第9話 絶望の先の希望
ファナとアリアナから話を聞いた。
二人は俺がグラナを手に掛けるまで、互いに秘密を守り通してきた。
しかし、グラナの死が切っ掛けになり、秘密を隠しておけなくなったと感じた二人は互いを頼った。
そこで初めて互いの罪を知った。
最初は俺に洗いざらい罪を自白することも考えたそうだが、それぞれの娘であるティアとアリエスの存在が二人の決意を鈍らせた。
いつか知られる時が来ると分かっていても、もしかしたら「このまま何事もなく」という想いが捨てられなかったらしい。
その弱さは分かる。
俺もそうだったから。
事実から目を背け、希望的観測に縋る。
その場は楽かもしれない。
でも、事実は覆らない。
自分のしてきたことが何処までも追いかけて来る。
その成れの果てが、今の俺と彼女たちだ。
俺は当初、関係者全てを断罪することも考えていた。
もちろんそこには俺自身も含まれていた。
けれど彼女たちの罪を知って、憤って、悲観して、残ったのは絶望。
もし、関係者全てを断罪するのなら彼女達だけ例外など許されない。
そして、彼女達を断罪すれば、グラナと同じ事を娘達に強いることになる。
立ち行かなくなった俺は途方に暮れる。
アリアナが秘密裏に領内へ移してくれたラナの墓石の前で。
「どうすれば良い?」
答えが返ってくる筈無いのに呟く。
娘達だけの事を思えば、このまま何も知らなかったことにして生きていく選択もある。
だが、知ってしまった以上、もう元には戻れない、妻の二人に心からの笑顔を向けることは出来ない。いずれその違和感に娘達も気が付くだろう。
隣に目をやると新しく出来た墓石。
ファナが、せめてもとラナの隣にグラナを埋葬してくれたらしい。
感謝と同時に、今更何をという気持ちもある。
自分の事を棚に上げ、偽りの手紙で俺を騙し続けたファナを責める気持ち。
何故もっと早く打ち明けてくれなかったのかとアリアナを責める気持ち。
きっと、それが晴れることはない。
そして、負の感情のままに彼女らを断罪しても変らない。
それこそ極端な話をすれば、王国に責任を追わせて王族を根絶やしにし、教会上層部の首を全員刎ねたとしてもだ……。
何故なら一番許されない者は俺自身だと分かっているから。
俺が誰よりも、俺を憎んでいるから。
全てに断罪を求めたのも結局、俺はやり場のない怒りを他者にぶつけたかっただけなのかもしれない。
何処までも自分本意で愚かな考えだ。
きっと俺の人生はあの瞬間、ラナと決別を選択した時点で終わっていたのだろう。
そう、俺の生きる意味は、最初からラナと共にある事しかなかったのに、それを切り捨てれば俺に生きる意味など無かったのだ。
そうなると俺の残された道はひとつだけしかないと思えた。
そんな時だった。
女が俺に呼び掛けてきた。
「まだ、希望はある」
声の主は、俺と形ばかりの結婚をし、終始魔術の研究に没頭していたユリアンヌだった。
「……珍しいな、研究室から出てくるのはいつ以来だ?」
ファナとアリアナと違い、ユリアンヌとは話す機会はほぼ無かった。
そんな久しい友人の登場にも喜びは無く、俺の気持は暗く沈んだままだ。
「聞かないの?」
「何をだ?」
正直、彼女の言葉は耳に入っていなかった。
「私が言う希望がなんなのかを」
「希望か………もう俺にそんなものは無いよ」
自嘲気味に笑う。
いつも研究室に籠もっている彼女が、ここに来たということは、今回の件もあらまし知っているのだろう。
「あるよ。それこそ全てをやり直せる可能性が」
いつもは魔術以外の事には眠そうで無気力なユリアンヌが強い口調で告げる。
「はあ、どんな夢物語を言っている」
それでも、俺は簡単に信じられなかった。
「もちろん、簡単じゃないよ。でも可能性はある。でもあくまでも可能性であって確実でもない。でも成功すれば救える。貴方の大切な人を」
ユリアンヌの視線が真っ直ぐに俺を捉える。
「…………嘘じゃなさそうだな。条件ははなんだ」
さっきユリアンヌは簡単じゃないと言った。
なら、それ相応の条件が必要なのだろう。
「まず賭けるのは、貴方の命というか存在そのもの」
「なんだ、それなら簡単だ」
元から捨てるつもりだった命だ惜しむものでもない。
「違う。貴方が思っているほど軽くない。下手をすれば貴方という存在が失われる」
良く意味が分からなかった。
俺が死ねば、俺が居なくなるのは当然の話だから、つまり……。
「ただ死ぬだけじゃないってことだな」
「そう、貴方という人物そのものがこの世界から無かったことになる。魂幹と呼ばれる魂と呼ばれるものの大元を失うから」
正直、ユリアンヌが言っている意味は理解でないが、ただ死ぬだけでは済まされないのだと言うことは理解出来た。
いや、だからこそ丁度良かった。
俺の罪は死すら生温いのだから。
「構わない」
俺の答に、少しだけ悲しそうな顔を見せるユリアンヌ。
「提案している方だし、分かってたけど……娘達の為に留まるとかは無いんだね」
「ああ」
言葉ではそう答えたが、娘達だけに関しては申し訳ない気持が強い。
だが、このままでは、その娘達でさえ憎悪の対象になりかねない。
それこそ彼女達を裏切りの汚点だと考えてしまいそうな自分自身が恐ろしい。
それほどまでに、今の俺は負の感情に蝕まれている。
「……そう。分かった。じゃあ、準備を進めるから、実行は次の朔の時……三日後ね」
「三日で足りるのか?」
「ええ、ある意味で私はこの魔術を完成させる為に貴方の側に居たから」
つまり、彼女にとっては俺は体の良い実験材料でもあるのだろう。
だが、そんな事は心底どうでも良かった。
彼女が二人と同じように俺を騙したとしても。
価値のない魂などくれてやれば良いのだから。
「なるほど、なら俺はここで待ってる」
「……そう、分かった。あと儀式魔術の触媒に貴方の聖剣を使おうと思うのだけど、良い? 詳しい事は儀式の時に話すけど、二度と聖剣としての力を発揮出来なくなるの」
ユリアンヌが俺の腰に帯びた剣に視線を向けて尋ねてきた。
「こんな剣が今更どうなろうと構わん」
俺は剣の柄に手を添える。
聖剣などと云われているが、俺にとって、この剣に感慨などなく、蟠りしかない。
実際。この剣に選ばれたことが俺の人生に狂いを生じさせた。
道連れにするには丁度良い。
自然と口角が上がる。
きっと歪んだ醜い笑みを浮かべているのだろう。
そして、その日から三日間。
俺は過去の想いに耽りながら、何もすること無くただ待ち続けた。
再びユリアンヌが姿を現すまで。
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