第5話 帰郷
冒険者の男の名はグラナと言った。
さらに素性を調べてみると彼の出身は俺と同じ村だということが分かった。
どうやら周囲に俺と出身が同じだと吹聴していたらしい。
それが確かかどうかは分からない。
そもそもどうしてそのような事をしていたのかも、そして俺を裏切り者と罵った理由も。
娘達に話を聞いてみても、誘拐された後も縛られはしたが乱暴な事をされることはなく、終始巻き込んでしまったことを詫びていたらしい。
娘の護衛たちに話を聞いても、遠出している間はとても穏やかで優しく、ティアとアリエスも不思議と懐いていたらしい。まあ、それで容易に誘拐される原因となってしまったのだが、それでもあの時はこのようなだいそれた事をする人間には思えなかったと護衛達は口にしていた。
そして、なにより気になったのが彼の最後の行動。彼程の実力があれば俺に勝てない事など分かっていた筈だ、それでも最後まで俺に剣を振るわせるために、あえて俺ではなく娘に殺意を向けたフシがある。
ただ、そこに何の意味があったのか俺には分からない。
でも最後に見せた、彼の表情は「ざまぁみろ」という憎しみの言葉とは裏腹に、何かをやり遂げたかのような満足した表情にも見えた。
あれから何日か経っていたが、未だにその時の表情が俺の頭から離れない。
それは、どこか懐かしい面影を感じる表情でもあって……。
そんな思い悩む日々にケリをつけるため、なにより真実を知るために、俺は故郷の村に帰る必要があると感じ、帰郷する事に決めた。
正直に言えば、ラナと顔を合わせるのは未だに心苦しく避けたい所ではある。
ただ、あの時から更に十年もの年月が流れている。気まずくともあの時よりは冷静に話が出来るだろうと考えていた。
しかし、それが甘い考えだったと分かるのは村に帰ってからすぐだった。
まず、最初に村長に挨拶するために立ち寄った。
昔俺達に家を贈ってくれた村長は高齢ながら健在で、嬉しくなって歩み寄るが、何ともいえない苦い表情をされた。
特にグラナの事を尋ねた時は、「いまさらか」と非難めいた感情を隠すこと無く告げられ、知りたいなら昔住んでいた家に行ってみろと半ば呆れた様子で告げられた。
それからはこちらの話には素っ気なく、積もる話をしようにも、これ以上話したくないという雰囲気があからさまに見て取れ、俺は話もそこそこに退散した。
それは他の昔馴染みの人達と会っても同じような感じで、場合によっては嫌悪感を示され、あからさまな敵意を持たれる事もあった。
分けが分からぬまま、帰郷した最大の理由であるグラナのことを尋ねる為、俺は言われた通り、村外れの一軒家に向かった。
その村外れの一軒家。本来なら俺の拠り所となるはずだった家は、十年前と全く変わっていないかのように、そこに在った。
まるで、そこだけ時間が止まったかのように。
俺は呼吸を整え、なるべく平静を装う。
正直に言えば、恐ろしかった。
あの時、餞別の金貨を貰い笑い喜ぶ、変わり果てたラナの姿に幻滅した。
でも、共に過ごした年月は忘れようがなく、色褪せようともやはり俺の心から拭い去ることは出来ていなかった。
大丈夫だろうと思っていても、やはり俺とは違う道を歩み築き上げたラナの家族がこの先に居るのだと思うと心がチクリと痛んだ。
もしかしたら、グラナはラナとは全く無関係で赤の他人かもしれない。本当はこのまま真実に蓋をして逃げ帰るのが正解なのではとさえ思った。
しかし、ふと脳裏にあの時見たラナの笑顔が思い起こされた。
違う道を歩んだとしても、例え変わってしまったとしてもラナのあの笑顔を守りたいと思った気持ちだけは本物で、そのために身を引いたのだ。
だからもし、グラナが俺の想像していた通りなら、不可抗力とはいえその笑顔を曇らせてしまう事になるだろう。だから十年前の件とは別にして俺は彼女に責任を取らなければならない。
俺は意を決して家のドアをノックする。
すくにノックに応じる女の声がし、ドアが開かれる。
出て来た女と目が逢う。
お互い時間が止まったかのように動かない。
俺は目の前の女に疑問を抱いた。
何故ラナの家に見知らぬ女が居るのかと。
しかし良く見れば、思い当たる人物が頭に浮かんで、記憶と重なり合う。
それは確かラナを姉のように慕っていたエレナという娘に何となく顔立ちが似ていた。
そして女も硬直していたと思うと、今までの村人とは比較にならない殺気立った目で俺を睨みつけると言った。
「今更なんのようで来たんですか? 話すことなど無いのでお引き取り下さい」
それはギリギリで感情を押し殺した無機質な声。
奥からただならぬ様子を感じ取ったらしい男が顔を見せる。
男は俺の顔を見た瞬間、女以上の憤怒の形相で駆け寄ってくると俺に掴みかかって来た。
男は怒りながら、俺を掴んで激しく揺さぶる。しかし今度は次第に涙をこぼし始めると悔しげに呟いた。
「なんで、もっと早くきてくれなかったのですか」と。
こうまでして感情をぶつけられる意味が分からない俺は戸惑うしかなかった。
俺は状況が整理できず立ち尽くしてまう。
しばらくして落ち着いたらしい男が一言謝る。
「済みませんでした。私にあなたを責める資格など無いのに」
そう言って頭を下げた男を見て、ようやく思い出す。この男は十年前のあの時、ラナと一緒に居た男だと。
途端、いいしれない不快感が胸を突く。
そして同時に疑問も生まれる。
どうしてラナ以外の女と暮らしているのかと。
そこから十年前に会った時のボロボロのラナの姿を思い出す。
あの時、もしかしたらラナはこの男に捨てられて頼るべきところがなく俺のところまで来たのではないかと。
そう考えると目の前の男に怒りが湧いてくる。
「詳しい話を聞かせてもらってもよろしいか?」
少し威圧的な声で男に告げる。
その時の俺は、それが全く見当違いのものだというのにも関わらず、滑稽にも義憤を抱いていたのだ。
本当に許されぬ者が誰かも知らずに……。
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