第11話 真実の記憶

 グラドの憎悪に濁った瞳。


 私の唯一愛した人は、私をこの世で最も許せない者として見ているだろう。


 実際に私は禁忌を破り禁術を用いて時間を何度もやり直した卑怯者。


 愛する人の死を受け入れられず。


 記憶と想いを何度も過去の自分に送り、歴史を都合の良い方向に変えてきた。


 けれど、繰り返される時間の中でグラドとラナが幸せになることは一度もなかった……。




 彼と最初に会ったのはまだ二人が幼い頃。


 師匠に連れられ旅をしていた頃立ち寄った農村。


 そこにグラドは居た。

 そしてその時から隣にはラナも。


 滞在している間。二人とは年が近いこともあり、すぐに仲良くなると一緒に遊んだりもした。


 初めて出来た友達。

 子供ながらに本当に楽しい時間だった。


 そんなグラドとラナと仲良くなった私達に、ある時、大きな衝撃を残した事件が起こる。


 それは、いつもの遊び場だった高台に、はぐれ魔獣が迷い込んでしまい、運悪くその魔獣に私達は遭遇してしまったのだ。


 今ならなんてことはない雑魚。

 でも子供だった私達にとっては脅威以外の何物でもない。


 きっと逃げるのが正しい選択だった。

 でも、魔術を齧り始めていた私は慢心していた。

 二人に良いところを見せたいという見栄もあった。


 だから、私は二人の目の前ではぐれ魔獣を倒そうと攻撃を仕掛けてしまった。


 でも結果は最悪だった。

 中途半端な魔術で倒すどころか、魔獣を刺激し怒らせてしまったのだから。

 そんな、激昂する魔獣から身を挺して守ってくれたのはグラドだった。


 魔獣の前に立ちはだかり、本当は怖いはずなのに震えながらも「二人は絶対に守る」と言って。


 その時は駆け付けてきた師匠が助けに入ってくれて助かったけど、私とラナを庇ってグラドは大怪我をしてしまった。


 血塗れで痛いはずなのに、泣きじゃくる私とラナに笑って「大丈夫」だと強がるグラド。そのまま気を失うと一週間目を覚まさなかった。


 それこそ、一歩間違えば死んでいたかもしれない大怪我だった。

 不用意に攻撃を仕掛けて魔獣を怒らせた私のせいで。


 だから許してくれなくても精一杯謝ろうと思った。


 でも、その機会は訪れなかった。


 目を覚ました時のグラドは襲われた時の事を覚えていなくて、でも変わらずに向けてくれる優しい笑顔が逆に辛くて、けれど私の贖罪のために怖い時の記憶を呼び起こすわけにいかなくて。


 それからしばらくの間は、また三人で仲良く遊びつつも、私の気持ちは晴れなかった。


 そして晴れない気持ちのまま迎えたお別れの時。 

 別れの寂しさを隠すために言ったグラドの何気ない言葉。


「ユリーはこれからすごい大魔術師なるんだろう。だったら、何かあったらさ俺達を助けてくれよな。そん時はお礼に美味しい野菜をたっぷりご馳走するからさ……いつでもいいからさ、村の近くに来たら絶対に寄ってってくれよ」


 魔術の事なんて何も理解していない、でもただ純粋に私がなりたいと言っていた夢を応援してくれる言葉。

 私が野菜嫌いなのを知っているくせに、お礼に野菜をご馳走するなんて本当に意地悪で、でも優しい気持ちが詰まった言葉。


 だから、私は涙を堪えてその時に誓った。

 今度彼らに危機が迫ったら絶対に助けて見せると、ほのかなグラドに対する恋心と共に。




 そんな私の想いを叶える機会が訪れたのはグラドが勇者として見出された時。


 久しぶりに会った彼は私の事を覚えていないというか、気付いていなかった。

 私はすぐに気が付いたのに。


 本当は名乗ろうと思ったけど、グラドがラナとすでに結婚していること知って、何故か言い出せなくなってしまった。



 それから一緒に旅をするようになり、命を預け合うようになり、沈静化していた筈の恋心が次第に燻りだし、火が付くのに時間は掛からなかった。


 でも、彼はラナ一筋で、機会があれば故郷に帰って妻と生まれた息子を可愛がるばかりで、残念ながら私のことは大事な仲間だとしか見てくれなかった。


 そんな中、旅は順調に進み、魔王討伐も目前となったある時、突然の知らせが入った。


 彼の故郷である村が魔王側に占拠されたと。


 知らせを聞いた私達は彼の故郷に急いだ。


 そこで目にした人質に取られた彼の故郷の人達。


 当然その中には、彼がなにより愛してやまないラナと息子のグラナも居た。


 そして彼は、最愛の存在を前にして簡単に武器を捨てた。


 当たり前だ。彼は人々の為に戦っていたのではない、ただ自分の愛する人の為に戦ったていたのだから。


 彼も分かっていたはずだ。武器を捨てた所で状況が悪くなるだけなのは、それでも彼にはラナを見捨てる事は出来なかった。


 結局、彼は故郷の村と共に滅んだ。


 私はまたしても彼とラナを救うことは出来なかった。


 辛うじて逃げ延びた私は自分の無力さに打ちひしがれる。

 そして責めた。いくら魔術を極めた所で大事な所で役に立たなかった私自身を。

 共に死ぬことすらも出来ずに生き恥を曝す情けない自分を。


 絶望から自死も頭をよぎった時、どうせ死ぬならとひとつの可能性に掛けてみることにした。


 それは師匠に止められていた禁術。

 時間を遡行する禁忌。


 正確に言えば今の記憶を過去の自分に送る、歴史を塗り替える事の出来る許されない行い。


 でも、私はそれを行使した。


 送る時間は決めていた。

 本当は初めて会った時に戻りたかったけど、それだと当時の私では理解が追いつけない。

 それに一度遡行地点を決めると、もうこの術において変更は出来ない。


 つまり、この魔術を知った後でないと、私自身が理解できないと判断して、この魔術を修めた直後を帰還ポイントと定め、私は記憶を送った。



 結果、魔術は成功した。

 そして二回目の私は未来からの記憶を正しく理解し行動に移した。


 それは丁度グラドが聖剣に選ばれる少し前でもあり丁度良かった。


 最初に取った手段は、グラドが聖剣に選ばれないようにすることだった。


 目論見通り聖剣はグラド以外を選んだ。


 しかし運命の呪縛は簡単に解けなかった。


 何故なら、選ばれたのが本来なら選定の儀に居るはずのないラナだったからだ。


 グラドの動向にばかり注視していた私はラナの行動を把握しきれていなかった。


 分かったのは最初の時は一人で来ていたはずのグラドが、今回はラナと二人で王都に来ていたという事。私がグラドを選定の儀式から遠ざけようとした影響で、一人になったラナがトラブルに巻き込まれてしまい、その結果偶然にも選定の剣を抜いてしまったらしいということ。


 私は前回とは大きく違う展開に戸惑いながらも、ひとまず静観することにした。


 しかし、綻びが生じるのはすぐだった。


 ラナが身重だと判明すると共に、王国側が悪手を打った。


 あろうことかラナのお腹の子を毒で流産させると、秘密裏にグラドを暗殺したのだ。

 そして傷心のラナを自らの手駒とする為に眉目秀麗と謳われる第三王子を扱おうとした。


 私としても、まさかそんな愚行を犯すなんて予想していなかった為、またしてもグラドを守ること事が出来なかった。


 そして今回も自分の至らなさを悔いると同時に、あまりの暴挙にキレた。


 まずはラナに真相を伝えた。

 真実を知ったラナはブチギレして聖剣の力を暴走させた。

 そして自分を籠絡しようとしていた第三王子の首を刎ね。その後は私と一緒に計画に加担した者全てを惨たらしく処刑した。

 そこには王も含まれていたが気にしなかった。

 最後は聖剣の力を使い果たして城を崩壊させると、この国を呪う呪詛と共に自らの命を断った。


 私もそれを見届けると、また過去に戻った。



 そして三回目。


 前回の反省点からグラドとラナの二人を選定の儀から遠ざけてみたが、二人以外に聖剣の担い手は現れず復活した魔王に滅ぼされた。


 四回目。


 二回目と三度目の失敗から、一番最初がまだマシだと感じ、グラドの手で魔王を倒してもらう方向に道を切り替えた。

 そして二回目の失敗から王家側もそれなりにコントロールする必要があると感じた。同様に教会にも注意を払うようにし師匠のコネを使って手を回しておいた。


 まず一回目の失敗は故郷を魔王側に知られた事が問題だったので、グラドには帰郷を禁止させておいた。

 ただ手紙は許していたが、その手紙で子供が生まれたことを知ったグラドは我慢出来ずにこっそりと二人を王都に呼び寄せていた。


 そして、それが原因で二人の存在がバレ、一回目の時と同様に二人が魔王側に拉致されると、抵抗できなくなったグラドは殺された。




 五回目……六回目……七回目……。


 何度も積み重なっていく未来の記憶を手にした私は、少しづつ失敗もしながら修正を加えて行った。


 何度目かのやり直し、数を数えるのも億劫になった頃、ようやく魔王を倒すことが出来た。


 それが今回のパターン。

 一番魔王に勝つ確率が高いルート。


 このルートでは、ファナには汚れ役をさせてしまい申し訳ない。ただファナ以外だと高い確率でバレるためファナ以外には適任者が居ない。


 ラナとグラナの護衛に関してはその時々で変わるのだが、腕の立つ騎士という条件である程度候補は決まっていて、だいたいカイルかケインだ。

 まあ、決まって王国側が良からぬことを吹き込んでくるが、ラナが靡いた事は一度も無いので問題にはならない。


 むしろ問題なのは魔王を倒した後だ。


 矯正力とでも言うのだろうか、どう足掻いてもグラドとラナ、二人の死が避けられないのだ。


 それこそ魔王討伐以上に、何度やり直しをしても、二人が幸せになる運命は一度も見出だせなかった。


 何度もやり直しを繰り返し、魔王を倒す過程を変えても変わらない。

 その都度不幸になって行くグラドとラナを何度も見てきた。私もすっかり心が疲弊し所詮、人の力なんてこんなものかと再度絶望した。


 だから、絶望の底で私はさらなる禁忌に手を染める事にした。

 人が無理なら神。

 嫌、神がこの運命を定めているのなら、それ以上の存在に力を借りようと。


 師匠が研究していた古い文献に僅かに残るそれを紐解き、必ず道を作る。


 それには時間が必要だった。


 だから、やり直した中で一番時間が稼げるこの道筋を選んだ。


 ファナと同様にアリアナに汚れ役をやってもらうことになり、グラドには自らの手で息子を殺めさせてしまうというこの最悪なルートを。


 



 ――――――――――――――


 続きを読んで頂いている読者の皆様ありがとうございます。


 詳細は近況ノートにも記載させておりますが色々と更新が遅くなり申し訳ありません。


 最終段階までは執筆済みなので日を置いて掲載させていただこうと思いますので今後も読んで頂けると嬉しく思います。


 どうぞ宜しくお願いします。



 

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