第12話 想い

 ユリアンヌの心臓を貫くと同時に光に包まれる。


 周囲には何もなく、ただ真っ白な空間。


 存在するのは俺と剣に貫かれたユリアンヌだけ。


 時間が止まったかのような空間で光の粒子が俺へと流れ込む。同時に俺では無い人間の記憶が流れ込んでくる。

 それは何度も同じ時を繰り返す地獄のような日々。


 そこでは決まって俺は無様に死んでいた。


 ラナを守れず、仲間を守れず。

 俺は記憶の主を悲しませる。


 それこそラナの死と真相を知った時の俺と同じような果てしない深さで。


 そんな絶望を彼女は何度も繰り返してきた。




 もう、ラナを失った以上の悲しみなどないと思っていた。


「ごめん、ユリー」


 涙と共に謝罪の言葉が溢れる。


「ふっふ、やっと呼んでくれたね」


 胸を剣で貫かれているはずなのに穏やかな表情のユリー。


「どうして、どうして、そこまで……」


 自らの命まで捧げて尚、彼女は微笑んでいた。


「そんなの決まってる。好きだからだよ」


 今まで一度も見せたことのない表情のユリー。

 それはラナが俺に向けてくれていた、あの大好きだった笑顔と同じように見えた。


「……本当に俺は愚かだな」


「違うよ、貴方は私に騙されただけ、むしろうまく騙した私の演技を褒めるべき」


 ユリーが笑って答える。

 俺はいたたまれなくなり、悔しさに顔を滲ませる。


「……なあ、これしか方法は無かったのか」


 俺の問にユリーが悲しげに微笑む。


「うん、もう私にはこの方法しか思いつかなかった。これが確実な手段でないとしても」


「それなら……」


『もっといい方法が見つかるまで』そう言おうとして止める。

 それは無限に続く牢獄ともいえる時の檻にユリーを閉じ込めておくのと同義。


 肉体的な死は避けれるかもしれないが、彼女の精神は限界なのだろう。

 むしろ今まで耐えれた事の方が奇跡のようなものだ。


「ふふっ、良いんだよ。最後の最後に貴方は別れを惜しんでくれたから。それにさ、どんなに綺麗事を言っても、この時間軸では貴方達を駒にして良いように操っていたのは本当だから」


「だったら、もっと自分に都合良くてもいいだろう」


 自分の不甲斐なさが悔しくて、ユリーに全てを背負わせてしまった自分が情けなかくて、思わず口にしてしまった言葉。

 それをユリーは笑って受け入れる。


「そうだよ、これは私の都合。グラドが幸せになるところを見たかっただけの私のわがまま」


「そんなのって無いだろう、同じじゃないか、ラナの犠牲の上に成り立っていた幸せが、ユリーの犠牲に変わるだけで、だったらその犠牲に……」


「俺がなる? 駄目だよ。それだと絶対に幸せになれない人がいる、分かってるでしょうラナは貴方がいないと幸せにはなれない、なにより私の繰り返しも全て無駄になる。それは私の想いを否定するのと同じだよ」


 彼女に諭され、安易な考えしか思いつかなかった自分に腹が立つ。

 それに分かってもいた。

 ここまで来てしまったら止めようもないことも。

 

「でも、それでも……」


 情けない俺は足掻こうとする。

 俺など比較にならないほど運命に抗い、足掻いてきたユリーを前に。

 それでも彼女が幸せになる道が無いのかと足りない頭を巡らせ必死に考える。

 だって彼女は自分ではなく俺とラナの幸せを望んでくれただけなのに。

 どうして彼女だけ、こんなに苦しまないといけない。

 どうして神とやらはこんな運命を彼女に強いる。


 今のやり場のない憤り、それをみとっもなく喚き当たり散らす。


「おい、神とやら聞いてるか?」

「どうして、俺達を苦しめる。幸せを望むことがそんなに悪いことなのか?」

「人の苦しみ藻掻いて、絶望するさまを見て喜ぶのがお前の趣味なのか?」

「俺達の運命を勝手に弄んで、罪を背負わせ、不幸に落ちていく姿は楽しめたか?」

「なあ、神とやらよ、聞いて……」


「いいのよグラド。ありがとう私のために怒ってくれて、だからこっちを向いて」


 ユリーの声が、俺の悪足掻きを止める。

 言葉通りにユリーを見る。

 彼女は悲壮感などなく、やっぱり笑顔のままで、そっと俺の頬に手を添える。そしてそのまま顔を近づけてくると、そっと俺にキスをした。


「なっ」


「これくらいならラナも許してくれるかな」


 ユリーはそう言っていたずらっぽく笑うと、ゆっくりと語り始める。


「ねえグラド聞いて。私は許されないことをした。自分の都合で歴史を改竄したの、魔王によって人が滅ぶのが本来の歴史ならきっとそれが正しいあり方。でも私は自分の都合の良い未来を望んだ。そしてあらゆる人を巻き込んでそれを成し遂げようとした。でも、それも上手くいかなくて……だから私は暴挙に出たの、勝てないのなら盤面をひっくり返して無かった事にしようってね」


「……それのなにが悪い、正しいあり方なんて誰が決めた。それに、仮にユリーが許されないのなら、その切っ掛けを作った俺だって同罪だ。いやむしろ知らないまま全てをユリーに押し付けていた俺のほうがもっと質が悪い、本当に許されないのは俺だよ」


「グラド……違うのよ、今までも、そして今も貴方という存在を踏み台にしてきた。貴方だけじゃないラナやファナ、アリアナ、それこそ関わってきた人間全てを、それこそ数え切れない程に何度も……でもね、その踏み台にしてきた過去の貴方達の思いはどうなるの? 貴方が今抱いてる妻と息子を失った喪失感や怒りが簡単に無かったことにされる。それは本当に許される事だと思う?」


 ユリーの問いかけに俺は答えることが出来なかった。

 だってユリーの言う通り、妻であるラナを見捨て、息子であるグラナを手に掛けたのは間違いなく今の俺で、やり場のない感情を抱いているのは、この先にあり得るかもしれない幸せになった俺では無いのだから。


「だから分かるでしょう。犠牲にしてきた過去の貴方達の為に誰かが責任を取らないといけない、そしてそれは私の役目。だってこの先の結果を誰よりも強く望んだのは私だから」


 否定したかった。

 でも、仕方なかったなどと言う簡単で安易な言葉しか浮かんでこない。

 そんな陳腐な言葉で彼女の意思が揺るぐなんて思えない。


 だから……。

 どうせ流されてばかりで、失敗してきた俺だ。それなら最後くらいは、ユリーの望むままに流されても良いだろう。


「この後どうすれば良い」

 

 俺は真っ直ぐユリーだけを見つめてそう尋ねた。

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