第13話 願い

「どうすれば良い」


 覚悟を決めてくれたグラドからの問いかけに私は答える。


「門の先に進んで、そして願ってラナの幸せを」


 このまま貯めてきた魔力と私の魂幹を、聖剣の力と融合させ対消滅させる。そうすることで次元の断層を作り、高位次元へのパスを開く事が可能になる。

 あとは、そこにグラドの願いを、想いを送り届けるだけ。


「わかった」


 グラドが寂しそうに頷く。

 思わず言葉を掛けたくなる。


 でも、そんな事をすれば未練だけが募る。

 だから私も無言で頷く。

 いまさら、引き返す訳にはいかないから。

 私の足元には踏み台にした数多の想いの屍が積み重なっているのだから。


 私は改めて覚悟を決めると、組み上げた魔術の最終工程に入る。


 肉体が失われ魂魄だけの存在となった私だからこそ刻むことの出来る最後の術式。


 それを完成させる事で私という存在は綺麗サッパリ失われる。


 当然の報いだろう。それは受け入れる。


 ただそれとは別に思うこともある。


 それは、意趣返しできる喜び。

 散々手のひらで私の運命を弄んでくれた神に一矢報いる事が出来るかもしれないという期待。


 そんな、神に弓引く私が最後に願うのは、もちろん神なんかじゃない。


 私が願うのは、その神を超えた存在。

 神の思案を覆すことが出来る可能性に。


 罪深い私だけれど最後まで願い続けることだけは許してほしい。


 グラドの願いが叶いますようにと、そしてその先にあるラナの幸せと、彼の幸せな笑顔が取り戻せますようにと。


 私なんかのちっぽけな命が対価なんて申し訳ないけど、それでもお願いします。


 裁定者の方達よ、私の想いとクラドの願いをどうか聞き届けて下さい。


 そんな利己的な願いを込めて私は最後の魔術を完成させた。



 


 目の前で消えてゆくユリー。


 覚悟を決めたはずなのに思わず手が伸びる。

 しかし、伸ばした手は空をきりユリーを掴むことは出来ない。


 そして完全にユリーが消えた時、目の前に強烈な光が生まれる。


 光は道を作り天高く登っていく。


 俺はその光を追いかけるように後を付いていく。


 そしてたどり着いた先。


 そこには何も無かった。


 何も無い、でも確かに何かが存在している。

 そんな矛盾した感覚。


 俺はそこで理解した。


 ここが求めていた場所だと、この見えない何かの向こうに、俺が訴えるべき存在がいるという事を。


 だから俺はただ願う。

 ラナが幸せになるべき世界を。


 俺はひたすら望む。

 小さな幸せで良い、皆が少しだけ笑っていられる世界。


 失敗だらけで罪に塗れた者の、都合の良い願いだとしても


 俺は何度も願う。


 ラナの笑顔が曇ることのない世界を。


 そして、ユリーの救われる世界を。


 貴方達なら可能なはずだと。


 だって貴方達は神をも超える力があるはずだから。

 それなら存在が失われたとしても取り戻せるはずだと信じて。


 これがどんなに身勝手でわがままな願いなんて十分承知している。


 でも、だからこそお願いだ。


 彼女の献身を、胸糞悪い自己犠牲に終わらせない為に。


 世界を、ただ俺達が笑うことの出来る優しい世界を。


 俺達ではどうすることもできなかった世界を変えるため、ほんのちょっとで良いから力を貸してほしい。


 これが、どんなにみっともなく、恥知らずな行為だとしても、俺は願い続ける。


 お願いですと。


 妻を見捨てた薄情者だとそしられても。

 息子を殺めた人で無しと言われようが。

 全てを投げ捨てやり直そうとする卑怯者だと蔑まれても。

 それを願うことがどれだけ厚かましく、神の意思に反する許されない行いであったとしても。


 俺は望む。

 許されない行いを。

 許されない者として、ただひたすらに……。


 たとえ俺達の世界が、


 それぞれに罪を背負った、許されない者の集まりだとしても。


 許されない世界だとしても。


 そんな間違い続けた世界でも切っ掛けは誰かの為だったのだから。


 俺が勘違いするきっかけとなったあの出来事も、ラナは二人を祝う為に部屋に招いただけだ。


 ファナが手紙を偽ったのも、最初は教会の教義を信じ世界の人達を救いたいと願ったから。


 アリアナが俺に真相を話さなかったのは何よりも一番俺が悲しみ絶望するのが分かっていたから。


 カイルだってラナのために真実を伝えようとした。血の繋がりのないグラナを育ててくれた。


 そのグラナは母親の無念を晴らすために、母の想いを俺に伝えるため、自らの命を用いて俺を断罪した。


 そして切っ掛けになったユリーも、根底にあるのは俺とラナの笑顔を守りたかっただけだ。


 それぞれは俺も含めて許されない行いをした。


 でも、それぞれが誰かの為にという想いは本当で、結果、どうしょうなくすれ違い憎しみの連鎖を生んでしまったけれど。


 でも本当は誰かの幸せを願える世界だったんだよ。


 だから最後に俺は願う。


 ラナのために。

 ユリーのために。

 皆のために。


 どうかお願いします。


 この世界の罪を許して下さい。


 貴方達の力で救いのない世界に希望を、救いを、神に定められた世界を覆して欲しいのです。


 だから。


『お願いです。貴方達の力を貸して下さい』

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