第19話 化け物



 東京都・ダンジョン協会本部……跡地。



「あー、くそっ! 苛々する! んだよ、あの化け物はよ!」


 瓦礫の山から、苛立ちげな男の声が響く。


 日本中のダンジョンを管理する、ダンジョン協会の本部。東京都に建てられた日本で1番高いビル。ダンジョンから見つかった特殊な鉱物で造られたその建物は、日本が滅びても壊れることはないと、そんな風に噂されていた。



 ──その建物が、ものの数分で瓦礫の山に変わった。



 Sランク配信者とアークの戦闘は、それほど苛烈なものだった。



 ◇



 アークと呼称された正体不明の遺物。東京のダンジョンの深層から持ち出されたそれは、ダンジョン協会が造った戦闘訓練用の頑丈な一室に隔離されていた。


 アークは当初、人類に対して友好的に振る舞っているように見えた。各地から集められたSランク配信者の監視の下、それはとても静かな声で語った。


「我々は、貴方たちがダンジョンと呼称する場所の最奥から、やってきました」


 その言葉に動揺が走った。ダンジョンの最奥に、一体なにがあるのか。ダンジョンが発見されてから数十年。数え切れないほどの人間がその場所を目指し、けれど誰も辿り着くことができなかった未踏の地。


 現在の記録上、最も深く潜ったとされるSランク配信者クライムゼロ。現在のSランク最強と言われる彼ですら、単独での踏破は不可能だと断言した禁域。


 アークは、自身がそこからやって来たと言った。


「貴方たちがダンジョンと呼称する場所は、我々にとっては道なのです。我々の世界から貴方たちの世界に通じる為の道」


 それは、ダンジョンについて誰よりも熟知しているダンジョン協会ですら、把握していなかった事実。


 Sランクの配信者に見守られながら、ダンジョン協会の幹部の1人、壮年の男──矢田やだ 宗一郎そういちろうはアークにこう尋ねた。


「道を繋げて、貴方たちは一体なにをするつもりなのですか?」


 アークはそれに答えを返そうとし、けれど途中で動きを止めてしまう。


「この反応は、まさか……! ぐっ、つぁ!!」


 まるで天使のような輪っかを持った少年が、頭を抑えてうずくまる。集まったSランク配信者たちが異常に気がつき駆け寄ろうとするが、途中で足を止めてしまう。


「あ、ああああああああああああああ!!!」


 耳をつんざくような声を響かせ、アークの姿が変わる。子供から老人へ。人間から大きな犬に。犬から蛇に。蛇から岩に。


 アークはみるみるうちに姿を変え、徐々に徐々にその大きさを増していく。そして最後にそれは、蜘蛛になった。全長30mはくだらない巨大な大蜘蛛。


 Sランクの配信者たちの訓練用にと造られた部屋が、蜘蛛の発する魔力に震える。蜘蛛は赤い大きな目を歪ませ、声にならない声で叫ぶ。


「グキャアアアア!!!」


 その様子を見て、長身の男が笑った。


「ははっ、いいね。その叫びは、敵対の意思表示ってことで構わねぇよなぁ!!!」


 協会の収集に応じた4人のSランク配信者のうちの1人、剣士ソードマン。白銀の長髪に粗暴な笑み。Sランクの中でも特に、戦闘に特化したスキルを持つ彼が、自身の身長よりも大きな大剣を構える。


「死ねぇ! 爆殺剣!!」


 剣で斬ったものを爆発させるスキル。自由自在にダンジョンを飛び回り、敵を爆殺する彼の戦闘スタイルは配信映えし、登録者も900万人を超えている。


 そんな彼からすれば、大きいだけの蜘蛛なんて敵にすらならない。ダンジョンには、こんな蜘蛛より大きい生き物が腐るほど存在する。Sランク配信者の彼らが、今さら巨大なだけの蜘蛛に驚く道理はない。


 剣士ソードマンの剣が、蜘蛛の胴体を両断する。


「こんなところで、あの馬鹿……!」


 そして、集まったSランク配信者の1人──リノンがそう叫ぶが、もう遅い。巨大な蜘蛛が、その胴体ごと爆発する。


「うわっ!」


 非戦闘員のダンジョン協会の幹部を抱え、なんとか爆風から逃れるリノン。Sランクの戦闘にも耐えるようにと造られた頑強な建物が、音を立てて崩れ出す。


「キャハハハハハハハハハ!!!! もったいねぇことしちまったぜ! カメラ、回しとくべきだったなぁ! これだけの爆発なら、さぞ配信映えしただろうに! まあでも──」


「避けなさい! 馬鹿剣士!」


 リノンの声が響く。


「はぁ? って、くっ……!」


 背後から伸びた黒い槍を、済んでのところでかわす剣士ソードマン。


「シシャァァァァァァァァァア!!!」


 爆発で粉々になった筈の蜘蛛が、叫びを上げる。蜘蛛の肉体が、一瞬で再生した。剣士ソードマンの爆発で粉々になった筈の蜘蛛は、水のように溶け出し一瞬で元の形に戻った。


「……あり得ねぇ。この俺の爆破が効いてねぇってのか?」


「グキャアアアア!!!!」


 先ほどの爆発なんてなかったかのように、蜘蛛はけたたましい叫びを上げ、暴れ始める。


「考えなしに動くんじゃないわよ、この馬鹿! ……とりあえず、私と花子のスキルで動きを止める。その間にあんたと、ススナで攻撃して」


「……ちっ、しょうがねぇ。分かったよ、お姫様。今はお前に従ってやる」


 剣士ソードマンが剣を構える。そしてその隣で、いつの間にか姿を現していたススナと呼ばれた小柄な少年が、小さく頷く。


「……了解」


 剣士ソードマンとススナが地面を蹴り、その後方でリノンと花子と呼ばれた茶髪の少女が、スキルを発動する。


 そして、激しい戦闘の末、巨大な蜘蛛……アークは動きを止め、元の少年の姿に戻った。普段は化け物と呼ばれるSランク配信者が4人がかりで戦い続け、辛勝。


 彼らが普段、配信活動をしているダンジョンの深層にも、こんな生物は存在しない。4人は倒れた少年を見て、大きく息を吐いた。


「あー、くそっ。んだよ、この化け物は。深層でもこんな生き物、見たことねーぞ」


 剣士ソードマンが長い髪をかきあげ、リノンは冷めた目つきで倒れた少年を見下ろす。


「……先に辺りの人間を避難させておいて正解ね。まさか、ダンジョン協会の本部が瓦礫の山になるなんて、流石の私も想像してなかった」


「なんにせよ、また動きださねぇとも限らねぇ。今のうちに、俺の剣で爆殺しとかねぇとな」


 剣士ソードマンが剣を握る。けれどリノンが、それを遮る。


「待って! ……あれにはまだ、聞きたいことがある。生きているなら、私に任せて」


「あぁ? なにぬりぃこと言ってんだよ。次、暴れ出せば今度は止められる保証はねぇ。弱ってる今のうちに殺しておくのが、当然の考えだろうがよ?」


 剣士ソードマンが眉をひそめるが、リノンはあくまで淡々と告げる。


「問題ないわ。あれの動きは。次は動く前に止められる」


「確証は?」


「スキルを1個しか持ってないあんたと、一緒にしないで。一度、戦った相手に私は負けない。あんたも知ってるでしょ?」


「あぁ?」


 2人が睨み合う。空気が震えるような殺気と殺気。彼らが本気で喧嘩をしたら、瓦礫になった協会本部が今度は更地になってしまう。


「あーもう、待ち待ち! なに喧嘩しとんねん、2人とも!」


 場の空気を壊すように、花子と呼ばれたSランク配信者の少女が口を挟む。


「あんたら2人にこんなところで喧嘩されたら、止めるんはうちやで? ほんま、これ以上余計な仕事増やさんといてくれや」


「あぁ? んだよ、花子。お前までこの俺に逆らうって言うのか? あぁ?」


「花子。悪いけど今は、余計な口を挟まないで」


 普通の人間なら卒倒してもおかしくはない、リノンと剣士ソードマンの鋭い眼光。けれど花子は気にした様子もなく、気だるげに癖っ毛な茶髪に指を絡める。


「ええから聞き。あんたら2人に、面白いこと教えたるわ。……さっき、京都の方から連絡があってん。この……アーク、やったっけ? なんにせよこのバケモンが、京都の方でも見つかったらしいねん」


「──っ!」


「なっ……!」


 リノンと剣士ソードマンの2人に、動揺が走る。都市一つを、簡単に燃やし尽くせるほどの魔力を保有したアーク。それとの対話の為、動けるSランクは皆、東京に収集されていた。


 他のSランク配信者はダンジョンに潜っているか、海外に出払っているか。……後は協会の言うことなんて聞かない問題児と、行方不明の人間だけ。


 そんな状況で今のようにアークが暴れれば、京都は一瞬で瓦礫の山に変わるだろう。


「くそっ! 誰か動けるSランクはいねぇのかよ! Aランク程度じゃ、太刀打ちできるレベルじゃねーぞ!」


「他人なんて当てにならないわ! 私が今から──」


 動揺するリノンと剣士ソードマンに、花子はからかうような口調で言う。


「大丈夫、大丈夫。京都の方も、アークの沈静化に成功したらしい。その連絡が、さっききとってん」


 花子のその言葉に、リノンと剣士ソードマンは目を丸くする。


「……マジかよ」


「それ本当なの? 花子」


「こんなことで嘘なんかつかんよ。2人も知ってるやろ? 新しくSランクに昇格した今話題の人。Sランク配信者シンヤ。彼が単独で、アークを沈静化させたらしいで? しかも、人的被害も物的被害もゼロらしい。うちらは4人がかりで、これやのにな?」


 リノンと剣士ソードマンは、何も言えずに黙ってしまう。Sランク配信者が4人がかりでなんとか動きを止めた怪物を、シンヤはたった1人で止めた。しかも、人的被害も物的被害もゼロ。


 あの化け物を相手に、どれだけの力があればそんなことが可能なのか。少なくともシンヤの戦闘能力は、ここにいる4人の誰よりも高いことになる。


「……これはちょっと、想像以上かもね」


 リノンは呆れたように、息を吐く。珍しく彼女は、どこか疲れたような顔をしていた。


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底辺ダンジョン配信者の俺が、相手に自分の方が強いと勘違いさせるスキル『威嚇』を使って有名配信者を助けたら、いつの間にか伝説になってたんだが⁈ 式崎識也 @shiki3

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