第4話 知らないという罪過
無事に式典が終わった頃。
慣れない事への疲れから少しだけ一人の時間をもらって休んでいた所。その場所の近くで、慌ただしい様子の兵士から声が漏れ聞こえてきた。
「こんなお目出度い日に自殺なんて迷惑な話だぜ」
「だよな。折角の晴やかな気分が台無しだぜ」
「内密に処理しないとだろう。確かにやだよな自分の結婚式に自殺者が出たなんて聞けば、勇者様達も気分が悪いだろうしな」
まあ、ここでここで聞いてしまった以上、目論見は見事に失敗している。ただ御祝の日に気分のいい話ではないのは確かで、隠蔽しようとするのも理解できる。
だから、ここで俺が出張ってしまえば、内密に処理しようとしていた兵士が咎められる事になるだろう。
なので俺は聞かなかったフリをしてこっそりとその場を去った。
最後は少し暗い話を聞いてしまったが、結婚式典事態は大成功で終わり。
後にこの日は結婚に最適な日とされ、多くの人がこの日に結婚式を挙げるようになった。
結婚式展後は与えられた領地に赴き領主として励んだ。妻達の手助けもあり、何とか平和に統治することが出きていた。まあ、一人は魔術の研究に明け暮れていたけど。
それからさらに十年平和な日々が続いた。
子宝にも恵まれ、ファナとアリアナにそれぞれ娘が一人づつ生まれた。
俺は気にしていなかったが、二人共跡継ぎとなる男子を産めなかった事を気に病んでいた。
だが、元から望んで手にした地位でも無いので、俺としては娘達を可愛がれるだけで幸せだった。
しかし、その十年続いた平和が突如として破られた。
それはフラリと現れた冒険者の男によって。
最初、その男は普通の冒険者として魔獣退治や街の困り事を解決して行い怪しい動きは見られなかったらしい。
そしてその男が自然と街にも馴染み始めた頃だった。
ちょっとした娘達のワガママから遠出をする事になり、娘達のワガママに領兵を多く割く分けには行かず、私財から冒険者を追加の護衛として雇うと、その中の一人に例の男も居た。
遠出事態は危険なものではなく、ちょっとしたキャンプのようなもので一日で戻る予定だった。
ところが娘達は予定日になっても帰ってこない。
代わりにもたらされたのが娘達が拉致されたという信じられない報せ。
犯人は件の冒険者の男で、要求は俺との一対一の決闘を望むものだった。
俺は娘を人質に取られ、忘れていた大切な存在を失った時の気持ちが蘇り、焦燥感に駆られると、妻達の静止を振り切り冒険者の男の元に向かった。
冒険者の男は俺を見るなり憎悪のこもった眼差しを向けて一言「裏切り者」と罵った。
少なからず勇者として国を救い、今は領主として民にも慕われているつもりだった俺は、その暗くドス黒い感情がこもった言葉に少なからずショックを受ける。
もしかしたら、俺の知らない所で彼を傷つけていたのなら……。
そう思い、まずは話を聞こうとしたが、向こうは一向に話し合いには応じず、最後はしびれを切らした男が、怯える娘の内の一人、ティアの首筋に剣を突き立て言った。
「戦いに応じないなら、娘を殺す」と。
俺はやむを得ず、決闘に応じる。
実戦から離れていたとは、勇者として魔王を倒した身だ、見た目まだ若い冒険者に遅れを取る事は無いだろうと、いざとなれば殺さずに制圧することも出来るだろうと考えていた。
そして戦ってみて驚いたのは彼の実力だった。
若い見た目とは裏腹な堅実な、スキの少ない剣捌き、もしあと数年すればもしかすると、と思わせる逸材だった。
しかし、まだ今の俺の領域までは届いていない。
何度か剣を交えた後、俺は彼の剣を弾き飛ばし、彼が娘にしたように首筋に剣を突き立てる。
彼は終始変らない憎しみを込めた目で「殺せ」と言った。
しかし、殺す気のない俺は拘束するために剣を降ろした。
だが、そこに油断が生じた。
彼はその隙を狙って隠していた短刀を取り出すと、俺ではなく娘の方に視線を向けた。
本気の殺気に反応した俺は半ば無意識だった。
始めて会った男と娘。
どちらに天秤が傾くかなど明白だった。
気が付けば俺は男を斬り伏せていた。
そして切られた筈の男は始めて憎しみ以外の感情を俺に向けて、微笑みながら呟いた。
「ざまぁみろ」と。
終始やり取りを見ていたティアは駆け寄ってくると、倒れている男に覚えたばかりの治癒魔術を施そうとする。
しかし、俺の本気の一撃を受け、もう手の施しようがないないほど深い傷を負った男は息絶えていた。
眼の前で人が死を見たのがショックだったのだろう、取り乱したティアを宥めると、遅れてやってきた兵士と妻達に事情を説明する。
縛られて動けなかったアリエスも解放され、ようやく安心したのか、堰を切ったように泣き始める娘達。それを妻達が抱きしめる。
その光景を見ながら安堵すると共に、斬り伏せた男の事が気になり部下に頼んで、彼の事を調べてもらうことにした。
そして彼の素性が判明した時。
俺は取り返しの付かない過ちを冒した事を知る事に繋がるのだった。
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