第8話 それぞれの罪

「はい、ここから先は更に私の卑しい部分になります」


 私はそう告げると、最愛の人を見る。

 きっと全てを知ればあの人は私に失望して、築き上げた何もかもを失うだろう。


 結局、グラドの言う通り、この幸せは彼女の……ラナ様の犠牲の上に成り立っていたのだから。


 私やアリアナが望む彼の幸せと、彼が望んでいた幸せは元からズレていたから。


 もう、何もかも取り返しがつかないけど、ここまで行き着いてしまったのなら、後は彼の気の済むように行動させてあげたかった。


 その結果、私の首を差し出すことになったとしても。



 だから私は、ラナ様の手紙の経緯を洗いざらい話した。



 最初にご子息であるグラナ様が生まれたという手紙を握りつぶした事から始まり。

 今後の手紙と整合性が取れなくなる恐れがあった為、以降のやり取りはラナ様側の手紙は、全て検閲の名目で私の所を通すように指示し、内容を確認した上で、私が筆跡まで似せて代筆していた事。

 当然、グラドの手紙は私の方で止まっており、ラナ様の元には届いていなかった事も。


 それが教会の権力と聖女の権限で行われた事も伝えた。


 最初はラナ様から送られてきた手紙を元に返事を書いていていたが、次第に話が噛み合わなくなってきた為、途中からは完全にラナ様になりきって手紙を返していた事も話した。

 

 彼は驚いていた。そして悔やんでいた

 気付けなかったと。


 それは私からすればラナ様と変わらぬ親愛を示したという誇らしさでもあった。


 だって、途中から私はラナ様のフリをしながらも、グラドに本当の愛情を抱くようになってしまっていたから。


 でもそれは、最も卑しい行為の結果でもあった。


 彼からの心からのいたわり。

 愛の囁き。

 変わらぬ親愛を示す言葉。

 その本来ラナ様に向けられるべきモノを私は横から掠め取った。

 そして、さも自分が愛されているかのように感じて返事をしていたのだから。


 それを聞いた時の彼の顔は酷く歪んでいた。

 

 きっと形容しがたい感情に飲み込まれていたのだろう。


 当然だと思う、今まで信じていた女が聖女どころか、悪しき魔女にも劣る行いをしていたのだから。



「……そうか、ひとつ聞きたい、俺がラナとの家で見た、あの男の事も知っていたのか?」 


 黙って話を聞いてくれていたクラドから質問される。私はあの時の心情を交えて答える。


「いえ、あの時は、その男の方に関しては存じ上げていませんでした。ラナ様の手紙にも記載はありませんでしたので……ですから私は都合好く考えてしまいました。ラナ様が本当に違う男と浮気したのだと」


「……あの時はと言うことは、今は違うと知っているのだな。誰から聞いた」


 しかし、グラドは私の言葉から、ひとつの指摘をする。

 彼に言われた事でハッとさせられる。

 確かに今の私は、あの男の人がラナ様の浮気相手などではないことを知っている。

 当然、その話を聞いた相手がいるから。

 でも、彼女まで断罪の対象にするわけにはいかなかった。

 私が答えられずにいると、大きなため息を吐いた。


「沈黙が、逆に答えを語っているぞ」


「違います。彼女は手紙の件には一切関わっていません。ただ伝えなかっただけです。いいえ伝えられなかった。貴方の悲しむ姿を見たくなかっただけなのです」


 私が必死に擁護するもグラドの表情は厳しいまま。


「お願いです。彼女には情けを、断罪するなら私だけを。どうか私の首をラナ様への贖罪としてお切り下さい」


 そんな必死の言葉にグラドは首を振って答える。


「俺にまた、子供達から母を奪えというのか?」


 その言葉に、自分の変らない浅はかさを思い知らされる。


「申し訳ありません」


 私は項垂れ頭を床に着ける。


「いい、何よりも罪深いのは俺自身だ。だがその上で真実を知りたい。だからこそ俺はアリアナからも話を聞かねばならん」


「……はい」


 こうなったら私も頷くしか無かった。


 グラドは使いを呼ぶと、アリアナを呼んだ。


 そして、アリアナも私と同様に罪を告白することになった。






 突然グラナに呼ばれた。さっきファナを部屋に呼んでいたので疑問に思ったが、続けて私を呼んだということですぐに分かった。きっと一番恐れていた事態、そう事実を知ったのだろう。


 あのグラナという青年が領内に来た時からこうなることは運命だったのかもしれない。


 グラドに自らの手で息子を殺めさせてしまったのは、私の責任だ。


 私が知っていながら黙っていた事が原因で……。




 彼がラナとの間に生まれた息子と知ったのは結婚式展からしばらくしてからの事だった。



 カイルという騎士が除隊を願い出た時に私への謁見を願い出ていた。

 立場的に普段なら取り次がないのだが、たまたま居合わせていた事と、なによりグラドの名が出ていた事が興味を引く切っ掛けになった。

 謁見を願い出た本人も、まさか私が応じると思っていなかったのだろう。私を見るなり驚いた。それと同時に立場を弁えず怒りをぶつけてきた。

 王国騎士にあるまじき行いに叱責したが、彼から帰ってきたのは「お偉い方なら、何をやっても許されるのですね」という皮肉。


 今までの私は、剣士として、なにより王国騎士として自らに恥じない生き方をしてきたつもりだった。

 だからこそ、この男がどうしてここまで憤ってるのかが気になり話を聞いた。


 そして、話を聞き終わった時、頭の中が真っ白になった。


 まずカイルは、グラドが見たというラナと一緒に居た男だった。

 

 しかも、蓋を開けてみれば、そのカイルにラナを籠絡するように命じたのは他ならぬ王国側からの指示。

 だが、その命は果たされること無く、ラナは操を守り通したのだと言う、しかもグラドとの息子を育てながら。

 カイルは、その事を何度も報告に上げていたらしい、任務が失敗したことと、責任を取って除隊する旨も、その事を勇者にも伝えるべきだとの意見書も添えて。だが、その回答は今回の結婚に至るまで、延々と先延ばしにされ、認められたのは除隊だけだったらしい。

 最後の試みとして除隊手続きに合わせて、ダメ元で私への謁見を願い出たのだと。


 もし、それが真実なら、話は変わってくる。

 彼女は何より誉められるべき人物で、責められるべき節操なしなどでは無いのだから。


 私はすぐに彼女の行方を追った。

 話によると何日か前に王都に来ているという情報からくまなく探させた。


 そして、見つかったのは彼女の変わり果てた姿。

 王国が秘密裏に死体を安置する場所でだ。


 すなわちそれは、彼女の件に王国の者が絡んでいる事の裏付けでもあった。


 こうなる前に止めれなかった自分に苛立つと共に、このまま秘密裏に葬られる事が許せず、私は遺体を引き取ると丁重に弔った。

 

 それと同時に涙が溢れた。

 自ら死を選んだ彼女の気持ちが理解出来たからだ。


 十年も待ち焦がれた愛おしい相手に、かたち的には裏切られたのだ。

 もし同じ立場なら、私も同じ事をしかねないと。


 しかし、彼女からすれば私の同情なんて烏滸がましいだろう、なにせ私はグラドを奪った側の立場の人間なのだから。

 その事実に気付いた時、私は初めて自分自身の矜持を失いかけた。


 意地汚い王宮にあって、誰よりも恥じない生き方を志し剣の道に己を捧げ、高潔な存在でいようとしたはずなのに、結果として一人の女性の幸福を横から奪ったのだ。


 これは略奪で、知らなかったでは済まされない。


 だからこそ、すぐにこの事をグラドに伝えるべきなのは分かっていた……わかっていたのに出来なかった。


 ようやく気持ちを切り替えて私達と結ばれる事に喜び、笑ってくれるグラドの顔が浮かんだ。


 もし、グラドがこの事を知れば、自らを責めるだろう、下手をすれば後を追い掛けるかもしれない。


 そんな不安が頭をよぎる。

 幸いこの事を知っておるのは私だけ、私だけが黙っていれば……。


 そしてこの時、私は自らの矜持を捨てた。

 自身が嫌悪していた社交会の貴族令嬢達と同じように、したたかで打算的な行動に移った。


 つまり、全てを黙殺して無かったことにした。


 カイルにも圧力を掛けた。

 この件を内密にすると共に、自らグラドに接触しないようにと、彼にとって大切な人を人質にとるという卑怯な真似をしてまで。


 いま考えれば、確かにグラドの事を案じていたのも間違いないが、それ以上に私がグラドから離れたくなかったのが本音だろう。


 つまり高潔な騎士としてより、愛する人の側に居たいと願う女の私が勝った。

 それを示すかのように、その頃から自分のことをオレから私と言うようになっていたのも内面の現れだろう。


 でも、そんな矜持を捨てた私にも、己を正すチャンスがあった。

 

 それはカイルから連絡で、グラナの事についてだった。

 帰ってこないラナの代わりに養子として育てても構わないか、という承認を得るためのものだった。


 きっとその時が私が踏みとどまる最後の機会だったのかもしれない。


 しかし、私は許可した。

 本来ならこちらで引き取って育てるのが正しい選択だと分かっていながら。私は彼を引き取ることで、そこから全てが露見してしまうことを恐れてしまった。


 今だからこそ分かる。

 その選択が間違いだったと。


 もし、あそこで私が全てを話していれば、自らの手で息子を手に掛けるなんて悲劇を生まなくて済んだのだから……。

 


 私は覚悟を決めてグラドの元に向かった。

 

 


 


 



 

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