第10話 希望の先の真実

 漆黒が支配する月の光が失われた夜。


 彼女は約束通り現れた。


 それこそ闇に溶け込む黒いローブを身に纏って。



「気持ちに変わりは無い?」


 現れて早々、俺に覚悟を問う。


「ああ」


 俺は短く答える。

 この三日間、頭を巡るのは幸せだったラナとの思い出と、ここに来ての幸せだった日々。


 ラナの犠牲の上に成り立っていた幸せは、でも間違いなく幸せな時間でもあって……。


 このまま何もかも忘れてなんて、甘い考えさえ浮かんだ。


 それが何より恐ろしかった。


 ユリアンヌはそんな俺に淡々と説明を始める。


「そう……なら今回行う魔術の目的を話すと、まずしないといけないのは高位の次元に繋がるパスを開く事」


「高位の次元?」


「そう、私達より遥かに高位な存在が居る世界。それこそ、この世界の神より更に上位の存在」


 神より上位の存在なんて本当に居るのか疑わしい。こんな不運を強いる神すら俺は信じれなくなっているのに。


「本当にそんな奴らが居るのか?」


「居る。出なければここまでする意味が無い」


 俺の問にユリアンヌは確信を持って答える。


「そうか……それでその高次元とやらに繋がったらどうすれば良い」


「願いを乞うだけ、そして裁定してもらう。貴方に救う価値があるのかを」


 俺はユリアンヌの言葉に違和感を持つ。

 何故なら、俺が望むのは俺自身の救いではないのだから。


「……勘違いしないでほしい。救いたいのは俺じゃない。ラナだ。そしてラナが幸せになれるのなら俺など居なくなったとしても構わない」


「本当に貴方達は……まあ、いい、結局どうするかを決めるのは裁定者の方々だから」


「そうか、ならその時に願えばいいんだな、俺の魂を掛けてラナに救いを」


「別に対価として貴方の魂幹が必要なわけではないのだけれど、まあいいか、難しい魔術のことを話しても分からないだろうし、簡単に説明すると、もし裁定者がその願いを認めれば新しい運命軸が生じる。それこそ貴方の言うラナが救われて幸せになるための世界線が」


 簡単に説明すると言われたが、運命軸やら世界線やら何を言っているか理解出来ない俺は聞き返す、短絡的な言葉と共に。


「ラナが生き返るとかでは無いんだな」


「ふぅ、仮に彼女が今蘇ったとして、幸せになれるの?」


「……いや、無理だな」


 ユリアンヌに言われて気付く。

 今ラナが蘇ったとしても悲劇しか待っていない事に。


「だから、新しい世界線が必要。そしてそれは運命を捻じ曲げる事が出来るほどの強い想いが必要なんだよ、それこそ神より上の存在の」


 更にユリアンヌが補足的に説明してくれる。

 しかし、俺はどうにも理解が及ばない。


「分かってない顔。まあもっと簡単に言うと貴方の知らないどこかでラナが幸せになることの出来る世界が生まれるってこと」


 知らないどこかで………つまり、そこに俺は居ないのだろう。

 だが、それでラナが救われて幸せになれるのなら構わない。


「そうか、つまり、その神より偉い裁定者やらの判断によるが、願いが叶えばラナは幸せになれるということだな」


「うーん、細かく言えば違うけれど、まあ、その捉え方で構わない」


「それで俺は何をすれば良い」


「簡単よ、その聖剣で私の心臓を貫けばいい」


 簡単と言いながら思いがけない答えが返ってくる。思わず俺も声を荒げて問い直す。


「はあ、何を言っているんだ?」


「だから、貴方の腰の聖剣にありったけの力を込めて私の心臓を貫いて。そうすれば魔術が発動するから」


「だから、なんでそうする必要がある」


「それは私が門で、その剣が鍵の役割を果たすから。貴方をというより貴方の願いを高次元の存在に届けるため」


 ユリアンヌは魔術的な意味合いの説明をするが俺が聞きたいのはそういうことではない。


「違う、俺が言いたいのは……」


 そんな俺の言葉をユリアンヌが遮る。


「まあ、普通に私も死ぬね」


「だったら、なんで俺のために」


「はぁ、自惚れないで。言ったでしょう。これは私が研究していた魔術の集大成。それを完成させるのが私の目的で望み。例えその発動条件に私自身の命が含まれていたとしても」


 昔から魔術の研究な関しては常軌を逸してはいると思っていた。

 でも、まさか自分の命まで使うなんて信じられなかった。


「しかし、ラナの為とはいえ友人を殺めるのは」


 息子を手に掛けておいて、自分自身の言葉が今更だとは分かっている。


「ラナの為だけじゃない、私の願いでもあるの」


 強い口調でユリアンヌが決断を促す。


「いや、しかし」


 利害が一致しているとはいえ、それでも親しい人に剣を向けるのに躊躇いを感じる。


「じゃあ、こう言ったら躊躇いは消えるかな……全てを仕組んだのは私だって言えば」


「はあ?」


「例えば、ファナのところにラナの手紙が紛れ込んだのが偶然でなかったとしたら?」


「なっ!?」


 思いもよらなかったユリアンヌの告白に動悸が早くなる。


「それにラナの側に護衛が付いたのも、誰かの入れ知恵かもしれないし、その護衛がすべてを暴露しそうになった時に偶然アリアナが居合わせたのも、本当に偶然だったと思う?」


「…………何が言いたい」


 いや本当は分かっている。

 当事者しか知らないことを彼女が知っているのだから。もちろん二人から話を聞いたとも考えられるが。


「あとラナが自ら死を選んだ時、その場に居たのも私。その後内密に処理させたのもね」


 その言葉が決定的だった。

 俺はユリアンヌの目を見て尋ねる。


「一つだけ聞きたい。どうしてそんな事を?」


「最初に言ったよ。私はこの魔術を完成させるために貴方の側に居たって」


「……そうか、つまり俺を利用したんだな」


 ユリアンヌは口を開くことなく、無言のまま俺を見る。

 全ての黒幕が自分だと告げた目の前の女に、行き場を無くし燻っていた怒りや憎しみが再び燃え上がる。


 そして俺は一度だけ目を瞑ると、ありったけの負の感情を込めた聖剣をユリアンヌの心臓に突き刺した。


 ――――――――――――――


 いつも読んで頂いている読者の皆様ありがとうございます。


 誤字報告も頂き修正しておきました。


 また、今もサポーターになって下さっている方々に感謝します。

 今回は元の粗筋は変わりませんが若干先行公開している内容と異なる点がありますのでご了承下さい。


 この作品は読者の皆様から頂いた温かい言葉で再開することの出来た大切な作品です。


 元々短〜中編を予定した物語ですので、そろそろ物語も終幕に近づいて来ました。

 色々思う所はあるかもしれませんが最後までお付き合い頂けると嬉しいです。


 宜しくお願いします。



 


 

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