第6話 微笑みの意味

 俺の言葉を受け、男は俺を家の中へと案内する。


 勝手知ったる家の中は昔と変らない様子だったが、ところどころに年月の積み重ねが感じられた。 


 男は俺に席を勧め、自分はその正面へと座る。

 エレナは敵意だけをこちらに向け、男の隣へと座った。


 俺は本題だったグラナのことよりも、どうしてここにラナが居ないのかの方が気になり、まずその事について尋ねた。


 少しトゲのある言い方で。


「どうして、あなた達がこの家に居るのか」と。


 俺の言葉にエレナが真っ先に反応して怒りをぶつけようとしてくるが、男がそれを宥める。


 そして、男は目を閉じて何かを決意すると、事の経緯を話し始めた。


 男の名はカイルと言い、俺が召し上げられた後、ラナの護衛としてこの村に派遣されてきた男らしい。


 そして、カイルは国から護衛とは別に一つ密命を受けていた。

 俺とラナを別れさせる為に、ラナを誘惑し不貞を煽る事で俺とラナを別れさせようとしていたらしい。


 話を聞いた時は、まんまと策に嵌った事に怒りをぶつけようとしたが、話には続きがあった。


 カイルが言うには、ラナは一切カイルの誘いには乗らなかったと、それは隣のエレナも証言した。


 二人の言葉に違和感が膨らみ、自分が見た光景は何だったのかと疑問だけが浮かぶと共に、ここにラナが居ない理由にはなっていない事に気付く。


 俺は改めて「ラナは何処だ」と尋ねる。


 するとカイルは悲しげに俯くと言った。


「ラナさんは、十年前のあの日、貴方の結婚式展に向かったまま帰ってきませんでした」


「そんなはずは、あの時、ラナとは話をして……」


「ええ、知ってます。貴方がその時、ラナ姉さんを捨てた事も、わざわざ高額な手切れ金まで渡して」


 隣で話を聞いていたエレナが我慢しきれず口を開く、それは咎める口調で俺を責めているものだった。


「待て、誤解なら、何故その時弁明しなかった」


「アナタがそれをさせなかったのでは? まあ、田舎娘より、聖女や姫様のほうが魅力的なのは分かりますけどね。それにしたって、酷すぎます。ラナ姉さんはずっとアナタを待ち続けていたのに、ずっとアナタとの思い出を楽しそうに話しながら……」


 ラナのことを思い出して感情が高ぶりすぎたのか、エレナは涙を流して言葉が出なくなった。


 その姿に俺の鼓動が早くなる。

 どう見てもエレナが嘘をついているとは思えないからだ。


 なら、本当にラナはどこへ?


 そんな俺の疑問に答えを示すため、カイルは席を立つと色褪せた紙切れを持ってくる。


 俺は渡された紙を開き中を見る。




 グラナへ

 今の貴方には、まだこの手紙の意味を理解出来ないかもしれない。


 今だって私の帰りを待つ貴方の姿が思い浮かぶのに、貴方の元へと帰ることが出来ない弱い私を。


 貴方への愛より、最愛だった人との別れに耐えられずに逃げてしまう弱い私を。


 母として強く在れなかった私を許して下さい。



 本当は貴方に、お父さんと一緒に沢山の愛情を注いであげていきたかった。

 貴方が元気に育っていく姿を二人で見守って行きたかった。


 でも、残念だけどそれが叶わなくなって。

 せめて私だけでも貴方の幸せのためにはと分かっていても、気持ちがどうにもならないのです。


 けれど、こんな事を言う資格が無いのは分かっていても、貴方には幸せになってもらいたいという気持も失くなる事はなくて。


 だから、せめてこの金貨を託します。



 もし、貴方がこの手紙の意味を理解出来るようになった時、貴方は私を恨むでしょう。


 お金なんかで貴方の幸せを願う、親としては最低の私を、だからその時は許さなくても良い、怨んでくれても構わない。


 だけど、貴方を不幸にすると分かっていても、自分のこれからすることを止められない私だけど、貴方の今後の幸せを最後に願う事だけは許して下さい。


 最後まで身勝手な母親でごめんね。


 私の元へと生まれてくれてありがとう。


 幸せになってね。





 そこは見慣れた拙い字。

 直ぐにラナの手紙だと気が付いた。


 そして、そこに書かれていた内容に俺は胃を掴まれたような痛みと、吐き気が込み上げ、体が震える。


 まだ、外は明るいのに目の前が真っ暗になるような感覚。

 今まで何度も死地を潜り抜けて、魔王と対峙した時する感じなかった圧倒的な絶望感。


『俺は何をした……何をした……何を…なにを……なにを……なに……な……なにを』


 

 自分のしでかしたことが頭の中に蘇る。


 もし、カイルとエレナの言葉が真実だとして、手紙の内容が……いや、間違いなく彼等の言っていることが正しく、俺はただの勘違いからラナを……。


 そう、十年も一途に待ってくれていたラナに俺は何をした。


 なぜ、俺はあの光景を見た時。どうしてラナを信じて声を掛けなかったのか。

 

 それにあの時も、王宮に訪ねてきたラナの様子が普通ではないと違和感を覚えつつも、お互いの幸せの為などと称して金で物事を解決したつもりでいた。

 明らかにその後のラナの様子がおかしかったのにも関わらず俺は、それでも見て見ぬふりをして、勝手にお金に喜んだものだと無理やり解釈した。


 あの話の時もそうだ、兵から自殺者が出たと聞いた時、一瞬だがラナの事が脳裏に浮かんだのに聞かなかったことにした。

 もし、あの時、せめて話を聞いていたら、この最低最悪の結末だけは防げたかもしれないのに。


 そう最低最悪の結末。

 俺はラナの手紙にあった最後の願いすら断ち切ったのだ。


 彼女が最後に幸せを願った相手。

 手紙の宛名にあったグラナという名前。


 領内でその名を聞いた時、最初から心当たりがあったのは当然だった。

 忘れかけていた思い出、忘れようと必死だった思い出。

 村外れの丘でなんとなしに話した二人に子供が出来たらという、たらればの他愛のない話。そこで決めた息子の名。


 つまり愚かな俺は、他ならぬ自分の手で、最愛だった人との間に生まれた息子を手に掛けたのだから。


 それを自覚した瞬間。

 絶望の波は最高潮に達した。


 言葉にならない慟哭が部屋中に響く。


 泣く資格など無いのに自然と涙が溢れる。


 そして思い浮かぶグラナの顔。


『ああ、だからグラナは満足したのか、俺に復讐を果たすこの未来を予測して』


 彼が……息子だったグラナが向けた最後の表情の意味を知る。


 恐らく、グラナはこうなることを予測していたのだろう。だから街中で自分が俺と同じ故郷だと吹聴してまわり、否応でも俺に認識させるために娘達を拐った。


 そして、俺を絶望のドン底に叩き落とす為だけに自分の命すら利用した。


 そして、彼をそこまでさせてしまったのは間違いなく俺である。

 知ることのなかった自分の罪が目の前に突きつけられる。


 自分が本当に一番守りたかったものを、自らの手で全て壊した愚か者が誰であったのかと。


 いっそ狂って思考放棄できたのならどれだけ楽だろう。でもそんな甘えは俺自身が許さない。


 これからどうするべきなのか、その考えが頭の中を駆け巡る。

 カイルとエレナは何か声を掛けてきていたが、それすら耳に入ること無く、俺はフラフラと何かに導かれるように自分の家だった場所から出ていくと、あの場所に向かった。




―――――――――――――――――――


当初の予定していたプロットで行くために、コメントを再開します。


 あと、メンタル鍛える意味で新作を公開しました。


 宜しければ見てやって下さい。


【タイトル】

「彼と彼女のやり直し」

 https://kakuyomu.jp/works/16817330660677846767

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