許されない者【完結済】
コアラvsラッコ
第1話 裏切り
全ては選定の剣と呼ばれる、この忌々しい剣を抜いた時から始まった。
ただの農夫に過ぎなかった俺が国の命令で招集され、選定の剣を抜く儀式に参加させられた。
何でも、神託が下り魔王の復活が予見されたらしい、それに伴いそれを討つための勇者の出現も。
そしてその見定めが、選定の剣『リーンカリオン』を鞘から抜けるかどうかをどうかで試されていた。
国中の男が集められ、順番に鞘から剣を抜こうとするが誰にも抜けない。
それこそ国の英雄とまで呼ばれた騎士様すら抜くことが出来なかったのだ。
そんな剣を、何の因果かただの農夫である俺が抜いてしまった。
それにより貧しくも平穏だった俺達の生活は一転した。
ただの農夫だった俺に戦闘技術などあるはずなく、国王の勅命で訓練のためと称して騎士として召し上げられる事になった。
俺はせめて妻と一緒に王都へ行くこと希望したが認められなかった。それどころか国は妻と別れるように半ば脅して来た。
いずれ国を担う立場となるのだから相手はもっと相応しい女にしろとも。
「ふざけるな」
俺はそう激昂し王の使者を怒鳴り散らした。
幼い頃から共に育ち、少しづつ愛を育み、ようやく去年結婚したばかりの愛しい存在をバカにされたようで許せなかったからだ。
散々揉めたが俺が譲らなかったので使者も諦め、妻のラナと別れずに済んだ。
ただやはり王都への帯同は許そうとしなかった。
話し合いは平行線のまま続くかと思われたがラナの一言。
「ここで、いつまでも貴方を待っていますから」
その言葉に絆され俺はひとり王都へと向かうことになった。
それからの俺は、使命の事よりいち早くラナの元に戻りたい一心で勇者として研鑽を重ねた。
結果、勇者として眠っていた俺の力なのかは分からないが、俺は元がただの農夫とは思えないほど力を付け、王国最強とまで呼ばれるようになるまで三年かかった。
その間ラナとは直接会うことは出来なかったが手紙のやり取りを頻繁に続け近況を報告しあっていた。
そこから事態が急変したのは本当に魔王が復活してからだ。リーンカリオンを通じて魔王の脅威がひしひしと伝わって来るようになり、放っておけば間違いなく国が滅ぼされるだろうと直感的に分かった。そしてそうなれば結果的にラナも危険にさらされる事にも。
だから俺は持てる力を全て使って戦った。
幸い魔王と戦う為の仲間として、俺とは違う選定により選ばれた聖女ファナ。
国の第三王女にして国内随一の剣の達人、剣姫のアリアナ。
そして賢者の弟子で魔術の天才ユリアンヌ。
この四人で復活した魔王軍との戦いの先陣を切り、魔王の幹部達も撃破していった。
それはもちろん簡単な事ではなく、俺も含めて何度も死にかけたりした。
その度にラナの笑顔を思い出し気力を振り絞って何度も窮地を脱してきた。
正直に言えば俺は人々の為という崇高な目的ではなく、ただラナが平穏に暮らして行けるようにと戦っていたのだ。
そして魔王を討伐するのに七年かかった。
結果的にラナの元を離れてから十年の歳月が流れていた。
当然その間望郷の念にかられ会いに行こうとしたことがあったが出来なかった。
理由は周囲からラナが勇者の妻と知れれば命が狙われると忠告されていたからだ。
しかし、魔王を倒した今、俺達の隔てる壁は完全に取り払われた。失った十年を取戻す意味でもすぐにラナに会ってあの笑顔を見たかった。
俺は止める仲間を無視して魔術を使って急いでラナの待つ故郷の村へと帰った。
けれど俺はそこで見た光景に絶望する……。
急いでたどり着いた村外れの一軒家。俺とラナが結婚祝に村長から贈られた小さいながらも愛しい我が家、その変わらない姿に思わず涙が零れそうになる。
そんな大人ながらに涙を流し立ち尽くす俺の横を、少年が元気よく横切り、何故か俺の家へと入っていく。
途端、嫌な考えが頭を過る。
ずっと考えないようにしていた事。
どんなに愛していたとしても十年という月日は長すぎる。それこそ人が心変わりするくらいに。
俺はずっとラナの事を想い続けていたが、相手が同じ想いを抱き続けていたかどうかなんて分かりようがない。ただやり取していた手紙には子供の事など一言も書かれていなかった。
俺は魔王と相対したとき以上の恐怖で、恐る恐る窓から中を覗く、すると見えたのは先程の少年の頭を親しげに撫でる俺の知らない男の姿。そしてそれを見守る優しい表情のラナ。その眼差しは昔俺に向けてくれた時と同じもので、何度も夢にまで見た俺が大好きだったラナの笑顔だった。
それを見た瞬間、全てを悟った。
もうラナは俺とは違う人生を歩んでいるのだと……少年の年頃からすると、男とはそれなりに長い付き合いなのだろう。
脳裏に浮かぶ「ここで、いつまでも貴方を待っていますから」というラナの言葉。
ずっとその言葉を支えに戦ってきた。
もちろん心の隅では不安もあった。
このような事になっているのではと……。
でも信じていた。
信じていたからこそ、ラナにはちゃんと伝えて欲しかった。ハッキリと待てなくなった、他に好きな人が出来たと。
きっとその時、俺は凄く落ち込むだろう。
でも、今日のように裏切られたと感じることなど無かった。ラナに失望することは無かった。
例えすぐには無理でも、もしかしたら時が経てば祝福も出来たかもしれない。
それこそ年月が人を変えることは俺も知っているから。
そう人は変わる。
でも、やっぱり俺の心の中では。
『ラナ……それは無いだろう』
どんなに痛くても苦しくても泣いたことのない俺の目から自然と涙があふれる。
本当なら怒りに任せて怒鳴り込んで、ありったけの罵声をぶつけてやりたい。
でも、あんな幸せそうなラナの笑顔を見てしまっては、それを壊すことなんて俺には出来なかった。
俺はそっと家を離れると、最後に思い出の場所に立ち寄る。
そこは村の高台にある大きな木。
俺とラナの思い出が詰まった場所。
ラナに告白した場所。
プロポーズしてラナが頷いてくれた場所。
今は遠い過去の記憶。
それを振り返るように日が暮れるまで立ち尽くす。
そうして、ようやく涙も枯れ頃。
近づく気配に振り返ると何故かそこにはファナとアリアナ、少し離れてユリアンヌが居た。
「どうしてここに?」
「お忘れですか、私達は互いの位置が分かるようにこの宝珠を持っているのですよ」
ファナが手にした光る宝珠を俺に見せる。
ほとんど離れる事などなかったので忘れていたがお互い何かあった時の為に持っていた物だ。
「その、なんだ辛いことがあったんなら話してくれ、オレたちは仲間だろう。それこそ、ずっと死線を乗り越えてきたかけがえのない仲間なんだからさ」
アリアナが姫らしくない乱暴な言葉で詰め寄る。
乱暴な言葉遣いでもそこには間違いようのない温かさがあった。
枯れた筈の涙が溢れ、俺は始めて三人の前で弱さを曝け出した。
ずっと大好きで愛おしいラナの笑顔を支えに戦ってきた事。
その大好きだった笑顔が知らない男に向けられていた事。
なにより、その笑顔を守るために今まで戦ってきたのに、自分自身がその笑顔を壊すことなんて出来ないという事。
事情を聞いた三人は各々で違う感情を見せる。
「辛い決断でしたね勇者様……せめてその心の傷が癒えるまでは側にいさせて下さい。でなければ余りにも勇者様が報われません」
俺の決断を尊重しつつ、共に涙を流し俺を慰めるファナ。
「くっそ、勇者の想い人だから我慢してたが、許せねえ、お前が出来ないなら俺が父様の力でも何でも使って追い込んでやるから、その少しは元気出せよ、オレだってその側に居てやるからさ」
俺の代わり怒りをあらわにして憤るアリアナ。
「うん、まー、とりあえず殺っちゃう?」
唯一、マイペースなユリアンヌ。それでも俺を気遣ってくれていることは分かった。
改めて仲間の有り難さを実感した俺は、三人に感謝しつつ、辛い思い出に変わってしまった村から離れ王都に戻る事にした。
そして王都に戻り魔王討伐を報告した俺は救国の英雄として褒め称えられた。
一番欲しかった人からの言葉は聞くことが出来なかったが、喜んで感謝される度に、自分のしたことが皆の笑顔を守ったのだと思えて少しだけ自信になった。
それから目まぐるしく周囲が変わっていき、それに伴い俺の立場を巡って一悶着あったりした。
国としては褒美として貴族としての爵位と領地をあてがわれ。
教会からは神託を成し遂げた勇者として枢機卿としての地位を与えられた。
魔王を倒したら農夫に戻るつもりだった俺には不相応の扱いに戸惑いつつ、ファナとアリアナからの助言もあり結果的にそれを受け入れた。
正直、政は分からないが国も教会も勇者の力を取り込みたいということらしい。
そして、その争いの延長線にあるのか、降って湧いたように、俺とアリアナとの間に婚姻の話が持ち上がる。
その事により教会も遅れを取れぬとばかりにファナとの婚姻話まで出る始末だった。
正直ラナの事もあり、そういう事は考えたくなかったが、いつも側に居て親身になって俺を支えてくれているファナやアリアナの気持ちに気付かないほど鈍感でも無い俺は覚悟を決める。
ラナがもう俺とは違う道を歩んでいるのなら、俺は俺の道を歩むべきなのだと。
結局、俺は二人と相談し、どちらか一方にバランスが傾かない為にも、ファナとアリアナ二人と婚姻する事に決めた。
重婚は貴族では珍しくなく爵位を得た俺なら大丈夫だろうと寧ろ二人が率先して受け入れていた。
そして、何故か俺にそういった感情を抱いていなかったはずのユリアンヌまでちゃっかり三番目の座を確保していた。
どうやら、魔術の研究に専念したいユリアンヌとしては、今後増える求婚の誘いに対して俺を体のいい隠れ蓑として使いたいらしい。
ユリアンヌらしい提案に俺達は苦笑いしながらも受け入れ、結果として勇者パーティは勇者ファミリーになるのことになった。
国や教会としても救国の英雄達が結ばれるのは民意を得る格好の行事となり、盛大な結婚式展が開催されることになった。
盛大な結婚式展の噂は瞬く間に国中へと広がり、半ばお祭りと化し、それに参加しようと王都に大勢の市民が押し寄せた。
そしてその中にラナの姿もあった。
彼女は王宮に押しかけると自分が勇者の本当の妻だと喚き散らしたらしい。
衛兵も俺の名声に便乗しようとしたたちの悪い女だと思い取り合わず追い返していたようだ。
あの小さな家で幸せそうに笑っていた筈の彼女が今更俺の名声に縋り付く態度に心を痛めつつ、そのあさましい姿に微かに残っていた思いも色褪せていく。
彼女は何度も王宮に押しかけて来たようで、その余りの言動により逮捕され牢に入れられていた。
そして、俺がそのことを知ったのは結婚式展の前日だった。
俺は過去の因縁を断ち切る為、彼女に合うことに決めた。
久しぶりに会った彼女は見違えたようにやつれ、髪は乱れ、青白くボロボロの姿だった。
彼女は俺に会うなり訴えかけてきた。
「どうして、どうして、私の元に戻ってきてくれなかったの」と。
だから俺はあの日目にした出来事を話し、お互い違う道を進むべきだと促した。
しかし、彼女は目を背け「ちがうの、ちがうの」としきりにつぶやくだけでらちが明かない。
俺はせめてもの手向けとして袋に入った金貨を渡す。それは慎ましく暮せば家族で一生暮らせる額で俺なりに、彼女の幸せを願っての餞別のつもりだった。
彼女はそれを受け取ると、よほど嬉しかったのか狂ったように笑い出し、牢から出した後はフラフラとまるで幽鬼のように去っていった。
その後、ラナともケリをつけられた事もあり、晴れやかな気持ちで結婚式展に望めた俺は、美しい花嫁達と変わらぬ愛を誓い、無事に式典を終えたのだった。
――――――――――――――――――――
次回は妻側の視点になります。
※
一部追記しました。
仲間三人に弱音を吐くところです。
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