第7話 咎人


 俺は無意識の内に村の高台に来ていた。

 そびえ立つ大きな一本の木と変らない景色。


 忘れていたラナとの思い出が一気に蘇る。


 溢れる涙が止まらず、みっともなく嗚咽を漏らし膝を付いて項垂れる。


 ここで、俺はラナと恋人になった。


 ここで、俺はラナにプロポーズして、永遠の愛を誓った。


 そして、ラナも永遠の愛を誓って応えてくれた。


 思い返さないようにしていた幸せな日々。


 あの日、それが全て打ち砕かれたと思っていた。


 そう思っていたことは全て逆だった。


 俺自身が全てを打ち砕いたのだ。


 そして、その事を断罪してくれる人はもう居ない。愛していた妻と、愛するはずだった息子。


 その俺を罰してくれる相手は、どちらもこの世から去った。妻は間接的に、息子は自らの手で殺した。


「ハハハハっ」


 乾いた笑いがこぼれる。


 世間では魔王を倒した勇者などと持て囃してくれる。だが俺は愛する人と息子を守るどころか自ら手で壊した、戦うことしか脳のないただの人殺しだ。


 そう自分の罪を自覚する度にラナの笑顔が頭でフラッシュバックする。


 グラナの最後の微笑みが何度も脳裏に蘇る。


 掛け替えのない存在になるはずだった二人。


 無責任にも二人の後を追いかけようとする思いに囚われ、首を振る。


『いや、まだだ』


 死ぬなんてことはいつでもできる。

 それが例え自己満足だけの贖罪だとしても、今じゃない。


 確かにこの事の最大の原因は俺自身にある。

 いまさら罪を言い逃れするつもりもない。


 ただ、不可解な点が多いのも事実だ。


 そもそも、あれだけ手紙のやり取りをしていたのに、何故息子の話が一度も出なかったのか?


 俺に心配掛けないようにとの配慮も、全く考えられない事では無い。

 しかし、やはり違和感が拭いきれない。


 こんなことなら手紙を焼かずに取っておけば良かったと、今更ながら未練がましい感情にとらわれる。


 だが、すぐにそんな愚かな自分を叱責し、ヤルべきことの為に動くことにした。


 カイルの話からしても、意図的に俺とラナを引き離そうとした者達が居たはずだ。まずは、そいつらに責任を取らせないといけない。


 この最悪な結末を招く要因になり得た、俺も含めた全ての者に断罪を与える。


 それが、まだ生き恥をさらしてなお、死ねない理由になった。


 

 それから領内に戻ると秘密裏にこの件に関する事を調べ始めた。


 もう十年も経っている為、なかなか求める答に辿り着けないでいたが、勇者としての力と権威さえ使って調べ尽くした結果、一人の人物に辿り着いた。


 信じたくなかった。

 信じられなかった。


 だって、彼女はいつも俺の側に居て、いつも俺を気遣って、俺を愛してくれていた人。

 俺が最も信頼していた筈の一人のだったから。

 

 しかし、物的な証拠は無かったが、当時の関係者から聞き出した状況から彼女が関わっていることは間違い無い。


 だから、せめて彼女の口から真実を聞きたかった。そうしなければいけない理由を知りたかった。


 聖女とまで呼ばれ高潔だった者が、そんな下賤な企みに手を貸していたのかを。




 夜中に呼ばれた彼女は、閨事だと勘違いしたようでネグリジェの上からナイトガウンを纏った姿で現れた。


 いつもなら愛らしく思えるその姿も、今の俺には冷めた目でしか見ることが出来ない。


 そんな俺の視線とただならぬ雰囲気にきがついたのか、ファナは優しげな微笑みから緊張した表情に変わる。


「その……ご要件はなんでしょうか?」


 ファナの問に、俺は少しだけ目を閉じ覚悟を決める。


「俺は君のことを信頼している。だからこそ単刀直入に聞く、ラナとの手紙のやり取りについて知っていることを教えてほしい」


 俺の問に、ファナの目が大きく見開き、驚愕の表情に変わる。

 その変化は、彼女が関与していた事を雄弁に物語っていた。


「……知ってしまわれたのですね」


「ああ」


「やはり、あの青年が切っ掛けですか?」


「そうだ……グラナの事も知っていたのだろう」


「…………はい、ティアとアリエスをさらった者の名を聞いた時すぐに思い至りました」


「では、俺が何をしたかも理解しているのだな」


 ファナが悲しげに目を閉じる。


「できれば貴方には何も知らないまま平和な時を過ごして欲しかった」


「ラナの犠牲の上にか」


「はい、彼女の事に関しては全ての責任は私あります。だからこそ断罪するのなら私を、自分を責めないで下さい」


 ファナの今更な言葉に苛立ちを覚える。

 罪を自覚していたのならなぜすぐに告白しなかったのかと、それが聖女と呼ばれた者のすることなのかと。


「まずは全て話して欲しい。なぜ俺を裏切るような真似をしたのか」


「裏切ってなど……いえ、貴方にとっては間違いなく裏切りですね。そんな簡単な事さえ私は気付かぬふりをして誤魔化そうとしておりました。本当に聖女などと呼ばれていたのが烏滸がましい」


 ファナは膝をつくと両手を組んで祈りを捧げるような仕草をする。


「これから告白することは聖約の元、嘘偽りないことを貴方に誓います」


 ファナは自分に聖約を掛け、嘘を付けないように自らを律した。


 そして神の代わりに、俺へ懺悔するかのごとく頭を垂れ、己の罪を語りだした。




「切っ掛けは、手紙が間違えて紛れ込んだ事から始まりました」


 すぐに、その手紙がラナからの物で有ることに思いいたる。


「誓って、その時は他意など無く、間違って読んでしまったに過ぎません。しかし書かれていた内容は看過できない内容のものでした」


 今の俺なら書かれていた事に予想が付く。

 

「それはラナ様にお子様が生まれていた事。それが貴方の子である事。すぐに報告出来なかった理由などが綴られておりました」


 ファナの話は予想通りだった。

 でも、ひとつ疑問が浮かんだ。


「疑問にお思いですね。なぜ私がその事実を隠す必要があったのかと」


 それを見越したようにファナが告げる。

 隠蔽した理由を。


「あの当時、私は教会の教えが全てでした。ですから知り合ったばかりの貴方は、まだ神託を実現するための存在で、貴方の事を良く理解していなかった。だから私は恐れてしまいました。あなたが使命よりも家族を優先するのではと」


 ファナと知り合った頃といえば武術大会で優勝したあたりだろう。

 確かにあの時は、知り合ったばかりでまだお互いに信頼関係など結べていなかった。

 それにあの頃から俺は、しきりに世界よりラナの為に戦うと言って憚らなかった。

 もし、それを聞いていたのならそう心配をするかもそれない。今ならそれも理解出来る。

 ただ、理解は出来るが納得いくものでは無い。

 それにその後もラナとは手紙のやり取りを交わしていた疑問も残る。


「そこまでは分かった。だが俺は、それ以降も確かにラナと手紙のやり取りを交わしていた。それもファナ……君が絡んでいるか?」


「はい、ここから先は更に私の卑しい部分になります」


 ファナは何か覚悟を決めた眼差しで俺を見る。

 そしてさらなる罪を語り始めた。

 




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