かっていないが、まるでゲームでレベルアップして新しい技を覚えた時のように、能力の名前と使い方が頭の中に浮かぶ。
『威嚇』というのも、慎也が自分でつけた名前ではない。それは勝手に、頭の中に浮かんできた言葉だ。
「答える気はないってことかしら? まあ、現状の技術では誰がどんなスキルを持っているのか、調べる方法はない。貴方が黙るなら、確かめる術はない」
「……そうか」
なんだ、じゃあやっぱり俺が本当は弱いってことはバレてないのか、と大きく息を吐く慎也。しかしまだ、リノンの話は終わっていない。
「けど、それってすっごく怖いことよね? 人を一瞬で殺せるような力を持っていても、どんな検査にも引っかからないし証拠も残らない。あの……ムトウとか言ったっけ? 彼らみたいに悪意を持った人間が犯罪にスキルを使い出したら、それを咎める手段はない」
「……何が言いたい?」
「貴方はまだ知らないかもしれないけど、ダンジョン協会はそういう特別なスキルを持っている人間にだけ、Sランクの称号を与えるの。Aランクまでは試験の結果と、配信者としての成果で決められるけど、Sランクは違う。あれは異常なスキルを持った人間を管理する為に、協会が作ったランクなのよ」
それは、世間一般には公表されていない事実。Sランクに任命された人間しか知らされない事実を、リノンは当たり前のように口にした。その、意味は……。
「……まさか俺に、Sランクになれと言いにきたのか?」
「そ。話が早くて助かるわ。……というか、私喉かわいたんだけど? 紅茶、淹れてくれない? ロイヤルミルクティーね」
「…………」
長い脚を組んで当然のように言うリノン。慎也はここで話の腰を折るなよと思うけど、逆らったら怖そうなので、言われた通りに紅茶を淹れる。
「ロイヤルミルクティーとか、手間なんだよな。……あ、ちょうどインスタントのがあるじゃん。もうこれでいいや」
お湯を注ぐだけでできるロイヤルミルクティーを淹れて、部屋に戻る慎也。
「ありがと」
リノンはそれに軽くお礼を言って、ティーカップに口をつける。
「これ、インスタントでしょ?」
「それしかないんだよ」
「……ま、いいけどね。味なんてどうせ一緒だし」
カップをソーサーに置いて、リノンは真っ直ぐに慎也を見る。
「それで貴方。Sランクになる気はある?」
「ない。断る」
一向の余地もなく、端的にそう告げる慎也。
「どうして? Sランクになれば、協会の全力のバックアップが受けられるわ。協会が進めている深層の探索に加われば、一生遊んで暮らせるだけのお金が得られる」
「興味はない」
Sランクになれば、キノコ狩りなんてせずとも余裕で生きていけるだろう。けれどそれは、慎也にとって死を意味する。何故ならSランクの配信者には、まだ調査の進んでいない深層を探索する義務がある。そうなればきっと、威嚇の通じないモンスターも出てくるだろう。
そうでなくても、これ以上目立っていいことなんてない。慎也は覚悟を決めて、首を横に振る。
「……そ、断るのね? この私が自ら誘いに来てあげたのに、貴方はそれを断るんだ。……ふーん、見かけ通り勇敢な人なのね、貴方」
リノンが今までとは違う、嗜虐的な笑みを浮かべる。リノンは類稀なる美貌もさることながら、その圧倒的なまでの力で視聴者を増やしてきた。
殺戮女王。
それがリノンの異名。今や何万人といるダンジョン配信者の中で、その身一つで最強と呼ばれる少女。
「…………」
そんな少女に凄まれて、慎也は胃の痛みを必死に耐えながら、なんとか言葉を返す。
「なんと言われようと、Sランクになんてなる気はない」
「ならここで、私を止めてみなさい。噂に名高いシンヤ様なら簡単でしょ?」
ダンジョン内でもないというのに、戦闘の構えを取るリノン。この女、どれだけ考えなしなんだよ、と思いながらも他にどうすることもできない慎也は、最後の手段として『威嚇』を発動する。
「──辞めろ」
「……っ」
リノンが一瞬、息を呑む。Aランクのモンスターを一息で殺す彼女の心に、何年振りかの恐怖が産まれる。
「……噂は、大袈裟じゃなかったってことね」
リノンは小さく笑って、またソファに座る。
「そんな顔しなくても大丈夫。冗談よ。こんなところで戦うつもりなんてないわ。……でも貴方、やっぱり凄く強いのね。この私に恐怖を感じさせるなんて、Sランクでもそうはいないわ。……決めた。貴方はやっぱりSランクにする。貴方ほどの実力なら、私のパートナーとして相応しい」
「いや、そんな勝手に──」
「貴方に拒否権はないわ。そもそもこれは、ダンジョン協会の決定ないのよ? いち配信者の貴方が、拒否できるようなことじゃない」
「それは……」
それは確かにその通りだ。反論が思い浮かばない慎也は、口を閉じるしかない。
「……あぁ、ゾクゾクしてきた。この私にこんな想いをさせられるなんて、期待以上ね。スキルの内容は分からないけど、相当な力があるのは確実」
「いや、それは……」
なんだ、やっぱり実は弱いってことはバレてないのか。と安堵する暇もなく、リノンは興奮した様子で慎也を見る。
「貴方、これから忙しくなるわよ? なんせ私のパートナーになるんだから」
「いや俺は──」
「明日にでも協会から呼び出しがあると思うから、待ってなさい。貴方がSランクになったら、私が直々にコラボしてあげる。……ふふっ、楽しみ!」
子供のような顔で笑って、残ったミルクティーを飲み干したリノンは、そのまま部屋から出て行ってしまう。残ったのは、嵐の後のような静けさだけ。
「…………もうダメだ」
震えた声でそう言って、ベッドに倒れ込む慎也。もうあの静かで平凡な日常は戻らないのかと、彼は1人で泣いた。
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